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自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する  作者: 中文字
五章 枢騎士卿(カーディナルナイト)獲得に挑戦編
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百十六話 マニワエドは、恵まれた苦労人のようです

 密教者だと告白したマニワエドを、彼の先祖が崇めていた、戦いの神とやらの信徒にしてあげようかなと考えた。

 だけど、考えただけだ。

 もしここで、俺がゴブリンやダークエルフにやったように、戦いの神を判明させて、マニワエドを信徒にしたとしよう。

 たぶんだけど、マニワエドは一時は喜んでくれるかもしれないけど、すぐに俺に剣を向けてくることになるに違いない。

 俺が戦いの神の信仰を蘇らせたように、ゴブリンに業喰の神を伝えたのだろうと、そう予想できる地頭をマニワエドが持っているのだから。

 となると、安易に取り入る道は避けるべきだ。

 ここは、同じ密教者という繋がりから、徐々に関係を深めるのが一番の得策だな。

 

「マニワエドさん。お互いの正体について認識が終わりましたし、今後のことを話し合いませんか?」

「ああ、その通りですね。つい、身内以外の『隠れ』な方を初めて見たことで、舞い上がってしまったようです」


 マニワエドは気恥ずかしそうにしてから、スッと表情を真面目な物に変えた。


「兵士たちは、このまましばらく療養名目で、森や草原で食糧確保に動いてもらおうと思っています。その間に、私は撤退を掛け合おうと思います。きっと近日中に、ゴブリンたちが前線陣地を襲うはずですので。その前までには、安全な場所まで引き上げておきたいですね」


 確定事項のように言っているが、ちょっと待って欲しい。


「ゴブリンたちが陣地を襲うと、どうしてそう思うのですか?」


 その前提が合ってなければ、陣地を引き払う意味がない。

 俺の指摘に対して、マニワエドはちゃんと理由があると言いたげに微笑む。


「実は、兵士たちの怪我の具合が変だったのです。治療してくださった、貴方には思い当たる節があると思うのですけど」


 兵士の怪我?

 どんなものがあったかと考えて、俺に思い当たるという言葉から、重傷者の者だけを思い返す。


「たしか……腕や足が深く傷つけられ、または腹が破れている人がいましたね」

「はい、その通りです。その傷の具合がどうも、致命傷をわざと外して付けられたようでして」


 そこまで言われれば、マニワエドの考えがわかる。


「要するに、ゴブリンたちは逃げる兵士を追うことで、前線陣地の場所を発見しようとした。兵士の怪我が変だったのは、陣地まで案内してくれるまで、死なすわけにはいかなかったから。そう考えているわけですね」

「はい。この考えは、合っていると核心しています。なにせ、ゴブリンに追われたという兵士が一定数いますので」


 そんな報告があるなら、ゴブリンたちが前線陣地の場所を把握していることに、間違いはないだろうな。

 だからこそ、襲われないうちに陣地を引き払うことは、理に適っている。

 理に適っているけど、感情に適っているかは別問題だ。

 特に、遠征軍の総大将は凡愚なヤツと聞いている。

 そういう人は、往々にして、やられたらやり返す思考に陥り易い。

 もっと別の言い方をするなら、ギャンブルでスッた分を、ギャンブルで取り返そうと考えがちだ。

 そして、状況にのめり込めばのめり込むほど、その考えから逃げられなくなる。

 この考えを、遠征軍の状況に置き換えると、こうなる。


『ゴブリンから受けた多大な人的被害を、ゴブリンをその分だけ殺すことで補おう』


 ようは、軍を復讐の道具として使うわけだ。

 そんなことをしても、ギャンブルと違って、死んだ兵士は戻ってこないし、新たな死者も出てくる。

 損ばかりで得はなく、自分の失態を広げるしかない行為ですらある。

 けど、そんなまともな判断ができる人なら、凡愚なんて評価は受けないんだなぁ。

 この点が分かっているのか、マニワエドに尋ねてみた。

 すると、マニワエド自身は頭が良いからか、質問の意味を理解し切れていないようだった。


「うーむ。それは心配しすぎだと思いますよ。この町に来る前に会ったとき、今すぐにでも逃げ帰りたいような態度だったですし」


 考えが甘い言葉に、そうじゃないと俺は首を横に振る。


「そうやって怯えているうちは、逃げることに賛成だったでしょうね。けれど、時が経てば総大将の心は変化していきます」

「変化ですか。どのような?」

「往々にして身の丈以上に誇り高い人は、自分に失態を味わせる原因となった相手が、許せなくなるものなのです。その気持ちは、安全な場所にいると、加速度的に膨らんでいくものなのです」

「気持ち的にどうしても許せなくなって、総大将がゴブリンへ復讐に走ると?」

「はい。きっと、今頃は反攻作戦とか練っていると思いますよ。総大将の周りに、諌める人がいれば、状況は変わるのでしょうけど……」


 けど、その諌める役であろう人は、俺の目の前にいるんだよね。

 そして、マニワエドが傷病兵を連れてくるとき、食料を持ってこられなかったことを考えると、遠征軍の偉い人の中に彼の味方はいないんだろうな。

 ということは、前線陣地にいる人たちの中に、総大将の決定を止められるひとはいないということに繋がる。


「もしかしたら、マニワエドさんが陣地に戻ったら、森に総員突撃した後で、もぬけの殻になっていたりするかもしれませんね」

「そんな、ありえませんよ」


 マニワエドは笑顔で否定した。

 それは、総大将の性格からの判断というよりも、人はそれほど愚かではないと信じているようだった。

 人の善性を心から信じられるなんて、よっぽど周囲の環境に恵まれて育ったんだろうなぁ……。

 元の世界での自分との境遇差に、ちょっとだけ気落ちしてしまいそうになる。

 でも、うさんくさい笑顔で、心の内を表には出さずに、話を続けていく。


「それでも、何かしらの暴挙に出るかもしれませんよ。わがままに食料を食い荒らしたり、森への無駄な哨戒を兵士に命じたりなどです」


 マニワエドは顎に手を当てる。

 俺が語ったことが、妥当かどうかを考えているようだ。


「……突撃はなくとも、陣地内で我がままに兵士を使っていることはありえますね。一刻も早く、陣地に戻る必要が出てきましたね」


 マニワエドは席を立つと、移動しようとする。

 どこに行く気かは、尋ねなくても分かる。

 けど、俺は彼を押し止めた。


「少しお待ちを。もう一言、マニワエドさんに対して、助言があります」

「はい。なんでしょうか?」


 気忙しい問い返しに、俺は落ち着けと身振りしながら、その助言を伝える。


「いいですか。もしかしたら、総大将はマニワエドさんのことを疎んじて、無い罪を被せて投獄や処刑するかもしれません」

「そんなことはありえません。いわれのない罪で断罪を行うなど、軍の規律が保てなくなります」


 マニワエドは分かっていないなって、俺は肩をすくめた。


「そんな真似をするほど、総大将の心がゴブリン相手の大敗で壊れているかもしれない。その可能性を、頭の片隅に置いて下さるだけで構いません」

「……理解はできませんが、納得はしました。心が壊れた人間は何をするか分からないと、兵法書にも記述がありますから」


 助言は受け入れてくれたようだ。

 でも、前線陣地にいる兵士たちが心配なんだろうな。

 マニワエドは、村に残っていた兵士にこの場所の守護を命じると、馬に乗って陣地へ向かっていった。

 ……兵士だけを残して指揮官が去るなんて、兵士に村を襲えと言っているようなものなんだけどなぁ。

 その可能性に気が付かないあたり、マニワエドは軍の参謀として経験不足なんだろうな。

 もしかしたら、兵士が聖女と崇めるバークリステの存在と、怪我を治した恩義から、兵士は乱暴を行わないと思っているのかもしれない。

 ま、どちらにせよ、兵士が悪行を行えば、断罪すればいいだけだ。

 その際は、バークリステに処置を頼もう。

 異端審問官の助手だったから、手はずは良く分かっているだろうしね。


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