百十五話 なんだか突拍子もない話ですね
兵士たちの治療が終わった。
大変に感謝してくれたので、早速お礼してもらおう。
もちろん、男の俺が頼むより、女性――しかも聖女と崇めるバークリステから、彼らにお願いしてもらうことにした。
「この村では、皆さんのお腹を満足させるほど、食料がありません。なので、森まで獲ってきてください」
兵士たちの大半は恩義を返そうと奮起し、残りはゴブリンや魔物と戦った恐怖からか森に行きたくなさそうだった。
けど、俺としては彼らの気持ちを汲んでやる気はない。
不味くてひもじい料理なんて、食べたくないし。
ま、恐怖心の克服は早いほうがいいと聞くので、森に行かせるのは心の荒療治という側面もあるけどね。
不慣れな場所に行かせると、怪我をして帰ってくるかもしれないので、マッビシューなどの狩りが得意な子達を道案内として同行させてあげた。
「兵士の兄ちゃんたち、たくさん獲って、皆を腹いっぱいにしてやろうぜ」
考えなしな発言をするマッビシューと並んであるく子供たちの後ろを、武装した兵士たちは苦笑しながらついていった。
子供たちの元気な姿をみるに、神通力切れの影響は、もうないみたいだ。
ひとまず安心するし、狩りに行ってくれたので、兵士と村人が枯死することは避けられたはずだ。
さてさて、ではマニワエドと会談といきますか。
なにせ、兵士の目がない間に一対一でと、向こう側から求めてきたのだからね。
彼の態度を見るに、なんとなく俺の正体に気がついている感じがある。
けど単独で俺と話し合いたいというからには、こちらが不利になる話をしたいのではないだろう。
だって、俺を邪神教徒とだと糾弾したいのなら、兵士たちを狩りに向かわせずに、手元に置いておきたいと思うはずだからだ。
なにはともあれ、借家の一室で、俺とマニワエドは向かい合って座った。
そして、こちらから口火を切る。
「さて、総参謀であるマニワエドさんは、一介の神官である私と、なにを話したいのでしょうか?」
空とぼけて、用向きを尋ねる。
すると、マニワエドは真剣な顔つきになった。
「牽制は止めて本音で語りましょう。こちらは貴方を、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官ではないと、見抜いているのですから」
随分と踏み込んでくるなと思いながら、うさんくさい笑みを浮かべる。
「そう語る根拠は、なんでしょうか?」
「簡単な話です。重傷者の傷を治せるような神官の名と姿を、私の本来の帰属場所である国軍は、常に調べています。その中には、貴方のように大量の怪我人を涼しい顔で治し続けられるような、徳の高い神官は存在しません。なら、違う神の神官だと考えるのが、当然では有りませんか?」
なるほど、それはその通りだな。
けど、国軍?
遠征軍の他に、常備軍があるのか。
そしてマニワエドは、国軍から遠征軍へ出向している形なのだろうか?
若い見た目で総参謀なんてしているのだから、かなりの軍務エリートだったりするのか?
新しい情報を頭の中で精査しながら、表面上はしたり顔で頷く。
「よく出来た推理ですね」
俺は明言を避けながら、マニワエドの様子を窺う。
肯定した瞬間に、切りかかってくるかもしれないからだ。
けど、マニワエドは俺の反応を見て、予想が当たっていたと確信したようだ。
だというのに、こちらを害そうとせずに、しかも頭を下げてきた。
「他の神の教徒である我々を、たびたび助けていただき、ありがとうございました。その貴き献身に、深いお礼を」
俺はマニワエドの態度を見て、不思議に思った。
この世界では、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教えだけしかない。
なので、それ以外の神を信じるのは、全て邪教徒であるというのが、俺がこの世界に来て身につけた常識だった。
にもかかわらず、マニワエドはこちらに頭を平然と下げ、お礼まで言ってきた。
これでは道理が合わない。
「……私を他の神の信者と言いながら、なぜ感謝するのでしょう。邪教徒だとは知らなかったと、罵ったりはしないので?」
純粋な疑問を尋ねると、マニワエドは痛ましい目をこちらに向けてきた。
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒であるバークリステさんを、表に立たせていることから察するに、ご苦労なさったのでしょうね」
その言葉に、ますます混乱する。
まるで、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス以外の神を、もともと認知しているかのようじゃないか。
どういうことだ?
そう素直に尋ねることはまずい気がして、この世界にきてから今までのことを必死に思い返していく。
やがて、ある事を思い出した。
神の大戦の後に、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスが他の善なる神を、いつかは復活させると約束した一説。
加えて、教義や儀式のことごとくを破壊したのは、邪神教のみだったことだ。
それらをよくよく加味して考えてみれば、復活予定の善なる神を信奉する人が、この世界にいても不思議じゃない。
なにせ、徹底的に破壊したはずの邪神の儀式の欠片を、ダークエルフやゴブリンたちが持っていたぐらいだからな。
そう思えば、マニワエドの態度にも納得がいく。
きっと彼は俺のことを、こう誤解しているんだろうな。
他の善なる神を隠れて信じ続けた、密教者の一族なのだと。
その信じつづけた神が復活を果たし、俺がその神の神官となり力を振るっているのだと。
バークリステを隠れ蓑にしているのは、その密教の活動を邪神教のものと誤解されないために、やむなく行っていることなのだと。
大半を都合の良い想像で補った予想だけど、たぶん大きな間違いはないと思う。
なんだか、この世界にはまだまだ謎があるようだ。
けどまずは、なぜマニワエドが俺を密教者だと予想したか、その理由を聞いてみなくてはいけない。
「貴方は異なる神の存在について、詳しいようですね」
含みを持たせた言葉で問うと、マニワエドは気恥ずかしそうする。
「詳しい、と言うほどのものではありませんよ。私の家は神の大戦時から続く軍人の一家で、ご先祖様が奉じていた戦いの神が復活を果たしたときに、真っ先に配下に加われるようにと、その神の存在を隠れ伝えてきた背景があるだけでして」
つまり、マニワエドの家は密教者の家なんだ。
そして、俺を同類だと誤解して、お互いに秘密を打ち明けようと持ちかけているわけだ。
なるほど、道理で兵士を遠ざけたかったはずだ。
理解のない兵士が聞いたら、マニワエドとその一家は邪神の信者だと、噂を流してしまいかねないもんな。
それはいいとして。
さて、衝撃的な事実な上に、予想外の事態だ。
こちらの陣営に、マニワエドを引き込もうと画策だけはしていた。
彼のこの背景を利用すれば、予想外に簡単に取り込めそうではある。
けど、あまりにこちらに都合がよすぎる。
なにかに謀られているのではないかって、警戒心を抱きたくなる。
でも、この世界の仕組みを理解するにも、マニワエドと手を組んだほうがいい。
短い時間ながら、散々に悩んで、俺は結論を出す。
「……はい。貴方が言うように、私は聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスとは違う神を奉じております」
何の神かは伝えないことで、マニワエドに俺が善神の信者だと誤解させることを決めた。




