百十四話 これはまさに、野戦病院です
村にきた傷病兵たちの治療は、人数が多すぎて収容場所がないため、路上の草原の上で行っていく。
さながら、野戦病院のような有様だ。
いや、兵士を治しているんだから、本当に野戦病院か。
ともあれ、既に死亡している兵はうち捨て、俺は多少でも息がある重傷者だけを優先して治していく。
その判断は、エヴァレットとスカリシアが自慢の耳の良さで、呼吸音と心音を聞き取ることでつけていった。
バークリステや子供たちは、傷は大したことがなくても、化膿して発熱している兵士の治療に当たる。
本当ならバークリステを聖女に見せかけるために、魔法で治療する俺の前に立たせるほうがいいんだろう。
だけど、人数と重傷者の怪我の具合から、そんな猶予はないと決断した。
「わたくしが奉じる神よ、この者の怪我を――」
「お願いです神さま。この人が受けた毒を――」
回復魔法が乱れ飛び、草むらの上に寝かされた兵士たちに、光の粒子が降り注ぐ。
それで治って体調がよくなった兵士を、蹴りつけるように急かして、他の傷病兵を馬車から降ろさせる。
俺も、単体限定最上級回復魔法で、死にかけや手足が欠損した兵を治していく。
「自由の神よ、困難を戦い抜き、絶望することなく敢闘せし者に、最大級の癒しと身を蝕む物の除外を希う」
一発の魔法で、一人が治る。
これは、とても手間がかかる。
もしも俺が戦司教でなく司教だったら、最上級回復魔法を範囲化できたんだけどなぁ。
かといって、小範囲化できる手足の欠損が治るぐらいの上級回復魔法は、傷口が膿んでしまっている兵士には使えない。
なにせ、俺が使うフロイドワールド・オンラインの回復魔法には、回復待機時間というものがある。
要は、魔法を連発して怪我の治癒と解毒は一気に行えないという、欠点があるのだ。
なので、怪我の治療と欠損の回復、そして解毒が一気に出来る最上級回復魔法で、一人一人ちまちま治していかなきゃいけないわけだ。
でも段々と面倒臭くなってきて、手足が膿んでいるなら根元から切って、それから欠損回復の魔法をかけたほうが楽なんじゃと思ってしまう。
ああ、でも失血性のショック死とかあるって聞くしなぁ……。
面倒面倒と思いながら、一人ずつ回復していく。
けど少しして、治療に当たっていた子供の一人――大柄な男の子なマゥタクワが、気持ち悪そうに座り込んだ。
それを皮切りに、他の子たちも次々と座り込み始める。
どうしたんだろうと首を捻っていると、バークリステが近寄ってきた。
「どうやら子供たちは、神の力を行使ししすぎて、体調を崩してしまったようです。休ませても構いませんか?」
「あれ? 回復魔法を使い続けて体調を崩す、なんてことがあるんですか?」
思った疑問を口に出すと、バークリステは周囲の兵士を見てから、そっと耳打ちしてきた。
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官に起きることなので、自由の神の信徒でも起こりえるかと」
「そうなんですね。わかりました、休ませてあげてください。他のまだ大丈夫な子やバークリステも、無理はしないようにね」
「はい。ありがとうございます」
ぱっと笑顔になってから、バークリステは子供たちの介抱と、治療に戻っていった。
俺も兵士たちの治療に戻りながら、子供たちの体調変化の理由を考えていく。
思い浮かぶ理由は、きっとフロイドワールド・オンラインでいうところの、神通力切れだ。
同じように治療に当たっていた子供たちの間に、座り込んでいる子とそうでない子がいるのは、たぶん種族差だろうな。
フロイドワールド・オンラインでは種族ごとに、基礎神通力量が決まっていたし。
でも、神通力切れがこの世界ではどうなるかを、いま知れてよかったと思う。
単なる体調不良な感じになるだけで、ラノベに多い表現な昏倒するわけじゃないなら、多少の無理は作戦に織り込める。
それにしても、子供たちが抜け始めたから、兵士たちの治療が遅れてきた。
ま、子供たちの担当は、小さな怪我が膿んでいる人たちだけだ。今日中に治療しなければ、即刻死ぬというわけじゃない。
言い方は悪いけど、優先順位は低いので、もう一日か二日我慢してもらおう。
さてさて、重傷な兵士はまだまだいるんだ、頑張って治療していかないと。
粗方治療が終わり、今日中に死ぬような人はいなくなったので、残りは明日以降に治療することにした。
その判断に、怪我が治っていない兵士たちから、恨み言が漏れる。
「ううぅ~、早く、治してくれぇ~」
「痛い~、傷が、痛い~」
「熱い、体が熱い……」
苦しみは分かるけど、これ以上はもう無理。
これ以上は、子供たちとバークリステは神通力の問題で行えない。
かといって、俺だけが延々と治療して、一気に兵士たちを治してしまっては、彼らがこちらに抱く有り難味が減ってしまう。
多大な感謝があるほど、この後の予定が進めやすいので、もうちょっと我慢していてもらおう。
そんな観念で治療を中止したのだけど、どうやら傷病兵を連れて来たマニワエドにとってみたら十分以上な働きだったようで、とても感謝された。
「死ぬ定めであった者の多くが救われました、大変に、ありがとうございました」
真摯な礼を受け取ろうとして、彼が俺に対して言っていることが気にかかった。
だって、マニワエドと兵士たちには、聖女バークリステが俺たちの集団のトップだと誤解させていたはずなんだから。
けど、俺があれだけ兵士たちの欠損を治したりすれば、見抜かれるのは当たり前だよな。
どう反応しようかと迷っていると、マニワエドが先に言ってきた。
「何かしらの事情がおありで、聖女さまを表に立たせていると分かっています。なので、いまはその理由を尋ねません。ですが、兵士の治療が終わった後で、よろしければ話してはいただけませんでしょうか」
「……確約は出来ませんが、考えておきます」
端的に返事をして、俺は借りている家に引き返すことにした。
道中で、俺と入れ替わるように、木の深皿を大量に持った村人たちとすれ違った。
ちらっと中身を確認すると、量を水で嵩増した、野生の雑穀や野草を少しだけ入れたスープのようだ。
きっと、俺がエヴァレットを通して要望したように、兵士たちに配るんだろうな。
率先するのは傷病兵からとも伝えているので、痛みや苦しみはこれで少しは減るだろう。
代わりに、今日中に病と傷を治された兵士は、順番が来るまで空きっ腹を抱える羽目になる。
けど、さっきのスープを飲んだところで、魔法で回復して健康体になってしまった兵士たちには物足りないだろうけどね。
これで村の食料が足りないと分かってくれるだろうから、明日に彼らへ狩りの打診がし易くなるな。
順調に、俺が立てた予定が進んでいくのに気を良くしながら、借家に戻った。
そうやって兵士たちの苦しみを望んだバチが当たったのか、バークリステが作ってくれた夕飯も水っぽいスープだけだった……。
「多くの兵士にスープを行き渡らせ、村人たちに飢えさせないために、わたくしたちの食料を村に供出しました。なので……」
大変に申し訳なさそうに、バークリステが言うので、思わず俺は大丈夫だと手を振る。
「食料が少ないんですから、仕方がないですよ。明日には治療は一段落しますし、兵士たちも動けるようになります。彼らが頑張ってくれれば、平地や森で野生動物を沢山獲れますよ、きっとね」
と、顔はにこやかに言いながら、心の中では泣きつつ、味がほとんどしないスープを平らげたのだった。




