百七~百十三話――another side――
歯医者に行っていて遅れました
あと これは本編を保管する外伝的な話です。
この話は、百七話から百十三話までの、遠征軍の苦労人――マニワエド・スラフッエ総参謀の独白記の形を取っています。
読まなくても、本編にはあまり関係のない話なので、肌に合わない方は読み飛ばしても構いません。
悪しき者の代表格たる、ゴブリン。
そのゴブリンが人知れず――いや、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官たちに知られることなく、人の社会に入り込んでいた。
そのことが問題になり、ゴブリンをこの世から駆逐するため、森へ討伐しに向かう遠征軍が発足する運びとなった。
なるほど、それは喜ばしい。
それが、この私とは関係のない場所で起きたことならだ。
「……私が、遠征軍の、総参謀ですか?」
そう思わず問い返した先にいるのは、国軍の上官だ。
彼は難しそうな顔で、厳しく頷く。
そのことに、私は混乱した。
総参謀といえば、栄職だ。
特に、大した戦争もなくなった近代において、常設軍でその職に就ける軍人なんて一握りしかいない。
遠征軍という、発足したばかりの一時の軍であっても、それは同じだ。
そんな栄職、経験豊富な――言い換えれば、引退間近で知識豊富な軍人こそがなるべきもの。
私のような若造が、担っていいはずがない。
こちらの困惑は言わなくても通じたのだろう、上官は重々しく口を開く。
「遠征軍の総大将となった男からの、お達しなのだ。遠征軍の総参謀を国軍から入れる条件は、彼よりも若く、それでいて知識豊富な者だと」
「……たしかに、私はこの軍部で一番若いですが」
若い分だけ知識と経験が不足していると、先輩方の姿を見て実感している。
そんな私が総参謀とは、荷が重過ぎる。
そう苦悩していると、上官から再び重々しい言葉がやってきた。
「マニワエド君。これは命令だ。遠征軍に総参謀として着任したまえ。そして国軍の優秀さを遺憾なく発揮してこい」
命令といわれれば、従うしか道はない。
「はッ! 身命を賭して、命令を遂行いたします!」
最敬礼して返事をすると、上官は頷いた後で忠告をしてくれた。
「うむ、意気はよし。だが、遠征軍で死のうとは考えるな。君には、遠征軍に参加して蓄えた実戦の知識を、国軍の戦略に生かすという別の仕事もあるのだからな」
「はッ! 了解いたしました! 遠征軍から無事に帰還し、国軍の発展に努めます!」
「うむ。では、準備もあるだろう。下がっていい」
俺は再び敬礼すると、上官の部屋から出る。
しかし、遠征軍の総参謀として、何が必要か分からない。
そして、森でゴブリンや魔物と戦うには、どうしたらいいかもだ。
先輩に聞いたり、昔の戦時資料を紐解いたりしなければいけないだろうな。
命令を受けたからには果たすべきだと、軍務精神に火をつけて、調べ物に取り掛かることにした。
遠征軍の総大将に会った。
あえて言おう。
自分自身を優秀だと勘違いしている、愚昧な貴族だった。
どうやら、家の力と、神官へのコネで、自分と腰巾着たちのために要職をもぎ取ったようだ。
いや、遠征軍自体、彼らのために作られたものと言って、差し支えないだろう。
そんな軍の総参謀だなんて、胃が痛くなりそうだ。
そうそう。
総大将はなぜだか、貴族に嫌われるはずの国軍所属の私を、気に入ったそうだ。
見た目が若く、ナヨナヨした体型だからだという。
失礼な。
若いのはその通りだが、軍人なのだから体は鍛えている。
決まった型紙で大量生産される軍服が、私には少し大きくて、体の線が潰れてしまっているだけだ。
軍内でも女顔だと笑われてきたので、ちょっとだけ気分が悪い。
けれど、そのお蔭で、それなりの権限を受け取れたのだから、何が人生に上手く作用するかは分からないな。
もっとも、参謀の職務を全うしようという腰巾着がいないから、権限が手に入ったという事情もあるのだけれど。
今後の実務の事を考えると、気が重い。
遠征軍の兵士たちが集まった。
いや、兵士と言うべきではない。
彼らは、兵士に志願してきた、食い詰めた者たちなだけだ。
平和な世の中が長年続いたことで、人口がかなり増えた結果、農村部では畑が足りず、都市部では職人や商人の下働きの口が足りなくなった。
そんな状況で職を得られなかった人たちが、遠征軍という新設された軍に、こぞって集まってきてしまったのだ。
集まった彼らも、長めの訓練を施せば、一角の兵士に作りな直せることだろう。
しかし、遠征軍総大将は、こうのたまった。
「我が軍を率いる勇姿を、万民に見せ付けるため、遠征軍をすぐにでも行軍しなければならん。兵を訓練するような時間はない。なに、よく言うではないか。『村民に長槍を持たせれば、勇将すら屠る』とな。つまりは、長尺武器さえ持たせれば、寄せ集めた奴らでも、兵士として運用できるに違いない」
……それを聞いて、私は咄嗟に何も言い返せなかった。
それは彼の理論が正しいからではなく、単に閉口したためだ。
その故事からの格言は知っていた。
だが、私が理解している意味と、彼が語った意味とは全く違っている。
そして、森の中では木々が邪魔をして、長尺武器は役に立たない。
その二つを指摘しようとして、意味がないことに気がついた。
寄せ集めの兵士が、どれほど力ない存在だと力説しても、私たちは彼らを使うしか道はないのだから。
ならせめて生存確率を上げるため、兵士たちに少しでも訓練を付けさせる方策を立てることが、総参謀としての私の役目だろう。
そこで私は頭を捻り、総大将が好みそうな理由を考え出した。
「遠征軍、総大将閣下。ご提案がございます。兵士たちに、行軍の訓練をさせてやりたいのです」
「だから訓練をする時間はないと――」
「行軍する兵の歩調が合っていない姿は、外から見ると、見るに耐えないものに映りかねませんが?」
半信半疑な様子だったので、実際に遠征軍兵士たちに、模擬武器だけ持たせて国軍の運動場を歩かせてみせた。
寄せ集めなので当たり前だが、止まれも進めも、まったくできていない。
それどころか、他人の足に蹴躓いて、転んでいる人もいるぐらいだ。
その惨状を見て、総大将は意見を翻した。
「十日だ。十日で、まともに動けるようにしろ。見苦しくないぐらいにな!」
「はッ! 畏まりました。 国軍伝統の新人研修を実施し、十日後には見違える姿をご覧に入れましょう」
そう豪語した後で、声を潜めて耳打ちする。
「ですが、どうしても私一人でこの人数は手に余ります。国軍の友人を応援に呼んでも構いませんか?」
「うむ、許す。存分に兵をしごいてやれ」
「了解いたしました。ですが、行軍をどうしても行えない輩は一定数出てきます。そんな人たちを集め、前線に一足先に森の際に送りたく思うのですが。許可いただけますでしょうか?」
「うむ、許す。そんな使えない奴らは、使い潰す気で森で戦わせてやれ」
必要な言質は取った。
これで、寄せ集めの中にいる、戦えそうなやつらを選抜して、前線での実戦で鍛えてやることが出来る。
その他の兵士たちも、行軍訓練を通して、集団行動と互いの絆が身につくはずだ。
国軍の友人を連れてきていいと言われたのだから、厳しい教官をどちらにも宛がってやるとしよう。
遠征軍が行軍を始めた。
練習しただけあり、街道を進む兵士たちの姿は、中々に立派なものだ。
その雄姿を軽く目にしてから、俺は数人の国軍の友人たちと馬に乗る。
森の際に作った陣地に、一足先に送り出した兵士たちと合流するためだ。
遠征軍の行軍は、無駄に色々な経路を通って森に行くようにしたため、十分に兵士たちを鍛え上げる時間は作れる。
もっとも遠征軍総大将は、広く勇姿を見せつけられると、遠大な行軍を嬉しがっていたな。
陣地に向かって、とある村で休ませて貰っていた。
そのとき、陣地からの伝令が、馬に乗ってやってきた。
まさか、ゴブリンに陣地が襲われたのかと焦ったが、そうではなかった。
「むむむっ。癒しの魔法――特に、重傷を治せる、徳の高い神官の赴任が急務か……」
予想外に、森での戦闘は厳しいようだ。
もともと寄せ集めの人を兵士に仕立てているのだ。
百戦錬磨の教官を指導につけても、ある程度の苦戦は覚悟していた。
それでも気をつければ、聖都で暇をしていて遠征軍に出向させられた、徳の薄い神官でも治せる軽傷で、戦いを納める事が出来ると思っていた。
だが、森での戦闘は、こちらの予想以上に難しい戦いになるようだ。
その事実を、遠征軍の本隊が森に着く前に知れて、よかったと思う。
しかし、そう納得しても、怪我人が治るわけではない。
さてどうしようかと考えていると、伝令が「噂という不確かな情報ですが」と注釈を入れてから、あることを教えてくれた。
「旅の神官が、この付近の村に滞在しているだと。しかも、かなりの重病をも治す、凄腕の神官だと!?」
あまりの好都合さに、なにかの作為を感じずにはいられなかった。
だが、伝令が続きを話すと納得した。
「あの異形の子を連れて旅をする聖女さまが、その噂の神官なのなら、先にそれを言え」
ゴブリンが暴れだす前、とある町で動く骨が暴れたことがあった。
今から考えると、悪しき者が暴れだす、その前触れであったのだろう。
この騒動の時に活躍し、町を救ったのが、かの聖女さまだ。
聖女さまは、教会が回収し隔離していた、異形の見た目の子供たちを連れて出奔した身で、指名手配をされている。
それでも、各地の村々を巡り、怪我人や病人を癒しながら、神官たちの魔の手から逃げているそうだ。
そんな方が、偶然にも近くの村にやってきていた。
これぞまさしく、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまの助けに、違いない。
伝令によると、彼女が連れている子たちも、それなりに回復魔法の腕が立つそうだ。
彼女たちを抱え込めれば、兵士たちに少し危険度の高い訓練を施すことができるようになる。
そうすれば、遠征軍の本隊が到着する前に、急ごしらえでも精鋭化させることも可能だろう。
明るくなった展望に、私は早速、その聖女さまに会う算段を付け始めたのだった。
聖女さまたちに協力を仰ぎ、上手く承諾していただけた。
前線陣地に連れて行くと、聖女さまを始め、可愛らしい女の子がいるために、兵士たちの士気が上がった。
現金なやつらめと、微笑ましく思う。
聖女さまたちの治療の腕は確かだった。
腕が千切れかけ、腹が破れて内臓がはみ出ている怪我人すら、神への祈りで一発で回復してみせる。
これなら、怪我した兵士たちを、すぐに戦線復帰させることができる。
そう喜んだこちらの心を見透かしたように、聖女さまから釘を刺されてしまった。
「怪我をし、それをわたくしたちが魔法で治した兵士は、どんな理由があろうと、一両日は部隊に復帰させられません」
「は、はい。もちろんですとも」
詰め寄られてしまい、思わず承諾してしまう。
しかしこれは、承諾してよかったことだと、後になって分かった。
大怪我を治された兵士は、一昼夜後に生まれ変わったような顔で、部隊に戻ってくるのだ。
聖女さまの献身的な看護で、心身ともに回復したおかげか、戦いぶりも凄まじい。
兵士たちの間で、死にかけて治してもらうと実力が伸びる、なんて根拠のない噂が流れたほどだ。
生まれ変わったような兵士に、その理由を尋ねると、聖女さまから説法を受けたそうだ。
それで戦いでの迷いが消え、武器を振るう腕に力がより入るようになったのだと。
私も試しに聞いてみた。
なるほど、並みの神官の説法は眠くなるだけだが、聖女さまのは分かり易い上にためになるものばかり。
聞き終われば、自分が抱いていたある種の迷いが、晴れたような心地になる。
診療所では、聖女さまだけでなく、彼女が連れている子たちも訓練名目で、怪我した兵士たちに説法を語って聞かせている。
ここで一晩泊まれば、なるほど色々な説法を聞いて、様々な迷いが晴れることだろうな。
こんなに兵士が喜ぶのだから、聖女さまたちには、遠征軍が解散されるまで、ずっといてもらおうと思う。
あの総大将め、要らない命令をしてくれたな!
いや、恨むべきは、告げ口をした腰巾着の神官どもか。
どちらにせよ、聖女さまとあの可愛らしい異形の子たちを、自分たちの権力下から排除したいか!
兵士の治療に必要だと伝令を送るが、返答はすぐに命令を実行しろとだけ。
これ以上の抗命は無理だと判断し、代わりとなる神官を至急送れと伝令を出した。
立場を守れなかったことを申し訳なく思いながら、聖女さまに事の次第を伝える。
だが、こうなることは予想済みだったようで、陣地から離れることを承諾してくれた。
その上、彼女の非はないと言うのに、兵士たちが不満を抱かないようにと、挨拶して回ってくれもする。
聖女さまが、神官どもの上に立てば、素晴らしい社会が実現できるのではと、ふと思ってしまう。
けど、軍務に預かる私が、神官の序列の破壊を望むような考えを持つことは、慎むべきことだ。
翌日に、聖女さまたちは陣地から去っていった。
兵士たちの落胆の色が濃い。
彼らは今までよくやってくれている。
急ごしらえで応用に乏しい帰来はあるが、精鋭といって差し支えのないほどの実力がある。
遠征軍の本隊がここに着くまで、完全休暇に入って、疲れをとるようにしよう。
遠征軍の本隊が到着した。
行軍中なのに糧食を減らされていたようで、兵士たちは疲れ切っている。
しかし士官たちは、出発時よりも体が太くなっているように見える。
士官と兵で食べ物に差があるのは当然だが、兵士たちにだけ食料を節約してどうするのか。
しかも、通り道にあった村と、その周辺集落から、食料を徴収してきたときいて、目を回しそうになる。
まさかと思って、総大将の腰巾着の一人、兵糧関係の責任者に補給がどうなっているか問いただした。
「悪しき者を倒す遠征軍を助けるのだ。万民は喜んで、食料を差し出すのが道理だろう。神官たちも、聖教本にある故事を照らしても、問題はないと言っている」
要するにだ、軍務と聖なる行いなので、村人たちに涙を呑んでもらう気でいるらしい。
たしかに、国軍であっても、戦闘地域にある村々から、食料の供出を頼むという手段は保持している。
だが、それはあくまで、補給が滞ったときの非常手段だ。
その非常手段を当てにして補給を考えるなんて……。
急いで食料を確認する。
森に進攻し、この陣まで戻ってくる分はありそうだ。
だが、どう考えても、ここから引き返す分が足りない。
それこそ、森への進攻中も兵士食料を減らすか、兵士の大半を森で死なせなければならないほどだ。
嫌な予感が止まらない。
兵士の損害を減らすため、森で戦い慣れた私の手勢が先頭を勤める。
森の枝葉を払い、軍が動き易いように切り開いていく。
出くわしたゴブリンを倒し、食べられる野生動物は獲って持っている食料を浮かす。
私たちの活躍は、行軍してきただけの兵士たちには眩しく映ったようだ。
特に、森から食料を得る術を持っていることで、彼らの腹を満たしてやれたことで、こちらの求心力が私の意図とは外れて増えてしまった。
これはまずいと修正しようとするより先に、総大将とその腰巾着から命令が下った。
「食料の運搬部隊の護衛ですか?」
「そうだ。あれは我が軍の生命線。精鋭である君とその部下に、守ってもらうことこそが、一番安心できるというものだ」
「……分かりました。命令を受諾いたします」
臍を噛む気で、命令を受け入れた。
そして、私たちが食料の護衛に就いたその直後、ゴブリンたちの一転攻勢が始まった。
まるで、私たちが異動させられるのを見て、あえて狙ったかのようだった。
しかも、このゴブリンたちは、いままで戦ったものよりも賢かった。
それこそ、邪神の者と思われる名前を叫び、攻撃魔法すら使ってくる。
行軍以外に訓練をしていない、寄せ集めの兵士たちは、混乱しバタバタと倒れていく。
「シネシネー!!」
「やめろごお゛お――」
総崩れ一歩手前になりかけて、思わず私は、兵士たちに向かって大声を出す。
「総員! 捧げ、剣!!」
骨身に染みるほどの行軍訓練の反射で、どの兵士でも一斉かつ同時に剣を抜いて掲げる。
その統率された動きに、ゴブリンたちは怯んで距離を取った。
「総員! 掲げ、剣!!」
俺の次の号令で、兵士たちは持った剣を、一斉に高く振り上げる。
国軍なら、この後で「総員突撃!」をかければ、一斉に目的に走って攻撃することができる。
だが、行軍には関係がないため、遠征軍の訓練では除外してしまった。
そのことを悔やみながら、剣を振り上げる兵士と、ゴブリンたちのにらみ合いが続く。
やがて、圧倒的にこちらの人数が多いからか、ゴブリンたちは森の中へ引き上げていった。
窮地を切り抜けて一先ず安心したが、このことでより総大将と腰巾着から睨まれてしまうこととなった。
私は、食料を守る兵士たち以外の命令権を、取り上げられた。
総参謀とは名ばかりだなと、思わず自重してしまう。
兵士たちも総大将の腰巾着である神官から、私の命令を聞いたら背教者だと直々に言われてしまっている。
生きるか死ぬかの瀬戸際だと、気がついていないのかと呆れてしまう。
こうなったら、遠征軍が瓦解しても、手塩にかけて育てた部下だけは連れ帰ろうと、心に決めた。
その決意から何日かもせずに、多数の野生動物とゴブリンたちが、同時に襲いかかってきた。
体の大きさがちぐはぐな相手に、兵士たちは戦いあぐねている。
胸元ほどの大きさのゴブリンと戦っていたと思えば、腰に猪が衝突してくる。
足を這い登ってくる蛇を振りほどこうとしていると、野生の馬に乗ったゴブリンが振るった石の鎚が、その兵の頭を割る。
聖教本にでてくる、未開地に住む野蛮人のような戦いぶりに、私は目を丸くした。
これほど、ゴブリンが頭の言い存在だとは、聖教本や神官の説法からも思わなかったのだ。
私たちも、そんなゴブリンと野生動物の混合部隊の対処に追われた。
そうして戦っていると、唐突に悲鳴のような命令が聞こえてきた。
「ひいいいぃぃい! 撤退だ! 森の外まで撤退だああああ!!」
それは総大将の声だった。
ハッとして様子を確認すると、腰巾着の一人がゴブリンと共倒れになっていた。
それを間近で見て、怖気づいてしまったらしい。
だが、撤退命令を、この状況で出してしまうなんて。
この後の展開を予想し、私はいち早く部下たちに命令を出す。
「撤退命令が出た。食料は可能な限り持っていく。方向転換だ!」
「「「はッ!」」」
食料が詰まれた馬車を反転させ、率先して逃げを打つ。
私たちに釣られて、他の兵士たちも逃げ始める。
「撤退だ! 逃げろ逃げろ!」
「死にたくねえ、死にたくねえ!!」
悲鳴を上げる兵士たちは、必死に森の中を逃げていく。
食料は私が握っている。飢えたくない人は、ドンドンとこちらに集まってくる。
そうやって逃走兵を組み込みなおしながら、どうにか森の外に作った陣地まで戻ってきた。
総大将と減った腰巾着たちも、悪運強く森から出てきた。
逃げ散った兵士たちも、森の外に出てくると、この陣地を目指して戻ってくる。
そうして一通り落ち延びた後で、私は被害確認を始めた。
逃げているときは気にならなかったようだが、怪我をしている兵士が多い。
そして、生き延びた神官が少ない。
どうやらゴブリンたちは、神官を率先して狙い、兵士は傷つけて放っておく手段をとっていたようだ。
不思議に思って兵士たちの傷口を見てみると、多くの傷が膿み始めていた。
毒かなにかを、武器につけていたようだ。
このままでは、多くの兵士が死ぬ。
総大将にそう報告し、神官の手配を頼もうとした。
しかし――
「ひいいいいぃぃぃ、ゴブリンに傷を付けられたら、死ぬだと!? 治せ、今すぐ治せ!!」
――私の報告を受けた途端に、頬についた小さな傷を、生き残った神官たちに治させ始めた。
治っても安心できないのか、常に神官を一人は横に置くようになり、腰巾着たちもそれに倣った。
そうして、兵士を治す神官が圧倒的に少なくなってしまった。
これでは、兵士が死ぬのをまっているしかない。
そこに、あの聖女さまたちが、付近の村に滞在している噂が耳にはいった。
いや、生き残りの兵士の中で、聖女さまたちがどの村に滞在する予定なのかを、盗み聞いていた者がいたのだ。
私は真偽を確かめずに、傷ついた兵士たちを馬車に詰め込み、その村へ先に出発させた。
事後報告で、総大将に許可を求めると、兵士と私がその村に行くことを許してくれた。
「だが、食料は渡さん! あれは、我らが生きるのに必要不可欠なもの。陣を離れるやつに、渡してやるものか!」
死にかけて、生への執着がより濃くなったのか、総大将は頑として食料を融通してはくれなかった。
ならばもういい。
食料を受け取る交渉を続けるよりも、私は兵士を助けるために、最善の努力をするほうが先だ!
 




