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自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する  作者: 中文字
五章 枢騎士卿(カーディナルナイト)獲得に挑戦編
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百十三話 村に近づく、怪しい影

 村のほぼ全員が自由神の信徒となった頃に、ようやく噂という名前の、遠征軍の続報がやってきた。


『多数の兵たちによる決死の奮闘により、邪教を信じるゴブリンたちを滅した。だが、ゴブリンたちはまだまだいる。一時、本陣へ戻り、補給と休息の後に、再び森の中へと進軍する予定である』


 この報せから浮かび上がるのは、兵士たちに多数の死傷者が出て、これ以上の継戦が危ういため、遠征軍が撤退を選んだという事実だ。

 壊走までいっていないことを喜べばいいのか、遠征軍の戦力がまだ残っていることを嘆けばいいのか。

 どちらにしても、これで周囲の地域に、動きが現れるのは確定したみたいだ。

 俺の予想では、村々に食料を出してもらうために、徴収部隊が来ると思う。

 もしかしたら、村人も徴兵で持っていかれるかもしれないな。

 いや、その前に、遠征軍から脱走兵が出る可能性のほうが高いか。

 少し前までは、戦いなんてしたことがないから、背教者と後ろ指を指されることが怖くて、兵士は離脱できなかった。

 けど、森での戦いで命の危険を感じ、死ぬぐらいならと脱走を選ぶ人がいるかもしれないな。

 そうやって色々と、今後に起こり得る展開を考えていると、エヴァレットとスカリシアが近寄ってきた。

 耳の良い二人が揃って来るということは――


「――兵士が来る音が聞こえでもしましたか?」


 報告より先に俺が言うと、二人に驚かれた。


「えっ、あ、はい。その通りです」

「どうやら、トランジェさまには、お見通しだったようですね」

「いくつかしていた予想のうちの、一つが当たっただけですよ」


 実際に、誰でも予想ができることなので、大したことじゃないしね。


「それで、どの程度の人が、この村にやってきそうなのですか?」


 俺の質問に、エヴァレットとスカリシア共に、なんて言ったらいいか迷うような顔をする。


「大量に、としか言えません」

「はい。馬やら馬車やらの音が多くて、人数までは分かりません」


 その報告を聞いて、ちょっと不思議に思った。

 馬車数台とその護衛で済むはずの食料の徴収部隊にしては、どうやら人数が多いみたいだ。

 ということは、森の中で負けたことで暴徒となり、村に略奪しにくるのか?

 それとも、俺たちが自由神の信徒だとバレていて、さらなる手柄のために追っ手を差し向けたとかか?

 いや、それにしても、エヴァレットたちが聞き取れないほどの人数って、多すぎるだろう。

 この村に大人数で押しかける利点メリットが、いまいち掴めない。

 なにはともあれ、最悪の事態を想定して、動かなければならないだろうな。


「二人とも、子供たちと協力して、村人たちに家の中に入るように伝えてください。その後、私たちだけで、こちらにくる兵士たちを出迎えます」


 俺の指示に、エヴァレットが質問してくる。


「その指示ということは、戦いになるのですか?」

「可能性は、半々といったところでしょうね。なので、村人たちには何かが近づいてくるとだけ伝え、念のためにと家に批難させてください。こちらは戦いになってもいいように、準備と心構えをしてくださいね」

「はい、分かりました」

「では、伝えてまいります」


 エヴァレットとスカリシアが離れていく姿を見送ると、俺は久々にステータス画面を開いた。

 そして装備変更で、ローブの上から革鎧をつける戦闘装束に変わる。

 さて、誰がくるかは分からないが、お出迎えするとしますか。

 こちらの対応は、あっちがどうするかで決めよう。

 対話で場が収まるならよし。

 最悪の場合は、今まで自重してきた、フロイドワールド・オンラインの攻撃魔法を連発してでも、殲滅してしまわないとね。






 村の出入り口で、俺と仲間たちが武装して並んで待っていると、単騎駆けの騎馬が先にやってきた。

 その顔を見て、戦闘になる可能性は、少し薄まったなと安堵した。

 なにせ、遠征軍の総参謀であり、話の分かる軍人こと、マニワエドだったのだから。

 けど、こちらが武装していることを見てか、少し離れた場所で、マニワエドは馬を止めた。

 なので、俺はみんなに待機を命じると、一人だけで彼の近くへと歩み寄る。


「こんにちは、マニワエドさん。後ろに大量の人がいるようですけど、これはどういうことでしょう?」


 俺が代表面で問いかけると、マニワエドは驚いた顔を見せてきた。


「以外ですね。聖女さまの常に後ろにいた貴方が、前に出てくるだなんて」


 そういえば、前線陣地では聖女――バークリステを矢面に立たせていたんだっけ。

 うっかり忘れていたけど、この程度の齟齬は、軽く言い訳できる。


「大事な聖女さまを、何の目的か分からない兵士の前に、置けるはずがないじゃないですか」

「なるほど、確かにそうですね。こちらが盗賊と化しているのではと、警戒するのも無理はないでしょう」


 その口ぶりから、どうやら噂は相当良く脚色されていて、実際はかなり酷い戦場だったんだろうと感付いた。

 そして、マニワエドが先触れとしてやってきていることから、乱暴狼藉略奪強姦が目的ではないだろう。

 でも略奪以外に、その悲惨な戦場から帰還した兵士を、多数連れている理由がわからない。


「それで、この小さな田舎村に、大量の兵士を連れてくる理由を、お聞かせ願っても?」

「ああ、申し訳ない。ここまでやってきたのは、貴方がたがこの村に滞在中だと知っていたからです」


 ということは、俺たちが自由神の信徒だと知り、捕縛しにきた――という感じでもないな。

 少し頭を捻り、この可能性もあったかと思いついた。


「もしかして、連れて来たのは、全て傷病兵なのですか?」

「はい、その通りです。特に、重症な者のみを集め、ありったけの馬車に詰め込んでで、運んでいます」


 話を聞いて、なんて無茶なことをするんだと、驚いた。


「そんなことをしたら、その兵士たちが死にます! 遠征軍にも、怪我を治せる神官が同行していたでしょう!」


 この世界の馬車は、元の世界の車と比べて、かなり揺れる。

 そんな振動を加え続けられたら、治りかけていた傷口が、再び開いてしまうだろう。

 俺たちに治療を依頼しにつれてくるぐらいなら、時間が少しかかっても、本陣で聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官から治療を受けたほうがいい。

 そう思っての発言だったのだけど、そんなことはマニワエドも重々承知だったようだ。


「仕方がなかったんだ! 森に連れて行った神官の多くは、邪神を奉じるゴブリンの魔の手にかかって死んでしまったんだ! 生き残った神官たちは、身の保身から身分の高い者しか治療をしない! あのまま待っていたら、傷病兵たちは残らず死んでしまうところだったんだ!!」


 短い間柄だけど、マニワエドがこれほど声を荒げるのを、俺は初めて見た。

 そして事情を知り、俺が考え違いしていたことを悟った。


「そんな事態になっているとは知らず、手前勝手なことを言いました。謝罪いたします」

「いや、こちらも申し訳ない。感情が高ぶりすぎてしまったようだ」


 お互いに謝った後で、すぐに傷病兵を受け入れる準備の相談を始める。


「それで、傷病兵の数は?」

「百を超え、五百はいないはず。すまないけれども、馬車に入れられるだけ入れてきたので、正確な人数は不明なんだ」

「そうですか……食料は持ってきていますか?」

「死ぬしかない兵に食料を持たせられないと言われて、持ってきているのは、水だけなんだ」


 うっわ。

 食料がないのは、とてもまずい。

 この村は、五百人もの兵士の傷が治るまで抱え込めるほど、食料はない。

 そして、それを支えられるほどの、狩場も周囲にはない。

 賄おうと思ったら、森まで遠出して、狩りをする必要がある。

 さて、どうしようかと考え――いや考える必要ないよなって、すぐ気がついた。

 だって、魔法で傷を治せば、すぐに立って歩けるようになるんだし。

 回復待機時間を考慮して、一両日休んでもらっても、その後にすぐ地力で森まで食料調達しに行けるようになるしね。

 なんだ、問題ないじゃないかと、村に引き入れることに決めた。


「分かりました、治療しましょう。兵士をここまで連れてきてください。その際には、『目的の村はまだまだ先だ』と、傷病兵に伝えてください」

「治療してくれるのだから、指示には従うつもりでいます。けど、兵にそんな嘘を吐くことに、何の意味が?」

「あと少しで目的地だと知ると、安心して死ぬ人がいると、聞いたことがあるからです」


 忙しくなるので、端的に理由を告げてから、急いで仲間たちの元に戻る。

 どうやらエヴァレットとスカリシアが、自慢の耳で聞いていたらしくて、もう事情は皆に伝わっているようだった。

 なので、決意を表明するだけでよかった。


「さあ、傷ついた兵士を治しまくりますよ! 全員で、可能な限りの命を救いましょう!」

「「「「はい!」」」」


 子供たちは、元気と覚悟が篭った、良い声を発した。

 けどその後で、ピンスレットが笑顔で、つけ加えるように言う。


「命を助けた恩を利用して、兵士たちを自由神の信徒にするんですよね、ご主人さま」

「……それは、命を助けた後で、できればいいなってぐらいですからね」


 正直な思惑を伝えると、子供たちが苦笑する。

 ああもう、なんだか締まらないな。

 なんて思いつつ、もうそこまで来ている多くの馬車列を見て、忙しくなりそうだと気合を入れなおすのだった。

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