百十二話 おやおや、情勢が怪しくなってきましたよ?
昨日は、大変失礼いたしました。
村での暮らしが続き、村人たちの多くは、自由神に鞍替えし終えていた。
残っている村人も、遅かれ早かれ、自由神の信徒となるような雰囲気だ。
一応、二つの宗教が入り混じる村になってしまっているけど、村人たちの関係はとても穏やかだ。
なにせ自由神は、自由を尊び、自由こそが教義だ。
信徒が自由神以外の神を崇めようと、怒るような神様ではない。
フロイドワールド・オンラインで、祭る神を偽ってもペナルティーがなかったように。
俺がこの世界で他の神の信者を増やしても、一切のお咎め降ってこなかったようにだ。
なので村人たちの生活は、改宗する前と後で、全く変わっていないため、軋轢の生まれようがないよな。
さてさて、そんな平和な村での生活の中で、気になる知らせがやってきた。
いや、『知らせがきた』っていうのは嘘だな。
正確に言うなら、知らせが来なくなったというべきだろう。
そう、遠征軍からの噂という、戦況報告が一切やってこなくなったのだ。
そのことに、村人たちは不安に思い、彼らが黒い聖女と崇めるエヴァレットに聞きにきた。
困ったエヴァレットは、俺に助けを求めるような目を向けてきたので、でしゃばることにした。
「はいはい、皆さん。不安なお気持ちは分かります。ですが、『聖女さま』も貴方たちと同じく、この村で暮らしているのです。森にいる遠征軍の詳しい話を、知っているはずがないじゃないですか」
俺が声をかけると、村人たちは納得しながらも、不安そうなままだった。
「知らないことは分かりました。けど、貴方がたはワシらよりも頭が良い。予想でもいいのです。なにか、わかりませんか?」
「情報が来ないのですから、判断のしようがないのですよ。ですが、そうですねぇ――」
俺が考え込むように言葉を切ると、村人たちは息を止めてこちらを見つめる。
村人たちの息が限界になる寸前まで待ってから、続きを話していく。
「――便りがないのは、元気な証拠ともいいます。きっと、噂になるようなことが、遠征軍で起こっていないんでしょう」
「そう、なのでしょうか?」
「きっとそうですよ。ほら、何か悪いことがあれば、すぐ噂になってしまいますよ。どこそこの子供がつまみ食いを怒られたら、この村だと次の日には、誰もが知っているじゃないですか。けど、何事もなかった日の翌日は、流れる噂なんて一つもないでしょう?」
例を出して説明すると、村人たちは納得してくれたようだった。
そして、噂が途切れたことは気にするべきことじゃないと知ると、安心したように日々の生活に戻っていった。
それを見送って、俺とエヴァレットも何事もないように、日中を過ごす。
日が沈み、俺の仲間たちが借家に集まり終え、食事を取り終えた後で、俺は全員に向かって喋っていく。
「どうやら、遠征軍は良い噂を流せないほど、逼迫した状況にあるようですね」
村人に語ったのとは、百八十度違う言葉に、エヴァレットは驚いたようだ。
「あ、あの。噂がこなくなったのは、大した問題じゃないのではなかったのですか?」
「まさか、そんなわけないじゃないですか。あれは、村人たちの不安を解消するための、方便ですよ。本当のことを言うと、遠征軍はまずい事態に陥っている可能性が高いです」
そう告げると、エヴァレットはまた質問してきた。
「情報が入ってきていませんが、どうして遠征軍は窮地にいると、分かったのですか?」
「簡単な話ですよ。遠征軍が森に入ってすぐの頃、皆に言ってありましたよね。軍とは、何事も良く改変してから、情報を流すものだと」
エヴァレットだけでなく、子供たちも頷いたのを確認してから、続きを話す。
「噂が流れなくなったのは、どうやっても良く改変できないほど、悪いことが起きた。もしくは、森の中でゴブリンや魔物に取り囲まれて、外に情報を流せなくなっていると、そう考えるのが妥当ではありませんか?」
俺が理解を促すと、ほぼ全員が、その通りかもしれないという顔になる。
そこでさらにバークリステが、補足説明を入れ始めた。
「恐らく、遠征軍内部で悪い事態に対する緘口令――ようは口止めが、行われているのでしょうね。要らぬ噂を流せば、軍務違反や背教者と認定して、罰を与える。そう脅している可能性すらあります」
自由に喋ることも出来なくなっているかもと知って、子供たちが遠征軍の兵士を哀れむ顔をする。
その表情を見て、順調に自由神の教義に染まってきているなと、思わず嬉しくなった。
けど、うさんくさい笑みで、内心の喜びを包み隠す。
その後で、遠征軍が辿るであろう今後の予想を、語って聞かせることにした。
「大まかに分けて、道は二つですね」
俺は指を一つ立てる。
「いま直面している悪い事態をどうにか突破し、森の外まで後退する。そして『第一次遠征は終わった。第二次遠征の準備に入る』と、周囲に知らせを流します。けれどそれ以降は、森からゴブリンや魔物が出てこないかの、監視任務に移ることになるでしょうね」
そして、二本目の指を立てる。
「その悪い事態を解消できず、遠征軍は壊走。落ち延びた兵士たちによって、遠征軍大敗の知らせが、周囲の村々に駆け巡ります。もしかしたら、森からゴブリンや魔物が、逃げた兵士を追って、村々を襲撃するかもしれませんね」
このどちらかだと俺が主張すると、バークリステがそれぞれの説の補強を入れてきた。
「一つ目の事態になれば、村からまた食料を取りに来るでしょう。二つ目の事態になれば、この村も戦いに巻き込まれ、わたくしたちが戦うことになるでしょうね」
要は、対岸の火事ではないと、子供たちに教えたわけだ。
すると、子供全員が嫌そうな顔になった。
特に、減らず口が多いマッビシューが、一層嫌そうな顔で口を開く。
「本当かよ、大姉ちゃん。そのどっちにしたって、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒が馬鹿した尻拭いを、オレたちがしなきゃいけなってこと?」
「その通りです。嫌でもやらなければ、ここの村人たちが、大変に困ることになるでしょうね」
「うっわ~。すーっごく迷惑」
マッビシューは嫌そうながらも、村人を見捨てる気はないようで、狩りが得意な面々と顔を付き合わせて、話しこみ始めた。
漏れ聞こえてくる内容から、狩りで食糧の備蓄をどうにか増やそうと、話し合っているようだ。
他の子供たちも、あれこれ対策を話し始めている。
自由神の信徒らしい、自ら行動する姿勢だ。
俺は少し感慨深く思いながら、席を立って、家の外に出ようとする。
そのとき、ピンスレットが呼び止めてきた。
「ご主人さま、どこにいくので?」
「村長宅に行くつもりです。村人に先ほど語ったことを聞かせるのは、まだ時期尚早です。ですが、村長だけに知らせ、周囲の村に注意するよう伝言してもらうことを、やってもらおうかと思いまして」
「なるほどです。じゃあ、いっしょに行きます!」
ピンスレットは椅子を下りると、俺の腕に自分の腕を絡みつかせてきた。
相変わらず距離が近いなと思いつつ、ちょっと小言を言うことにする。
「あのね、ピンスレット。遊びに行くんじゃないんですよ。この格好で村長宅に行ったら、笑いものになってしまいますよ」
「大丈夫です。村長の奥さんに『旦那を射止めた必殺レシピ』を、教えてもらう約束をしているので!」
話が通じているようで、まったく通じていない。
仕方がなしに説得を諦め、俺はピンスレットと二人で、村長宅へと向かうことにした。
家から出るまで、背中にビシビシと、誰からかの視線が突き刺さる気がしながらだ。
村長宅に着き、扉を開けてもらうと、夕食が終わって直ぐな頃なのに、村長は寝に入る直前のような格好をしていた。
「いやはや。歳を取ると、夜に寝るのも、朝に起きるのも早くなってしまいがちでしてな」
俺の姿を見て、恥ずかしそうに弁明しながら、中に通してくれた。
すると、ピンスレットは俺の腕から離れ、様子を見に来ていた村長の奥さんへと歩き寄る。
「こんばんは。あのレシピを教えてもらいにきました!」
「はい、こんばんは。振舞いたい人を連れてきてって言ってあったと思うけど……もしかして、あの男の人が?」
「はい! あの方と、生涯添い遂げる覚悟です!」
女性二人が、なんだか不穏なことを話している。
けど、聞かなかったことにして、村長さんと密談に入ろうと思う。
村長さんも、自分の妻がはっちゃけている様子を見るのは嫌なのか、彼の自室に案内してくれた。
「それで、何用ですかな?」
「はい。つい先ほど、私たち――自由の神の信徒間で話し合いが行われていたのですが、その結果をお伝えしようと思いまして」
「話し合いの結果ですか。それはどのような?」
「村人たちも気にしている、遠征軍の噂が途絶えてしまった理由についての考察です」
俺が先ほどと同じ話をもう一度語ると、村長は目を見開いて驚いた。
「まさか! 鉄で出来た森の木が、並んで移動するようと噂された、あの遠征軍が魔物に負けるのですか!?」
あまりにも大きな声だったので、押さえてと身振りして、トーンダウンさせる。
村長は、密談だと思い出したのか、ハッとしながら座りなおす。
「まさか、信じられない……」
「私も信じられません。でも状況の判断から、その線が濃厚だと思っています」
ちなみに、信じられないと言ったのは、嘘だ。
どんな屈強な兵士を並べても、指揮官が無能なら、実力の半分も発揮できない。
無策かつ脳筋戦法で勝てるのは、実力と数の差が明らかな状況なときだけ。
それは、ゲームでも現実でも変わらないはずだ。
だから、総大将がマニワエドを指揮から外すと予想したとき、このぐらいの事態は想像できていたんだよね。
もしかしたら、上手くやる可能性も合ったし、俺たちやこの村に影響が出るまで時間があったから、言わずに置いたけどね。
さてさて、村長には俺の予想を、他の村々に伝えてもらわないといけない。
けどそれは、他の村が危険だから、という理由だけじゃないんだよね。
なにせ『他の村の村長に』ではなく『他の村に』伝える。
つまり、他の村の村人が知るように、この村長に伝えてもらうんだから。
そんな俺のちょっとした企みに気づかずに、村長は伝言を請け負ってくれた。
「分かりました。では早速、伝書鳥を使って、知らせようと思います。その後、この村の住民たちにも――」
「いえ、この村の人々に伝えるのは、待っていただきたいのです」
「――えっ?」
不思議そうにする村長に、俺は釘を刺していく。
「あくまで、先ほど話したことは、私たちの予想です。他の村は対策など何もしてないでしょうから、念のために可能性の段階でも知らせておく必要があります。ですが、この村には、私たちがいます。先に語った状態になっても、私たちなら対応が可能です。なので、ここの村人を悪戯に恐れさせる必要は、まだないと思っています」
「は、はぁ。なら、いつ、知らせればよいと?」
「それは、遠征軍の噂がやってきたときです。そのときに実は予想して準備していたと、村長が村人たちに語れば、尊敬を集めることに繋がるでしょうね」
大半は、口から出任せだ。
でも、村長は『尊敬を集める』という部分に、分かり易く反応した。
きっと、最近は村人たちの関心が俺たちに向いていて、少し脅威に思っていたんだろうな。
尊敬を集められれば、この村での村長の立場は揺るぎないものになる。
その上、他の村にも事前に知らせを伝えている事実があれば、より説得力が増す。
いやいや、知らせた他の村の村人たちからも、お礼を言われ尊敬を向けられるかもしれない。
とまあ、そこまで考えているかは分からないけど、村長は俺の提案を受け入れてくれた。
「分かりました。この村の村人には知らせません。ですが、他の村の人たちには?」
「ご自由にどうぞ。むしろ、危険を知らせるのですから、広い範囲の人たちに伝えてくださいね。この村の人たちに関係ある人は、もちろん除いてです」
うさんくさい笑みで念を押すと、村長は意気込んだ様子で手紙を書き始めた。
その様子に、いったい何枚書く気なのやらと、ちょっとだけ呆れてしまった。
熱中している村長は置いておくとして、この家を辞するために、ピンスレットを回収しないとね。
村長の部屋を出て、ピンスレットの声がする方へ歩いてく。
近づくにつれて、段々と良く声が聞こえてきた。
「――なるほど、必殺はいくつも用意しておくんだ!」
「そう、多重攻撃(色んな料理)ができてこそよ。一品だけ美味しくても、いつかは飽きられてしまうわ。それと、好きな人の弱点(好みの味付け)を知っておくのも大事。塩を一つまみ入れるか入れないかで、料理の印象はがらっと変わるわ。その一つまみで、大魚を逃した娘は多いのよ」
「でも、奥さまは」
「もちろん、一発必中。見事に、お腹を射抜いてやったわ」
……なんだか、物騒な言葉が羅列している気がするんだけど。
この世界に来て初めて、謎翻訳機能が上手く働いていないんじゃいかって、疑ってしまいたくなった。
あと、村長の奥さんに関わらせていると、なんだか怖い事態になるフラグが立ちそうだ。
嬉しそうに講義を聴いているピンスレットには悪いんだけど、話を切り上げさせることにした。
「ピンスレット、用件は終わったので、帰りますよ」
「はい、分かりました。奥さま、ありがとうございました。まだまだ聞きたいことは、沢山ありますけど、今日はここでお別れです」
「はいはい。いつでも遊びにいらっしゃい。必殺技(一撃レシピ)は、まだまだあるからね」
俺は不穏な言葉を聞いて、頬を引きつらせる。
そしてしばらくは、ピンスレットと共に行動して、監視していた方が良いんじゃないかと、本気で頭を悩ませるのだった。




