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自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する  作者: 中文字
五章 枢騎士卿(カーディナルナイト)獲得に挑戦編
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百八話 遠征軍の歩みと、こちらの企ては順調なようです

 遠征軍の先遣隊の中で、俺たちは治療班として活動することになった。

 慣れない場所、そして森の中で、魔物やゴブリンと戦っているために、兵士たちは大小様々な怪我をしてくる。

 表向きの引率約であるバークリステが、治療班を取り仕切り、その人たちの治療にあたる。

 小さな怪我なら、水を浸した布で拭いて汚れを落とし、怪我の直りを早くする救急バンのような湿布を貼ってお終い。

 大きな傷のみ、回復魔法で治していく。

 なんで全ての傷を治さないのか、俺は不思議に思った。

 けど、色々と事情通なバークリステならではの理由が、そこにはあった。


「この優先順位をつけて、回復魔法を使う方法は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官が行っているものです。命や、体に不備が出ないような傷を治すのは、神の優しさにつけ込む行為だと、されています」


 たしか、同じような理由を、この世界にきて最初に滞在した村で、村人から言われたっけ。


『この程度の怪我や病に、神の力を使うのは恐れ多い。薬をもらえれば十分』


 って感じだったよな。

 懐かしいことを思い出していると、大怪我をした人が、布のタンカに乗せられて運ばれてきた。

 左太腿が半分ほどまで切断されていて、そこに巻かれた布は真っ赤に染まりきっている。

 それでも止血には不十分なんだろうな、血が止まることなく布から滲み出ている。

 怪我した兵士の顔は、もう真っ青で、いつ死んでもおかしくはない感じだった。

 だからか、その兵士を運んできた別の兵士が、バークリステに縋りつく。


「聖女さま、お願いします! こいつを助けてやってください! 同郷の幼馴染なんです!!」


 ここ何日か古傷やら大怪我やらを、俺たちが治しまわっていたら、いつしかバークリステが聖女なんて呼ばれ始めていた。

 どんな怪我でも、嘘だったかのように治す姿に、兵士たちが心酔してのことらしい。

 そんな聖女さまは、必死に頼み込む彼の手を取り、立ち上がらせた。

 そして、慈愛が篭っているように見える、まさに聖女な微笑みを浮かべる。


「安心してください。死んでいないのでしたら、治して上げられますから」

「ほ、ほんとうですか! なら、ならすぐに、お願いします!」


 バークリステは頼み込む兵士を下がらせつつ、こちらに目で合図を送ってきた。

 それを確認すると、俺は兵士の惨状に気分が悪くなったかのように、顔を背けて自分の口を手で押さえる。

 すると、バークリステが呪文っぽい、でたらめな文言を唱え始めた。


「おお、わたくしが奉じる偉大な神よ。歴戦の兵が、怪我により倒れ伏した。まだ命を落とすには、惜しい人材でございます――」


 そうやって、何の意味もない言葉を言っている間に、俺は口に手を当てながら、こっそりと小声で呪文を唱える。


「……我が神よ、困難を戦い抜き、絶望することなく敢闘せし者に、最大級の癒しと身を蝕む物の除外をこいねがう」


 単体限定最上級回復魔法リミテッドグレイトヒールの魔法が発動して、大怪我をした兵士の下に光の円が生まれた。

 円の出現に合わせて、バークリステは言葉を止めて、さも自分が魔法を使ったかのような身振りをする。

 その間にも魔法は効果を発揮している。

 兵士の腿にあった重傷は瞬く間に消え、ついでに体の各所にあった小さい傷も消えうせた。

 その光景を見て、居合わせた兵士たちは、俺の策略に見事に騙されてくれたようだ。

 全員が全員、バークリステに畏怖と尊敬の眼差しを向けている。

 光の円が消えて、重傷だったはずの兵士が何事もなく起き上がると、他の兵士たちからは歓声が上がった。


「聖女さまのお力で、また一人救われたぞ!」

「万歳! 聖女さま、万歳!!」

「俺たちには、聖女さまの回復魔法があるんだ! 森の魔物やゴブリンなんて、怖くねえ!!」


 彼らは口々に喝采を上げる。

 しかしそれを諌めるように、バークリステは手を大きく打ち鳴らした。

 かなり大きな音だったので、一瞬にして周囲は静まり返った。

 バークリステは押し黙った兵士を、順々に見ていく。


「言っておきます。わたくしの回復魔法をあてにして、無茶や無謀な行動は取らないでください。その油断が死を招きます。そして死ねば、わたくしは治せません」


 厳格に諌めるような口調に、バカ騒ぎしかけた兵士たちは、シュンと肩を落とした。

 続いてバークリステは、足の怪我が治った兵士に顔を向ける。


「貴方は、今から明日の昼まで、絶対安静です」

「え、そんな! 怪我が治ったんですから、今からでも任務に戻らないと――」

「黙りなさい。失血が、体に及ぼす影響を、軽く思わないでください。貴方はまた無茶をして、仲間たちに迷惑をかけたいのですか?」


 ずいっと詰め寄りながらの注意を受け手、その兵士は言葉が出なくなってしまった様子で、頷きだけを返した。

 するとバークリステは、分かればいいと言う感じで、子供にするような手つきで彼の頭をなでる。


「焦らずとも、挽回の機会はいくらでもあります。いまは、体調を整えることに専念なさい」

「――ああ、聖女さま……」


 兵士は感極まったように涙目になりながら、バークリステに祈りを捧げ始める。

 それに呼応して、他の兵士たちも祈りだした。

 ……なんだか、聖女さまというより、神の化身扱いしてないか?

 ふむ。なら、バークリステをご神体に据える方向で、自由神の教えを広めるのも悪くはないかな。なんか、そっちの方が手っ取り早そうだし。

 そんな企みを思い描いていると、この治療所にあの参謀さんが入ってきた。

 その瞬間、兵士の一人が号令を発した。


「総参謀、マニワエド・スラフッエ殿に、敬礼!」

「「「敬礼!!」」」


 ザッと物音を立てて、治療所の兵士たちが最敬礼する。

 参謀さん――マニワエドは、その様子を目で一巡すると、身振りで止めるように伝えた。

 兵士たちは敬礼を止めながらも、乱れのない立ち姿を維持している。

 マニワエドは満足そうに頷くと、先ほど大怪我をした兵士に近寄った。


「お前だな。大怪我をして、運ばれたというのは」

「ハッ! 大猪の牙に、足を裂かれ、救助されました!」

「どうやら、怪我は治してもらえたようだな」

「ハッ! 聖女さまが、完全に癒してくださいました!」

「なるほど。それは重畳であったな」


 マニワエドは兵士の返答を聞くと、芝居がかった動きで、居合わせた兵士たちに言葉をかけ始めた。


「よいか、お前たち! 怪我を恐れ、命を惜しんで戦えぬ者は、兵士ではない! だが命を悪戯に捨てようとする者もまた、兵士ではない! 聖女さまの力があるからと、怪我をしても治るからと、戦いを雑にし相手に油断してはならんぞ!」

「「「ハッ! 了解いたしております!」」」

「あくまで回復魔法は、我々を最後に救ってくれる神の手だ。自分の身を疎かにし、安易に神の御技に頼る者に、救いの手が差し伸べられるとは考えるな!」

「「「ハッ! 弁えております!」」」

「うむっ、ならよい。治療所を騒がせて申し訳なかった。そして、死人が出なかったこと、感謝する」


 マニワエドは兵士に訓示を、バークリステに礼を言うと、終始芝居がかった動きのまま、治療所から出ていった。

 あの様子からすると、たぶん大怪我をした兵士の様子を見にきたんだろうな。

 けど、参謀であり先遣隊の責任者って立場から、そう悟られるたらまずいので、ああやって厳しい言葉をかけて去っていったっぽい。

 ま、ここにいる兵士たちは、マニワエドが選りすぐった精鋭だ。

 可能なら一人たりとも死なせたくない、って気持ちになるよな。

 でも、バークリステを聖女と崇める兵士たちに、その気持ちが伝わっているかは、ちょっと疑問だけどね。




 さてさて、先遣隊はこんな風に森で怪我をするほどの、訓練と実践を日々行い、俺たちは治療に急がしくしている。

 一方で、遠征軍の本隊はというと、住民たちに姿を見せることで治安の不安を解消するという目的のため、ゆっくり行軍しているようだ。

 この場所にくるまで、まだ二十から三十日はかかる見通しらしい。

 俺たちがここにやってきて、もう十日も経っている。

 都合で、六十日ぐらい移動して、ここにやってくる計算になりそうだ。

 だとしたら、よく兵糧が持つなと感心する。

 けど、そのタネを知ったら拍子抜けした。

 要は、通り道の村や町に供出させ、末端の兵士たちの食料も減らして与えているだけのことだった。

 元の世界で、ご飯が少ないと兵士は離れるって聞いたことがある。

 けど、この世界の事情はちょっと違うようだ。

 遠征軍は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒上層部の肝いりで作られた、信者たちの軍隊という側面がある。

 そのため、この軍に参加することが、功徳を積む行為だと認識しているようなのだ。

 だから、ご飯が少なくて空きっ腹で行軍しようと、逃げ出す兵がまったく出てこない。

 これは、離脱したら背教者だと言われて弾圧されかねない、っていう危険性もあるからだろうな。

 なにせこの世界では、長いこと一つしか宗教が存在していなかった。

 そのため、どこに行こうと聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒しかいないのだ。

 背教者だとレッテルを貼られたら、どこの人里に行こうと、迫害される運命が待っていると怖がるのも無理はない。

 そして、そんな危険を冒すぐらいなら、空きっ腹で苦しくとも、終わりがある行軍の方がマシだと考えるだろうな。

 やるせないなと思いつつも、俺は自分の企みを進めることに、意識を傾け直す。

 ここまでの遠征軍の話しなどを報告してくれたのは、ダークエルフのエヴァレット、緑色の肌を持つウィッジダ、腕が二対あるアーラィ、そして第三の目が額にあるウィクル。

 この四人で一組にして、付近の村々から情報収集を行わせていたのだ。

 その情報を取りまとめて、エヴァレットは俺に報告する


「遠征軍の行程から、我々がこの場から去るのは、二十日後の予定でいいと思われます」

「ここに来るのが二十日後から三十日の間なら、もう少し早く出たほうがいいのでは?」

「いえ。噂なのですが、行軍の速さが落ちているみたいなのです。予定よりも、既に何日か分の遅れがでているのだとか」

「ということは、三十日後に本隊がここに到着しない可能性も、あるということですね?」

「わたしの予想では、四十日かかるのではないかと。その後に、行軍の疲れを癒し、編成を整えることを考えると、森に本格攻勢をかけるのは、五十日後かと」


 その報告を聞いて、俺は首を傾げた。

 元の世界では、何千何万規模の兵が歩いて移動するなど、起こり得ない。

 だって、ヘリやトラックで兵士は運搬されるし、技術の発展で無人機が主流になりかけていたんだから。

 そのため、この遠征軍の鈍重さが、この世界では常識的なものなのか、判断しにくい。

 とりあえず、総大将は凡愚だそうなので、一般的かやや遅い、ぐらいに考えておくことにした。

 さて、遠征軍についての報告は、これで打ち止めのようだ。

 なら普通の人とは違う見た目の四人だけを組ませて、村に情報集めに向かわせた目的の、結果を教えてもらわないとな。


「アーラィ。情報集めは、私の指示通りに、『二番目の腕』を見せながらやりましたよね?」

「はい! エヴァレットさんとウィッジダは肌を、ウィクルは額の目を晒しながら、情報を集めました」

「そうですか。そのときの村人の反応は、どんな感じでした?」


 俺の質問に、アーラィは言いよどんだ。


「えっと。あまり、いい目では見られませんでした。トランジェさまにお借りした、あの活動許可の証文を見せて、ようやく信用してくれた感じです」

「情報代の替わりに、魔法で治療してあげても、礼を言わない人が多かったんだよ!」


 ぷんぷんと、ウィクルが怒る。

 額の目も、感情に合わせて怒った感じになっているのが、とても興味深いな。

 っと、いけないいけない。話を戻さないと。


「情報を集めに向かった村、全ての村人がそうだったのですか?」


 情報を集めに言った四人は、揃って考える素振りをする。

 そして、エヴァレットが一番先に口を開いた。


「この耳で聞いていましたが、こちらの容姿の違いについて、陰口を叩く人ばかりでした。ですが、程度には、村ごとに差があったように感じました」

「エヴァレットさんの言う通り、比較的に嫌悪感が薄い村はありました」


 アーラィの発言に続くように、ウィッジダは手書きの地図を広げ、ある場所を指差した。


「この村が、一番、怖くなかったと思う」


 その村は、この前線陣地から一番遠い村だった

 地図を見ると、周囲は草原と畑しかないような平地に、ぽつんと人里がある感じのようだ。

 そして、遠征軍が通る道から、外れたところにある。

 これは、いい村をエヴァレットたちは見つけたな。


「では、この村を、ここから離れた後の拠点にしましょう。少し森からは遠くなってしまいますが、異なる見た目に対する嫌悪が少ないのでしたら、私たちの存在も受け入れてもらい易いでしょうからね」


 そう、エヴァレットたちに情報収集を任せたのは、偏見が薄い地域の見極めのため。

 そして、遠征軍の本隊が到着した後で、俺たちが拠点にする場所を探すためでもあった。

 なぜ、この森の近くにある村を、次に住む場所に選ぶのかは、ちゃんと理由がある。

 バークリステと考えて立てた布教作戦では、あまり森から離れずに、遠征軍の戦果と被害を把握する必要があるんだ。

 もしくは、森に住むゴブリンが、勝ったか負けたかを知る必要があるわけだ。

 その結果次第で、作戦内容が分岐する。

 秩序の中に混沌を作るか、混沌を作ってから秩序を生むかにだ。

 さて、どうなるかなと、ちょっと楽しみにしながら、兵士たちの傷を治す役目は続けつつ、本隊の到着を待つことにしようかな。

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