百七話 遠征軍の内情も、色々とあるようです
噂から少しして、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの遠征軍は発足した。
その指揮官は、俺とバークリステがそれぞれ考えていた、半々の有能さだった。
いや、正確に言おう。
遠征軍の総大将は、俺が思ったとおりの無能そうな男性だった。
聖都ジャイティスから大々的に行っているという進軍パレードで、一番目立つ格好と場所で手を振っているのが、その総大将だ。
もしも狙撃手が狙っていたら、パレード開始一分以内で頭を射ち抜かれているな、これは。
そんな凡愚に、勿体ないほどやり手の参謀がいる。
上手く総大将を操り、気分良く軍隊の運営を任せてもらっている、って噂になっているほどだ。
そんな頭のいい参謀は、先触れと遠隔地の人員収集の名目で、集めた精鋭を引き連れて先遣隊として森へ向かっている。
そう。バークリステが考察した作戦を、この参謀は行っているのだ。
それどころか、さらに一歩踏み込んでいた。
地形の把握や、周囲の村々に食糧や寝場所の援助を求めたり、先遣隊の戦いぶりを見て森での戦い方を考案して、遺憾なく自身の優秀さを発揮している。
さてさて、いつもながら、なんで俺がそんなことを知っているのか。
それは、ゴブリンの集落が多くある森の近くの村で、網を張っていたからだ。
もちろん、その村を選んだのは、俺ではなくてバークリステである。
いや、ほんと。同組織で働いていた頭のいい人って、考え方が似るもんだって感心する。
だって、バークリステに聞けば、討伐軍の参謀が次にどう行動するか、だいたい当たるんだもの。
それはさておき。
バークリステの予想で、俺たちは討伐軍の先遣隊と、繋がりを作ることに成功することになった。
特別なことはしていない。
ただ単に、村の中で診療をしていただけ。
あとは、治療魔法の腕がいい神官がいるという噂を、ちょこっと放置しただけ。
すると、件の参謀さん自ら出向いてきて、俺たちに協力を求めてきたのだ。
「森での戦闘は、不意の事態に遭遇することが多く。回復魔法を扱える神官の手が足りない。貴君たちも聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官ならば、悪を倒す一助で功徳を積む機会と考え、従軍して欲しい」
そう頭を下げる参謀さんは、年齢が三十歳に届かないぐらいの、兵士にしては線が細い優男だった。
優しげな顔だけど、遠征軍が発足してから激務が続いているのか、目の下にクマがあるな。
さて、この参謀さんとの交渉の矢面に立つのは、俺ではなく、とある一地域で英雄扱いなバークリステだ。
バークリステの噂を聞いたことがあるのか、参謀さんは納得顔になった。
「町を動く骨から救ったという女傑が、まさかこのような美しいお方とは。たしか、お供に異形の子を連れているという話でしたが……」
「はい、いまも同行しておりますよ。お呼びしましょうか?」
「いえいえ、それには及びません。そうですか、一緒なのですか……」
参謀さんは小難しそうな表情をすると、深々と頭を下げてきた。
「協力を申し出る側なのに、大変申し訳ない言い方だと重々承知ですが。貴方たちに協力していただくのは、討伐軍の本隊が到着する前となるでしょう」
「? 変な申し入れですね。本隊がきたときに、わたくしたちがいては、まずいことがあるのですか?」
「……はい。討伐軍の統率者は、人間至上主義の方です。エルフやドワーフ、それに獣人といった、亜人種全般が大変にお嫌いなのです。兵士として使い潰すならともかく、兵の怪我を癒す名誉な回復手に任じることは、天地が逆転してもありえないことなのです」
人種で手下の好悪を判断するなんて、絵に書いたような暗愚だな。
きっと、エルフの長寿命、ドワーフの器用さ、獣人の逞しさに、心の深層領域から嫉妬していて。それが、亜人嫌いとして表面に出ているんだろうな。
その上、パレードの様子を聞くに、目立ちたがり屋で自己顕示欲が強い。
これで用兵なり戦闘なりで有能じゃなかったら、なんで遠征軍総大将になったか分からない人事になるな。
ここにいない人のことを、手前勝手に考えてもしょうがない。
参謀さんの申し出は、こちらにとって、都合のいいことだ。
バークリステも、それを理解しているようだ。
「分かりました。では、本隊が来る直前まで、怪我をした兵士の治療に、当たらせていただきます。その代わりと言うわけではありませんが、神の教えを伝える示教や説教を、兵士相手に行ってもかまいませんね?」
「ええ、構いません。ですが、なるべく型通りの話は止め、手短にお願いいたします。兵士たちは任務で疲れ、休息が少しでも必要ですので」
「その辺は弁えています。無理に話を聞かせるのは、示教とはいえませんから」
「なら安心ですね。貴女のようなお美しい女性から、短い説法を受けるのなら、兵士たちはこぞって聞きに行くに違いません」
「では、いつ頃にわたくしたちが、お邪魔できるかですが。用意もありますので――」
大筋でまとまったあとで、細々とした打ち合わせになる。
ほどなくして終わると、バークリステと参謀さんは握手をした。
よほど忙しいのか、参謀さんは挨拶もそこそこに、俺たちが逗留している家から出て、馬に乗って走り去っていった。
大変だなって見ていると、バークリステが言葉をかけてきた。
「手の骨格は、男性のものでした。あの方は、女性ではありませんよ?」
「そうですか――って、なんでその情報を、私に?」
「トランジェさまは、出会う女性のほとんどを、仲間にする方針なようなので、あの方の性別を教えておこうと思いました」
指摘されて改めて思い返してみると、バークリステの言ったことは、結果だけを見れば合っていた。
「……そういうつもりは、微塵もないんですけどね」
「若すぎる子以外は、お手つきされている様子ですけれど?」
「御幣がありますね。私はバークリステと、一夜を共にしたことはないと思いますけど?」
「いえ。わたくしも、トランジェさまに、お手つきされているようなものですよ」
意味深な言葉の後で、バークリステはこちらの手を取る。
そして、俺の手の平を舐めた。
「子供たちの手前、我慢していますが。トランジェさまの血を舐めたくて、仕方がないんです」
そういえば、バークリステは半吸血鬼の先祖帰りで、俺の血を正体を失くすほど好きだった。
バークリステにはよく助けられているし、ここ最近はとくに活躍してもらっている。
二人きりで個室にいて人目がないし、この場で血を飲ませてあげようかな。
もちろん、吸血鬼の能力を高める魔法を、俺の血にかけてもあげよう。
「我が神よ、夜に属せし子の渇きを癒し、漲るほどの活力を与えたまえ」
ナイフで切った俺の手の平からあふれ出した血に、魔法の光が入りこんだ。
その血を、バークリステは美味しそうに舌で舐め始める。
「ぺろっ、んっ。あぁー、体に力が漲る、この味。これを知ってしまったら、もう離れられません」
一舐めするごとに、歓喜に打ち震えるように、バークリステの体に力がこもる。
熱中して血を啜る背徳的な姿は、噂にあるバークリステの英雄像とは、真逆な見た目だよな。
そんな姿を見られるのは自分だけかと思うと、ちょっとした暗い喜びを感じてしまう。
けど、熱心に手を舐めるバークリステを見続けていて、ふとした瞬間に、餌をあげた終わったのに手を舐め続ける馬鹿犬を連想した。
一度そう思ってしまったら、もうバークリステが血を舐める姿を、エロティックには見えなくなってしまったのだった。
 




