百六話 噂話から、信徒を増やす方法を考えましょう
各地を点々と移動しながら、布教のたびを続けていたところ、とある噂を耳にした。
それは、とある村での治療の最中に、一人の噂好きと自称する老婆が、俺に語ってくれた話だった。
「遠征軍、ですか?」
「そうですよ、旅の神官さま。なんでも、ゴブリンの親玉を倒すために、森に入って戦う人を集めているとのことですよ」
「遠征軍は、誰が主導していることなのか、知っていますか?」
「そうですねえ。噂だと、僻地の神官が集めていたり、大きな街の偉い人が集めていたり、あやふやですねえ」
「……なるほど、ためになりました。はい、治療はお終いですよ」
「はいはい。ああー、腰と膝が軽くなりましたよ。ありがたいことで」
俺を軽く拝んでから、噂好き老婆は立ち去っていった。
気になる噂を耳にした俺は、この村で自由神への勧誘を行うことを一時中断し、仲間たちを全員集めることにした。
合計で二十人ぐらいになる面々の中から、聴力に優れるダークエルフとエルフである、エヴァレットとスカリシアに話を振る。
「二人は、こんな噂話を耳にしましたか?」
老婆から聞いた話を伝えると、エヴァレットとスカリシア共に、頷き返してきた。
「はい、耳にしておりました。ここ最近、よく流れるようになった話なようです」
「こちらも聞いています。でも、人によって話す内容にばらつきがございました。なので、トランジェさまにお伝えするほどのことではないと、判断しておりました」
二人の話を聞いてから、周囲にいる他の面々にも視線を向けてみた。
すると、半分ぐらいは知っているような反応を返してくる。
これで、あの老婆のホラって線は、消えたな。
なら、遠征軍がどこで編成されつつあるかを、予想してみようか。
話を振るなら、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の内情に詳しい、元・異端審問官助手のバークリステだろうな。
「バークリステなら、どこに遠征軍を置き、人を集めますか?」
「わたくしでしたら……軍を二つに分けて、召集を行いますね」
「軍を、分けるのですか?」
元の世界のなんかの媒体で見た覚えがあるけど、軍っていうのはひとつにまとめて運用するものらしい。
その方が、数の優位に立ちやすいし、結果的に被害を抑えられるのだとか。
軍を分けて、伏兵を置いたり、回り込んで攻撃する部隊を作るなんて方法も、たしかにある。
けどあれは、数で劣る方が勝ち目を生み出すために、仕方なくやるものだったはずだ。
そんなうろ覚えの知識から、バークリステが軍を二つに分けるといったことに、ちょっと疑問を抱いたわけだ。
すると、俺の疑問を見透かしたかのように、バークリステが詳細な考えを伝え始める。
「いいでしょうか。この時期に、遠征軍を作る目的は一つ、手段が大きく分けて二つになります」
よく分からない説明の後で、バークリステは指を一つ立てる。
「まず、遠征軍を作る目的です。それは、ゴブリンによって荒らされた、各地の治安の回復のためです」
つまり、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの威光を知らしめる示威行為として、遠征軍を作って運用するわけか。
なるほど、元の世界での、軍事演習みたいなものか。
「となると、手段が二つとはどういうことでしょうか?」
俺が周囲の疑問を代弁するかのように言うと、エヴァレットが説明の続きをしてくれる。
「それは、遠征軍が姿を誇示する先が、二つあるということです。一つは聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の人々、もう一つは彼らの言う異教徒や背教者たちですね」
「なるほど。要は、内と外の脅威に対して、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスは揺るぎないものと示すわけですね」
「はい。そのどちらの行動も一度で済ませられる方法として、遠征軍を集める場所を二つに分けるのではないか。そう、わたくしは思うのです」
「そこまで説明されれば、後は私にも予想がつきます。片方は聖都ジャイティスから行進し、もう片方はゴブリンのいる森の近くで訓練を先に積ませておく。ということですね?」
エヴァレットが正解だと頷き、周囲の面々も理解した顔になった。
一方で俺は腕組みして、エヴァレットの考えが妥当かどうかを考える。
最近は、業喰ゴブリンの蜂起などで、安心と信頼が揺らいでいた。
ここで軍の力強いパレードを行ったら、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒たちは、とても安堵することだろう。
これほど頼もしい存在が、我々を守ってくれるんだと、そう考えるからだ。
そして、森に住むゴブリンを粛清して回れば、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の敵ではないと宣伝できる。
この世界は、電話やメールなんてない。情報伝達は口コミが全てだ。
先に部隊を展開してゴブリンを殺しておけば、より早く多くの住民たちに、ゴブリンは敵ではないという情報が伝わることだろう。
これでさらに、住民は安心し、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の地盤が安定する。
さらに、進軍してきたもう片方が合流して、さらなる戦果をたたき出せば、教徒の敵はいないと錯覚まで起こすことだろう。
考えれば考えるほど、エヴァレットの回答は、完璧に近いものに思えた。
ここで問題が一つ。
それは、エヴァレットと同じ事を考える頭のいい人が、遠征軍のトップにいるかどうかだ。
俺の勝手な偏見だけど、遠征軍を編成するような人は、権力欲は強いけど権力を握る能力がない、凡人か馬鹿だろうな。
そして、そんな見栄っ張りな人が考えるようなことは、一つだけ。
自分の力を誇示するために、他人を利用すること。
今回の遠征軍の場合でなら、凡人や馬鹿は人々が噂しやすいように、集めた全部の人員を人口が多い町を狙って移動させるだろうな。
となるとだ、エヴァレットの案と俺の案の、どちらが遠征軍の指揮官であっても、こちらの利益になるような策を考えないといけない。
利益というのは、もちろん、自由神の信徒を増やすことだ。
俺の案が当たっていた場合は、遠征軍の行軍速度が遅くなるはずで、対応する時間が作れると思うので、ひとまず棚上げしておこう。
ここでは、エヴァレット案――賢い指揮官が率いていた場合についてのみでいいだろう。
「それでは、その遠征軍の活動を利用して、どう自由の神の信徒を増やすかを考えていきましょう」
俺が議題を促すと、真っ先にピンスレットが手を上げた。
その目は、俺の役に立ちたいと、言葉なくても雄弁に語っている。
若干、嫌な予感がしつつも、彼女を指すことにした。
「では、ピンスレット。意見をどうぞ」
「はい! 遠征軍を、皆殺しにするんだ!」
「……それで?」
「え? それで終わりだよ? ゴブリンも皆殺しにした方がいいの?」
キョトンとしながら、物騒なことをピンスレットが言う。
業喰の神の信徒で、狂戦士だった影響が残っているのだろうか?
「あのね、ピンスレット。皆殺しにして、どうやって信徒の数を増やすのですか?」
「あっ、それもそうだった。えーっとね、怖がってくれたら、言うことを聞かせやすいんじゃないかなって、いまそう思いました!」
「ああ、えっと、うん。そういうことも、可能だとは思いますよ」
ぽっと出の考えを言っているようだけど、ピンスレットの意見は、方法としてはありではある。
遠征軍を壊滅させた腕前を見せびらかして、『自由神を信仰しなさいよ。しなきゃ死なすよ』って感じに、強権的な布教をするわけだ。
でも、遠征軍が何人いるか知らないけど、少なくともここにいる二十人ばかりより多いに違いない。
手間と時間と危険性を考えると、実現的じゃないため、却下することにした。
「でも、ちょっと難しいので、止めておきましょう」
「ええぇ~。いい考えだと思ったんだけどな~」
俺に意見を突っぱねられて、ピンスレットは拗ねた。
次の考えを聞かせてもらおうと、目を巡らす。
「では、次に考えがある人」
呼びかけると、突拍子もない意見が一番先に出たからか、次々と他の人の手が上がった。
ピンスレットのお蔭ともいえなくもないので、拗ねている彼女の頭を、俺は慰めで一撫でしてやることにした。
ピンスレットは、飛び上がるほど驚いた後で、混乱した様子で俺がなでた場所に手を触れている。
その姿が、寝こけていた猫が、人に触れられて驚いているように見えて、とても微笑ましく思った。
それはさておき、考えを聞いて欲しそうに手を上げる面々を、一人ずつ指して話を聞いていくことにしようっと。
 




