百五話 先ずはのどかな道のりです
業喰ゴブリンの騒動から、俺は積極的に自由神の信者の獲得に乗り出した。
これ以上、予想外の出来事が起きる前に、クエストをクリアして枢騎士卿になり、公開されるはずの新たな情報をしるためだ。
方法は、人の集落の大きさに分けて二つ考え、すでに実行に移している。
大きな町では、前にもやっていた通りに、エセ邪神を崇める地下組織と接触し、教祖を取り込む。
その後が前とは違い、新たな儀式だなんだと理由をつけて、自由神の信徒にしてしまう。
一度信徒にすれば、自由神のものだけど、神の力が使えるようになる。
これはエセ邪神教の信者にとってみたら、彼らが考えた『俺の考えるスーパーな神』が実現したようなものに錯覚する。
だから、こちらは騙しているのに、信者化の儀式を施した全員が、大喜びしてくれた。
小さな村や集落では、真っ先に教会に住む、神官に取り入る。
俺には、聖都ジャイティスの偉い神官から貰った、活動許可証がある。
それを見せると、村の神官たちは、俺やバークリステが偉い人かのように錯覚し、話を聞いてくれるようになる。
会話の中で、その神官たちが村や集落での生活に、不満を抱いていないか探りを入れていく。
不満がないのならば、自由神の教えを、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教えと偽って、人々に伝える場を設けてもらう。そこで、村人たちが自由神を受け入れる土壌を、説法で作っておくだけに止める。
不満がある様子なら、俺の回復魔法を実演して見せ、『貴方にもすぐに使えるようになる』と自由神の改宗をほのめかす。
閑職として村に派遣されている多くの神官は、こちらの魔法の威力に魅了されて、すぐに改宗を願い出てくる。
自由神の力を悪用して地方で勇名を高め、いつかは聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の中心地に返り咲く、という野望のためにだ。
そんな欲の皮が突っ張った連中は、俺の要望に応えて、村人たちを教会に集めて自由神の信徒に勝手に改宗する手伝いまでしてくれた。
おかげで、かなりの人数を、自由神の信徒と化すことができた。
さて、この二つの方法を実施している目的についてだけど。
要は、枢騎士卿への試練にある、達成条件の一つ――『五千人の改宗』を目指すためだ。
だって他の条件はというと、神殿を十建立する、信徒の数を一万増やす、国教を自由神にする、国を乗っ取り代表者となる、他神の信徒を二千生け贄に捧げる、五千人規模の街を一つ殲滅する、町村を十個壊滅させる、他神の神殿を二十破壊する、とかとか。
とても大変そうなものばかり。
ゲーム的な手っ取り早さという意味で考えれば、町村を十個壊滅とか、街を一つ壊滅の方が、きっとすぐ出来るだろう。
けど、自由神の神官トランジェの矜持に、カルマ値は中立域を保つというものがある。
なのに壊滅を選んだら、一気に悪に傾いてしまう。それこそ、事前活動をしても、容易くは中立域に戻れない値まで。
あと、街や町村の壊滅なんて提言した場合、バークリステをはじめ、元・聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス組の人たちに、総スカンを食らうことになる。なんて理由も、壊滅を選択肢から外した、要因の一つだ。
枢騎士卿にすぐならなきゃいけないほど、差し迫った状況ではないんだし、バークリステたちとはいい関係を保てている。
なら、仲間である彼女たちにとの関係を、あえて悪化させる必要はないよね。
とまあ、そんなこんなを考えて、五千人の改宗が達成する数や条件のバランスが、一番いいと判断したわけである。
そんな事情を、つらつらと思い出しているのは、とてつもなく暇だからだ。
「今日もいい天気ですねえ~」
俺は馬車の手綱を握りながら、上を向く。
空は抜けるような青色に過ぎて、目に痛いほど。
魔物なのか、ただの鳥かは分からないけど、翼のある動物が空を飛んでいる。
視線を進行方向に戻すと、曲がりくねりながら延びる街道の周りには、原っぱがずーっと続く。
ときおり動物が道に飛び出してきては、馬車の音に驚いて、草むらの中に逃げ帰る。
とてもとても、長閑だ。
思わず眠くなってしまいそうだ。
仮に眠ったとしても、馬車を引く馬は危険があれば勝手に避けてくれるために問題はない。
なので、ついつい考え事をしたり、思い出してみたり、ぼーっとしてみたりしてしまう。
すると、こちらの気を取り戻させるように、俺の両脇に座る人たちが喋りかけて来る。
「ご主人さま、ご主人さま。眠いなら、太腿貸すよ?」
「そうですよ、トランジェさま。膝枕でしたら、こちらになさいませ。柔らかさには、ちょっと自信がありますよ」
右には、つい最近仲間になった、俺を主人と定めたらしい、竜の血で強化されたらしき人造人間――その先祖帰りであるピンスレット。
左には、綺麗な衣服に身を包んだ、白肌エルフのスカリシアがいる。
俺は二人の申し出を身振りで断りながら、馬車を操る手綱を握り直す。
ちなみに、この二人を御者台で横に並べているのは、もちろん理由がある。
それは、ピンスレットは作り物めいた美少女で、スカリシアは胸元は寂しいけど絶世の美エルフという、見目がとても美しいから。
といっても、なにも俺が楽しむために、横に侍らせているわけじゃない。
というか、楽しむためなら、御者台に座っているわけがない。
ではなぜ、二人を横に置いているかというと、一言で言えば『誘蛾灯』だ。
「おい、その馬車! 止まりやがれ!」
ちょうど、その誘蛾灯の効果が発揮したようだ。
この馬車の進行方向に、錆びついた武器を手にした、脂やアカに汚れた五人ほどの人たちが出てきた。
俺が馬車を止めると、その野盗らしき人たちは、ニヤニヤ顔でスカリシアとピンスレットに、粘つくような視線を向ける。
「きへへへっ。涎が出そうなほど、上玉だぜ」
「よく見てみろよ。片方はエルフだ。普通の暮らしをしていたんじゃ、絶対にお目にかかれない代物だよ」
「女もいいが、まずは飯だろ。旅暮らしっぽいし、たんまり食料を積んでいるはずだ」
野盗たちは、俺たちに聞かせるかのように、声を潜めることなく喋っている。
旅を続けていて、いつも思うのだけど、野盗ってどうしていつも同じ反応ばかりなのだろうか。
綺麗な人を御者台に置けば、簡単に釣れるし。
ちなみに、エヴァレットやバークリステを横に置いて試してみたところ、野盗の食いつきはいまいちだった。
エヴァレットは黒い肌の色で、バークリステは跳びぬけて美人というわけじゃないからだと、俺は予想している。
身内びいきかもしれないけど、二人とも結構な美人だと思うんだけどなぁ……。
いやいや、そんな事を考えている場合じゃなかった。
俺がわざわざ、スカリシアとピンスレットを御者台に置いて、野盗たちを招き寄せたことには理由がある。
こういう野盗たちも、大事な大事な、自由神の信徒の勧誘候補だからだ。
だから俺は彼らを、丁寧に丁寧に、勧誘活動をしなければいけない義務がある。
というか、こちらに好意を寄せてくれる女性たちに、お前らは色目を使うんじゃない!
「いつも通り、無力化からですね。我が親愛なる自由の神よ。たむろする不心得者どもに、悪徳の重石を抱かせたまえ」
かけた相手のカルマ値が悪なら行動を妨害する、『悪しき者に鉄槌を』系の広範囲魔法を使う。
大抵の野盗は、これ一発でカタがつく。
「ぐええあぁぁ……た、立てねえ……」
「誰かに、上から、押しつぶされているみたいだぁぁ……」
今回の野盗たちも、五人全員が地面に這いつくばることになった。
たまに野盗になりたてで、魔法が効かない人もいたけど、今回は大丈夫だったな。
俺は安心して、五人の野盗に近づく。そして、彼らの武器を蹴り飛ばした。
その後で、一人の後ろ首に杖の先を押し付ける。
「さて、貴方たちには、二つの道があります。一つは、ここで死ぬ道。もう一つは、自由神の信徒となって生き延びる道です。どちらを選びますか?」
俺が尋ねると、野盗の一人が笑う。
「ははっ。いい歳して、ニセ神を崇めるトンチキか。馬鹿じゃねえか?」
他の野盗も、追従するように笑う。
でも、地面に這いつくばりながら虚勢を張る姿は、とても滑稽だった。
「あはははっ。馬鹿なのは貴方たちのほうですよ。貴方たちを押しつぶしているのは、魔法ですよね。その魔法を使ったのは誰ですか? この世界で、悪者を押さえつける魔法を使えるのは、どんな人たちですか?」
教え諭すように尋ねると、野盗たちの顔色が変わった。
「お、おい。オレ、噂で聞いたことがあるぞ」
「お、おれもだ。たしか、本物の邪神が復活したとか、なんとか……」
恐る恐るこちらを窺い始めた様子から、ようやく俺の崇める神が本物だと分かったようだった。
いや、その噂の邪神とやらと、誤解した感じだな。
けど、俺の目的は、この人たちを信徒化して、クエストのカウントを進めること。
なので、その勘違いは解かずに、利用させてもらうことにした。
「どうやら、その邪神の徒にはなりたくない様子なので――」
俺が杖を振り上げてみせると、野盗たちは大慌てし始めた。
「なるなる、なりますなります!!」
「臣下でも信徒でも、奴隷でも、なんでもいいです!」
「まだ、死にたくない!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ出したので、俺は分かったという態度をとる。
「では、自由神の信徒になる道を選ぶのですね。なら、さっそく信徒にしてしまいましょう」
悪しき者に鉄槌をの効果が切れるのを待ってから、ぱぱっと信徒化の魔法をかけた。
野盗たちは、体の中に入ってくる光の粒を不思議そうに見ていたが、ハッとして立ち上がる。
そして草むらへ、逃げようとし始めた。
俺としては用は済んだので、見逃すつもりだった。
けど、彼らは商売道具である武器を忘れているようだった。
仕方がないので、俺は一つずつ拾って投げつけながら、自由神の教えを伝えることにした。
「よっ! 貴方たちは自由神の信徒となりましたッ! なので、自分の心のままに従って行動することを心がけましょう、ねっ!」
「どわわわー! あぶ、危なッ!」
「止め、うわっ、武器を投げないで!!」
草むらの中で必死に隠れる彼らの、おおよその位置に武器を投げ込んでいく。
全て投げ終えたら、また馬車に乗って、移動を開始する。
御者台に座りながら、俺はステータス画面を呼び出して、クエストの状況を調べる。
ちゃんと、五人分のカウントが上がっていて、満足して画面を閉じたのだった。
野盗を自由神の信徒にすることについて、危険だと指摘する人がいるかもしれません。
けど、トランジェは、業喰ゴブリンの失敗を生かして、そこら辺は考えています。
自由神の加護は自由度の拡張だけなので、信徒になったとしても腕力は増えたりしません。
そして、彼らには『職業』を与えていません。
なので、一般人と力量はそう変わりません。
もしかしたら、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの加護がある分、一般人の方が強いかもしれませんね。




