百四話 歓待を受けつつ、今後の予定を決めましょう
聖都ジャイティスを離れて、馬車に揺られることしばらく。
俺たちは、クトルットが店を開くあの町に戻ってきた。
この町に住む人たちは、英雄であるバークリステの姿を見て、とても嬉しそうにする。
けど、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教会関係者たちは、彼らの権利を脅かしかねないこちらを、追い出そうと詰め掛けてきた。
でも、あの神官にもらった証文の力で、教会関係者たちはなにも出来ずにすごすごと逃げ帰っていった。
その一騒動の後で、クトルットの元に行ってみると、彼女自らが歓待する準備を整えていた。
「お帰りなさい、トランジェさま、スカリシアさま。そして、私の友達の、バークリステ!」
クトルットはバークリステとの久々の再開に、抱きつかんばかりに近づいて、喜びを伝えようとしてきた。
珍しいことに、バークリステは頬を引きつらせながら、愛想笑いを浮かべている。
「お久しぶりです、クトルット。お元気そうでなによりですね」
「はい、それはもう。悩みが消えたことで、いつも元気です」
クトルットはなにかの先祖帰りで、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの加護が受けられず、その事実を隠さなければならず、心からの友人が出来ないことを悩んでいた。
けど、同じ境遇のバークリステと巡りあえたことで、その悩みは払拭された。
そして同じ先祖帰りが、バークリステ以外にもいると知ると、親愛はそちらにも向けられる様になっていた。
「あら、新しい子達ですね。もしかしてこの子たちも?」
「はい。元は違う人に率いられていた、私たちと同じ身の上の子です」
「そうなの! なら、ほら、君たちもこっちにいらっしゃい。お菓子や飲み物を、用意しているから、楽しんでね」
まるで親戚に合ったおばちゃんみたいに、クトルットはバラトニアスが連れていた子たちを、店の中にいれて歓待し始めた。
多くの子たちが困惑しながらもついていく中、ピンスレットだけは俺の横にピッタリと寄り添っている。
あっちに行けばいいのにと目を向けると、見返された。
「ご主人さまの傍を離れるのは、いけないことです!」
人造人間らしく、主人に仕えることが至上だと、ピンスレットの目が語っていた。
そんな彼女の性格を、ここに来るまでの道中に、仲間たちにはあらかじめ伝えてある。
けど、俺のことを憎からず思ってくれている、エヴァレットとスカリシアにとっては、あまり面白くないみたいだった。
二人は、俺の左右の腕をそれぞれ取ると、クトルットの店の中に入ろうとする。
挑発的な行動に、ピンスレットが怒るかと思いきや、そうはならなかった。
「お二人が腕を取ったので、背中に抱きつかせてもらいますね♪」
ピンスレットは宣言通りに、俺の後ろから抱き付いてきた。
成長が始まった少女特有の、少し固めの柔らかさを、腰元に感じる。
すると対抗するように、エヴァレットは俺の右腕を胸の谷間に挟むようにし、スカリシアは俺の左腕を移動させて彼女の腰を抱かせるような形にする。
女性三人にこうして抱きつか、それぞれの体の良さを押し付けられている、俺の素直な感想はというと。
――動き難い。
ただその一言に尽きたのだった。
店の中で歓待を受けていると、奴隷商ネットワークからの知らせが入ってきたようだ。
スカリシアはそれにざっと目を通すと、当たり前のように俺に差し出してきた。
受け取り、書かれている文章を確かめる。
「……業喰ゴブリンたちの暴動が起こった地域の、詳しい情報のようですね」
あの神官の働きによって情報が行き渡っていたようで、被害は最小限に食い止められている。
それでも被害は起きていて、俺たちがこの町に来るまでにあった村々で、怪我や手足の欠損で苦しむ人たちを治して回った。
そのときどきで奇跡だなんだと持ち上げられてしまった。
なので俺は、その村々の村長に、実は自由神の神官だとこっそりと教えてみた。
反応は様々だった。
邪神の徒だったのかと追い出しにかかる人、助けてくれない神よりも助けてくれる神と現金な人、何も聞かなかったことにした人もいたっけ。
とまあ、ゴブリンに襲われた村々の出来事が、幅広くこの紙にまとまっているのだった。
俺が詳しく読み直し始めると、スカリシアが内容を要約し始めた。
「はい。嘆かわしいことに、奴隷商と他の商会のいくつかが、そのゴブリンに取り込まれていたようでもあります。幸い、この町は、以前に災禍に見舞われたためか、ゴブリンたちの存在はないようです」
「それはそれは。あのゴブリンたちにとって、私たちは災いみたいなものですね」
なにせ俺は、ゴブリンに業喰の神を教えながら、その信徒の企みを潰して回っているんだしね。
彼らの立場からしてみれば、災厄としかいいようがない存在だろう。
業喰ゴブリンたちに弾劾されることがあれば、『ごめーんね♪』って言って許してもらおうと思う。
ま、許してくれるはずはないだろうけどさ。
「さてさて、この情報によると、人間の社会に入り込んだゴブリンたちは、奴隷に飼われていた分を含めて、一掃されたようですね」
「はい。邪神の僕かもしれない存在を所持していては、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教会に睨まれまれてしまいますから。幾つかの商会は、名前を付け替えるなどして、生き残りを図るようですけど」
「そうですか……この騒動で、教会上層部も刷新されるかもしれませんね」
ゴブリンの奴隷を持っていたのは、きっと神官のお偉いさんたちもそうだったはずだ。
この事件を受けて、ゴブリンを持っていたお偉いさんは、邪神に組したと他の人たちに貶められることになるだろう。
そのゴブリンが、通常か業喰の神を崇めていたかは、関係なくだ。
権力がある組織では、往々にしてそう言う事が起きる。
少なくとも、俺がいた元の世界では、そういう傾向があった。
そうやって、権力の取り合いをしている場合じゃないと思うんだけどなぁ。
業喰ゴブリンは、人間社会に入り込んでいた以外にも、森にまだまだいる。
そして、俺がゴブリンに伝えた神は、業喰の神だけじゃない。
蛮種の神と賎属の神、そして自由の神もだ。
あのゴブリンたちと別れて、もう何ヶ月も時間が経っている。
その間に、森の中に住むゴブリンたちや、彼らと交流のある別の種族が、どれかの神の信徒となっていてもおかしくはない。
そして信徒となった者たちは、きっと俺たちのように水面下で活動して、信者の数を増やしているはずだ。
やがてある一定数まで増えれば、今回の業喰ゴブリンたちのように暴動を起こし、自分たちが信じる神の町を作るに違いない。
こうなると、俺もあまりのんびりとはしていられないかな。
フロイドワールド・オンラインに似ているようで、ちょっとずつ違うこの世界。
慎重に探ってよく知ってから、本格的に活動しようと思ったんだけどなぁ……。
けど、手足に使える仲間も増えたし、活動を保証する証文も手に入ったし、ちょうどいい時期なのかもしれないな。
そんな事を考えながら、楽しそうに世話をするクトルットと、優しい扱いに困惑した様子の新たな子供たち、そして飲食を続けるエヴァレットやバークリステたちの姿を見回す。
すると、俺の視線に気がついたピンスレットが、クッキーのような物を差し出してきた。
「ご主人さま、あーんですよ」
「えっと、あーん」
ぱくっと、ピンスレットの手から、その焼き菓子を食べる。
味は、砂糖少なめな、粉の味が強めのクッキーそのものだった。
クッキーをくれたお礼代わりに、ピンスレットの頭をなでる。
「うわ~、ありがとうございます!」
感激したようすで、俺の撫でるがままになる。
このピンスレットの姿を見て、羨ましげにする人が何人か見えた。
それはエルフ組だけでなく、バークリステや男女の子供たちもだ。
彼ら彼女たちの姿を眺め、少なくともこの中にいる人たちを、自由の神の布教に利用したとしても、不幸せにはしないようにしようと、心に決めたのだった。
次からは新章になるよていです。
ちなみに、この章にある「あくどく布教」ってありますね。
それは、業喰ゴブリンがやっていたことだった、って落ちです。




