百三話 騒動は広がるけど、俺たちにとっては一段落かな
俺たちは聖都ジャイティスで宿を取ると、俺とバークリステだけが外に出た。
それは、バークリステを代表に、奪還した神官ゴブリンを手土産に、業喰ゴブリンが蜂起することを、あの不運続きの神官に教えてあげるためだ。
少し待たされたものの、思惑は当たり、蜂起のことを伝える事が出来た。
すると、とても喜んでもらえた。
「おおー! 神はまだ我が身を見捨てては居られなかったのだな! ならばそのゴブリンの処刑を果たし終え、この困難を見事に克服してみせねば、神に顔向けできないな!」
神官は俺たちに礼を言いながらも、大ハッスルして、方々に連絡を取り始めた。
近場には集められるだけ集めた伝令を走らせ、遠くには文を括りつけた鳥を空が薄暗くなるほど大量に放つ。
そうやって各地に連絡を行ったその神官は、続いて兵を集め始めた。
どうやら自ら率いて、神官ゴブリンが教えてくれた、ゴブリンの潜伏場所に行く気のようだ。
「位が高い者が同行し、采配を振るってこそ、下のものはついてくる。それに、神官とは民草と共にあるべき者。偉そうに椅子に座っているべきではないのだよ」
俺は、バークリステの後ろで従者に扮しながら、神官の立派な志と働きっぷり、そして影響力に舌を巻いた。
世界に一つしかない宗教の、高位の神官ともなると、動かせる力は桁違いだな。
そして、そんな相手がゴロゴロいそうな組織と、まともに戦っても疲れるだけだと思いを新たにした。
そんな俺の考えを知らずに、その神官は戦装束に着替えると、俺たちに礼を言ってきた。
「情報提供と、逃げたゴブリンの捕獲の件、感謝する。この礼については、そちらの女性の指名手配の解除で報いよう。これほど敬謙な教徒であるのだ。指名手配など、何かの間違いであろうからな!」
早速、手配を撤回させる文章を、その神官は羊皮紙に書き始める。
どうやら、拙速を尊ぶ考え方の人のようで、早とちりする悪癖があるようだ。
バークリステもそう感じたのか、神官が文字を書くのを押し止めた。
「お待ち下さい。指名手配は撤回せずともよろしいのです」
「ん? それは異な事を言う。どうしてだ?」
訝しげにする神官に、バークリステは冷静な言葉で告げ始める。
「わたくしは、少し強引な方法で邪神の残滓に囚われし子を連れ出し、共に旅をしております。間違った指名手配ではないのです」
「むっ。それが事実だとするならば、この場で君を捕まえねば、道義にもとることになるぞ。だが、これほど敬謙な教徒である君が、なんの理由もなく悪しき行いをするとは考え難いのだが?」
「はい。確かに理由がありました。それは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の中に、あの子たちのことを悪しき者と考えて弾圧する勢力から、あの子達を守るために、わたくしは行動を起こしたのです。例えそれが、上層部に逆らうこととなろうともです」
バークリステが悲壮な決意を込めた声で語ると、神官は共感した末に目頭が熱くなったようだった。
でも実際、マッビシューをはじめとする子供たちは、聖教本で悪しき者とされている種族の先祖帰りだ。なので、弾圧する一派の主張は正しいってことになるんだよなぁ。
これはつまり、なにが正しくて、なにが悪いかなんて、人間には絶対に分からないってことだろう。
そんな風に変な納得をしている間に、神官とバークリステの話は進んでいた。
「分かった。指名手配の取り消しはせずに、君を捕まえたりもしない。だが、なにかしらの礼はさせてくれないだろうか」
申し出に、バークリステは少し考えてから、要望をだした。
「では、ある程度でよろしいですので、行動の自由を、貴方の名で認めてくださいませんか」
「行動の自由か。どのようなものを望むのだ?」
「わたくしたちが、おおっぴらに活動できることを。そして、わたくしたちを捕まえようとする教徒たちの行動をも、認めてください」
要望を出された神官は、バークリステが言った前半は理解したようだが、後半は理解しがたい様子だ。
「それに、どのような意味があるのだ?」
「単純な話です。わたくしたちは、自分が考える正しき行いをしたいのです。そして、わたくしを捕まえようとする者たちもまた、教義に従った正しき行いをしようとしています。お互いに正しき行いをしようとしているのですから、それを上層部が止めないようにしていただきたい。ただそれだけを、望んでいるのです」
「うむむっ。理屈は分かるが、それでは正しき行い同士が、衝突することに繋がるのではないか?」
「例えそのような事態があったら、そのときはどちらがより正しいか、神が判断してくださることでしょう」
「……やはり判断がつかない。神の御心を知るには、まだ修行不足ということか。だが、礼をすると言ったからには、そなたの要求を飲もう」
神官は羊皮紙にバークリステが語った要望を書き、大判の判子を押した。
「この印は、仮にこの私が罷免されたとしても、延々と効果を発揮するものだ。これで、そなたの行動の自由は保障された」
「そのような印を、ご勝手に使ってしまわれて、よろしいのですか?」
「よくはない。だが、そなたの要望は影響の薄いものゆえ、他の者と相談する必要がないのだよ。そも、教徒の活動は保証されている。さらにその証文で後押しをしたところで、なんの意味もないのだからな」
神官はバークリステに羊皮紙を渡すと、部屋を出て行こうとする。
「さて、これから忙しくなるのでな。失礼させていただく」
「はい。ご健闘を、お祈りしております」
バークリステがお辞儀するのに合わせて、俺もお辞儀しておく。
神官が立ち去ったのを確認してから、俺たちは顔を上げる。
「トランジェさま。この紙さえあれば、あの町にも入ることができるようになりますね」
「はい。あのスケルトン騒動のせいで、クトルットの商会がある町に入ることが、困難になってしまいましたからね。新しい子たちも連れて顔を見せに、彼女はきっと喜ぶことでしょう」
「ふふっ。クトルットは寂しがり屋ですから。早く顔を見せなければ、あっちから会いにきそうですから」
言いながら笑みを浮かべた後で、バークリステは少し疑問を抱いた顔をする。
「ですが、トランジェさま。あの町に入るためでしたら、指名手配を解除したほうが、よかったのではありませんか?」
その方が、大っぴらにあの町に帰ることができただろう。
けど、指名手配を解除しない、本当の理由がある。
「私たちは、これからも色々な活動を続けていくでしょう。そうすると遅かれ早かれ、また指名手配を受けることになるはずです。なら、最初から解除などせずに、行動の自由を認めてもらうだけの方が、後々のためになると思いませんか?」
効果が一度で終わるのと、延々と発揮するものとでは、後者の方がお得だ。
「ようは、毒を食らうたびに回復魔法で治すよりも、毒を食らわなくする補助魔法をかけているほうが、手間がないってことに通じますね」
単純に言い換えた説明に、バークリステは納得してくれたようだ。
「分かりました。では、この後は、クトルットに会いに向かうということで、よろしいのですね?」
「そうですね。でも、途中の村々で、業喰ゴブリンに怪我をさせられた人がいたら、治療しながら行きましょう」
慈善事業をすれば、新しく連れることになったあの子たちの、カルマ値を善に傾かせられる。
あと、ゴブリンに業喰の神を伝えた、俺の責任もちょっとは果たすことが出来るしね。
そんな思惑で言った言葉に、バークリステは一つ付け加えてきた。
「でしたら、エセ邪神教がないかも調べ、取り込みましょう。クトルットには、会うことが出来るようになったと、文を出せば待っていてくれるでしょうから」
「ああ、なるほど、それはいい案ですね」
俺たちはのんびりと話をしながら、この場から出ることにした。
仲間たちがいる宿に戻る道すがら、業喰ゴブリンが人の住む場所に潜んでいるという噂で、住民たちの話題は持ちきりになっていた。
どうやら、あの神官が大慌てで伝令を走らせたせいで、住民たちに話が漏れてしまったようだ。
この混乱は人間の集落全部に波及しそうだなと、他人事のように思いながら、今後のことを考えつつ宿に戻る道を歩いていくのだった。




