百二話 なんだか、とても面倒なことになりそうです
さて、バラトニアスが死んでしまった。
なので、彼が連れてきていた子たちは、せっかく自由神の信徒となったので、自由の身にしてあげることにした。
「神は変わりましたが、神の力は貴方たちに備わったままです。その力を、貴方たちが思うとおりに使うといいでしょう。そして自分が思うままに、好きなことをしなさい」
そう言って送り出そうとすると、逆に困惑されてしまった。
どうしたんだろうと思っていると、子供たちの中で利発そうな一人が口を開く。
「あの、自由って言われても、どうすればいいのでしょう?」
「自由なんですから、貴方の好きなこと、やりたいことをすればいいのですよ」
「好きなこと……ごめんなさい。よくわかりません」
その一人と同じように、他の子たちもやりたい事がわからないようだった。
きっと、バラトニアスが全て決めて、子供たちはそれに従って生きてきたんだろう。
だから、自分がやりたいことが、すぐには思いつかないんだな。
そんな子供たちの中で、ピンスレットだけは、やりたいことが定まっているようだった。
それが何かを示すように、彼女は俺の腕をそっと取り、自分の腕を絡めてきた。
「ご主人さまと一緒。ずーっとずーっと、一緒にいる」
長年求めていた物を探し当てたかのように、ピンスレットは俺の腕をギュッと抱きかかえる。
俺の予想が的中していれば、彼女は強化型人造人間の先祖帰りだ。
フロイドワールド・オンラインだと、人造人間は製作者か仕える主に奉仕することを至上の喜びとする設定だった。
だから、ピンスレットが俺を主人と定めたのなら、こうして慕ってくるのも分かる話だった。
けど、ゲーム内の人造人間は、主人に楚々とついてくるような感じだったけどなぁ。
視線を向けると、ピンスレットの目には俺への執着が見て取れた。
こう、感情をむき出しに来ると、人造人間っぽくないんだよなぁ。
そこで俺は、ハッと気がついた。
ピンスレットに竜の因子が入っているなら、この執着っぷりに説明がつくことをだ。
どの伝承でもそうだけど、竜って自分の財宝を守ることに命を懸ける。
そして人造人間にとって、仕える主が至上の物――つまりお宝だ。
ってことは、竜の因子を持った人造人間にしてみたら、その主に執着しない方がおかしい。
……なるほど、ピンスレットは面倒な性格の子みたいだなぁ。
いまはやるべき事があるので、そんな子が俺を主と定めていることを、いまは忘れることにした。
「そ、それで、ピンスレットはこう言ってますから、君たちもしばらくは一緒に行きませんか?」
「いいんですか?」
「はい。やりたいことが見つかったら、そのとき離脱すればいいんですよ。なんて言ったって、君たちは自由なんですから」
無理やりに、いい話のように収める。
そして、バラトニアスたちの馬車を止めた、本命を探しに向かう。
すると、俺がなにを探る気なのか分かったんだろう。俺の腕を抱くピンスレットは、場所を教えてくれる。
「その馬車は、二重底になっているんです。頭が悪かったときのワタシは、そこに押し込められていたんですよー」
ピンスレットは、にこにこと嬉しそうにする。
けど、俺は片腕を動かせないと困るので、放して欲しかった。
「いい加減、腕を放してくれませんか。それと、その隠し底を開けて見せてください」
「ええ~……はぁーい」
渋々って感情が丸見えの態度で、ピンスレットは俺の腕を手放した。
そして名残惜しんでいる様子のまま、馬車に入り、荷物をどかし始める。
その後で、床板を引き上げた。
すると、こちらの様子に気がついていたのか、装飾過多な姿のゴブリンが飛び出してきた。
「ギィガガガガー!!」
ゴブリンは、ピンスレットに襲い掛かろうとする。
俺は咄嗟に杖で殴ろうとした。
けどその前に、ピンスレットが腕を掴むと、一本背負いのような感じで、馬車の床に投げ落とした。
「グェ――ガッ!?」
背中から叩きつけられて、呻くゴブリンのお腹に、ピンスレットは容赦ない踏み付けを行っていた。
よほどいい位置に入ったようで、ゴブリンは息が吸えない様子になった後、気絶する。
ピンスレットは動かないことを確かめてから、俺に満面の笑みを向けてきた。
「ご主人さま、これ殺しますか?」
その笑顔に、思わず「うん」と言いそうになったけど、慌てて押し止める。
「いやいや。そのゴブリンは、今後の手がかりですから、殺しては駄目ですよ」
「ああー、そうだったんですか。それじゃあ、起きて暴れださないように、縛っておきますね」
ピンスレットは笑顔のまま、馬車内にあったロープでゴブリンを手早く縛り上げる。
そのロープの端を俺に持たせると、何かを期待する顔で、俺を見上げ始めた。
何を要求しているのかとちょっと悩んだけど、ピンスレットが軽く頭を差し出してきたことで察することができた。
俺はロープを掴んでいるのとは反対の手で、ピンスレットの頭を撫でていく。
人造人間の先祖帰りだからか、彼女の髪はシルクのようにとても手触りがよくて、いつまでも撫でていたくなる。
けど、ピンスレットの表情が幸せから恍惚へ、そして恍惚から欲情に傾こうとするのを見て、手を放した。
「はい、お終い」
「ええー。もうちょっと、もうちょっとだけ」
「駄目です。これ以上は、貴女のためにならない気がしてきました」
「そんなぁ。もぅ……ご主人さまの、焦らし上手」
最後の一言は小声だったけど、こっちの耳に届くぐらいの大きさだった。
突込みを入れたい気持ちになったけど、ここはあえて聞こえなかったことにしよう。
俺はゴブリンを連れて、少し残念そうだけど笑顔なピンスレットと共に、仲間たちの元へ戻った。
すると、エヴァレットとスカリシアから、白い目を向けられた。
「ど、どうしたの、二人とも?」
「いえ。ずいぶんと、仲がよさそうで、羨ましいと思っているだけです」
エヴァレットは嫉妬から拗ねているようだけど、スカリシアはちょっと違ったようだ。
「トランジェさま、その子に夜のお勤めを命じるのは、少し年齢が幼い気がしますので、自重してくださいましね?」
驚きで噴き出しそうになり、慌てて否定する。
「いや、そんなつもりはありませんよ。だって、十歳をちょっとすぎたぐらいですよ、この子は」
俺にロリコンの趣味はないと伝えるが、そこでピンスレットの発言が入ってきた。
「はい。十二歳です! ご主人さまの子供を、作れる年齢になってます!」
「はいはい、ちょっと黙りましょうね~?」
俺が頭を押さえつけると、ピンスレットがなぜか嬉しそうにする。
「ご主人さま、力強いですー。はぁはぁ……」
もしかして、痛めつけられて喜ぶドMなのかと、ちょっと引き気味になった。
そんな俺たちのやり取りを見て、俺がピンスレットを性的な対象としてみてないと伝わったようで、エヴァレットとスカリシアからの視線が普段の物に戻った。
そして、厄介な人に目を付けられてと、同情的な目になった。
理解してくれたようで安心すると、俺は縄にかけられたゴブリンを、頬を叩いて起こすことにした。
「おーい。起きましょうね」
「……ギィガ? ガ、ガギガガァ!!」
俺の顔を見て、ゴブリンは大慌てで逃げようとする。
けど、身体に縄が掛けられているのを見て、すぐに大人しくなった。
「さて、貴方には、色々と喋ってもらうことがあります。痛い目にあいたくないなら、素直に喋ったほうが利口であると、あらかじめ教えておきます」
俺が脅すように言うと、ゴブリンはニヤリと口を歪めて笑った。
「ギガィ。キイテモ、ムダ」
「無駄とは、どういう意味ですか?」
「シラセ、ホカノ、ゴブリン、イッタ。モウ、トメラレナイ」
片言なので、いまいち意味がよく分からない。
「知らせとは、あの奴隷商が潰れて貴方が捕まったことですよね。止められないとは、なんのことですか?」
「ゴブリン、カクレル、ヤメル。ムラ、マチ、アバレル、タベル。ニンゲン、タクサン、シヌ! シヌ、シヌ、シヌ!!」
それからはずっと、楽しそうに「死ぬ死ぬ」と連呼する。
とりあえず腹を膝蹴りして黙らせて、いまゴブリンが語ったことをまとめる。
つまり、こういうことだろう。
各地に潜んでいた業喰ゴブリンに、聖都のゴブリンが一掃されたと、何らかの方法で情報を送った。
業喰ゴブリンたちは、潜伏を止めて、人間たちに襲い掛かる。
どちらかが、死に絶えるまで。
うむむ。なんだか、面倒な事態になってきたぞ。
この状況を野放しにすると、職業の位階が上昇して、より強力な業喰ゴブリンが生まれるかもしれない。
けど、俺たちだけでどうにかするには、人数が足りない。
となると、やっぱりこうするしかないだろうな。
俺はゴブリンの頭を掴んで引き起こすと、剣呑な目を作って睨みつけた。
「知っている分だけでいい、他のゴブリンがいる場所を教えなさい」
「ギガッガ。オシエル、イイ。ギガガッ、ケド、オマエ、トメルノ、ムリダ!」
神官ゴブリンは、勝ち誇った顔で、ぺらぺらとゴブリンが潜伏する場所を教えてくれた。
町や村の名前の他に、ある街道上のどこかなど、曖昧な情報もある。
それにしても、かなり方々に散らばっているな。
一つの場所を制圧したら、きっと他の場所まで手が回らないに違いない。
それにきっと、神官ゴブリンは全ての場所を知ってはいないだろう。
これは予想したとおり、俺たちだけでは対処しきれない。
神官ゴブリンが勝ち誇った表情で、教えてくれるわけだと納得した。
「ガガッ。ドウダ。ニンゲン、タスケラレナイ!」
こちらを絶望させるためにか、神官ゴブリンは高らかに宣言する。
けど、別に絶望なんてしやしない。
だって、見も知りもしない人がどれだけ死のうと、俺にとってはどうでもいいことだ。
俺が止めようとしているのは、今後の布教活動で邪魔になりそうな、高位職業のゴブリンが出てこなくするためだしね。
それに、このゴブリンは勘違いしている。
「ぺらぺらと、教えてくれてありがとうございました。これできっと、教えてくれた場所のゴブリンたちは、すぐに全滅することになるでしょうね」
「ガガッ!? ナニ、イッテル!? オマエラ、カズ、スクナイ。ムリ!!」
「はい。たしかに、我々は数が少なくて、手が回りきらないでしょう。きっと、人が多く死んでしまうはずです」
俺が肯定すると、神官ゴブリンはわけが分からないという顔をする。
なので、俺がなにをするつもりなのかを、教えてあげよう。
「ただし、我々だけだったらの話ですよね、それは。そして、この世界には、人を束ねる一大宗教が存在します。それこそ、貴方たちのお仲間以上の人々を擁するね」
ちょっと回りくどく言い過ぎて理解してもらえていないようなので、単純な言葉に言いなおそう。
「我々だけで手が回らないなら、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の手を借りればいいだけの話でしょう?」
当たり前な道理を語ると、神官ゴブリンは信じられないって顔をする。
「オマエ、ホカノカミノ、シンカン! ジャルフ・イナ・ギゼティス、ニクイ、ハズ!」
「いいえ、まったく。そもそも、善だの悪だの、聖だの邪だのは、まったく意味のないことです。生物にとって重要なことは、唯一つ。我が神が掲げる、自由のみなんですから」
だから、どこと組むのも、なにをどう利用するのも自由だと語って聞かせてやった。
すると、神官ゴブリンは絶句して、何も言わなくなってしまった。
どうやら反論することもできなくなったようなので、俺は仲間たちとバラトニアスが連れていた子供たちと一緒に、聖都ジャイティスに馬車で戻ることにした。
この神官ゴブリンを手土産に、処刑を失敗して血眼になっているあの聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官に、ゴブリンがいる場所の情報を伝えるために。




