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プロローグ

 乱立した巨木の間を埋めるように細木が密集した森に、腐った木の匂いがする温い風が吹いている。

 木擦れの音が木霊する中、枝葉で遮られた陽の光りが細い光明となり、枝の揺れによってサーチライトのように地面をところどころ照らす。

 そんな光りに隠れるように草むらの中に潜む、俺と六名の人間の男たちがいた。

 男たちは誰もが鎧をつけ、武器を持ち、遠くない未来に始まる戦いに心躍らせている顔をしている。

 俺の方はというと、手に簡素な杖一つで鎧はつけずに黒い法衣姿。それと、意識して『うさんくさい微笑』を浮かべている。

 その温度差で分かるように、俺とこの男たちは仲間ではない。ついさっき初顔合わせを終えただけの相手だ。

 なので男たちのリーダー格の男が、あからさまに心配している顔をこっちに向けている。


「なあ、神官さんよ。この作戦のカギは、あんたなんだ。頑張ってくれよ」

「そうだぜ。今回の戦いに勝てば、俺らの名前はガッと上がるんだ」


 ことさらに低くした声に対して、俺は『いつもやっている通りに』微笑みを浮かべる。


「心配しないで下さい。こう見えても、その道では名が知れているんですから。それと神官じゃなくて、戦司教ソルジャービショップです」


 あえて煙に巻く言い方をすると、六人全員が心配そうな表情をした後で、諦めとも納得ともいえない顔をした。

 大抵、初めて組む人たちには、こういう風な反応を返されることが多い。それが誰かの紹介であっても、それなりに有名な俺の名前を辿ってきたのだとしてもだ。

 まあ、見た目が胡散臭そうな優男風だし、侮られるように『演じて』いるから仕方ないのだけど。

 狙っている獲物が来るまでまだ待ち時間があるようで、六人の男たちは小声で作戦を詰めている。

 一方で、俺は森林浴気分で森に溢れる木と土の濃密な匂いを嗅ぎ、枝が揺れて奏でる静々とした音楽に耳を済ませて、暇つぶしすることにした。

 良い感じにリラックスできていたところに、陶器皿を乱暴に重ねたときのような、カシャカシャとした音が聞こえてくる。

 気分を害しながら視線を向けると、木立の間に出来た野道を進む男女混合編成の一団の姿があった。

 綺麗な鎧と立派そうな武器を持ち、我が物顔で歩いている。

 人数は六人。種族は人やエルフや獣人――珍しくドワーフの戦士もいるようだ。

 観察していると、俺の周囲の人たちが色めきだち始めたので、どうやらあの一団がお目当ての『獲物』らしい。

 俺は静かにリーダー格の男に目をやり、頷くのを待ってから静かに小声で呪文を唱える。


「自由を愛する神よ、戦いのための最大限の加護を、この者たちに密かに与えたまえ」


 すると、俺以外の六人の足元が少し発光し、続いて彼らの武器や鎧に白くキラキラとした粉のようなものが付着した。

 よほどこっちを下に見ていたのか、見直したような顔で笑みを向けられる。

 いいからいいからと手を振って、あの人種混合な一団へと注意を向けさせた。

 少し待ち、隠れているこの草むらから一番近い場所に通りかかった瞬間、周囲の男たちが戦闘の口火を切る。


「死霊を愛する神よ、ヤツラが冥府に送ったモノどもを呼び戻せ、そして復讐を果たさせろ。続けて神よ、蘇りし死者に不浄な加護をくれてやれ」

「混沌の味を知る神よ、敵を飲み込む巨大な泥魔人を生み出せ。続けて神よ、泥の魔人に敵へ全てが溶け合った泥を放たせろ」


 隠れながら二名が呪文を唱えると、野道を進んでいた一団の周囲に、腐った肉がこびり付いた人骨多数と三メートルほどの巨大な泥人形が一匹立ち上がった。

 続けて、人骨に黒くキラキラした粉がまとわりつき、泥人形が口から汚水の臭いがする液体を放る。

 

「なんだ、魔物か!?」

「違う。魔法の痕跡があるから、邪神の僕どもの待ち伏せだ!」

「後衛を守るぞ、円陣を組め!」

「アンデッドなら、神官の魔法の『退散』が効くはずだから、堪えてて!」

「どちらも弓だと効果が低い。魔法戦になるわよ!」


 人間二人、エルフ一人、ドワーフ一人が背中合わせに四方に立つ。その背中に挟まれる場所に、エルフと人間の女性が入る。

 そして、体の前で手を振って『ステータス画面』を表示した。

 それを待っていたかのように、人骨たちと泥人形が包囲を狭め始める。

 だが、人種混合の一団も黙って近づかせるつもりはないようだった。


「邪悪を憎む我が神よ。不浄の者たちを焼き尽くす炎を、この剣に与えてくれ!」

「正義を司る神よ。断罪の光りを我が剣に! そして邪悪を退ける力を盾に!」

「戦闘を推奨する我が神! 戦が始まるぞ、俺に加護を寄越せ!」

「鍛冶を守る神よ。柔らかき物でも打ちつけることが出来る力を、この鎚に貸して欲しい!」

「大地を慈しむ女神よ。死者を土の下で安らかに眠らせてあげて」

「森林を育てる女神よ。根を動かしてわたしの敵に突き刺し、木々を育てる養分となせ!」


 円陣の前衛たちの武器に光りが纏わりつくのと同時に、後衛からは魔法派手な動きとエフェクトで発動し、動く人骨たちを破壊する。

 しかし、残っている人骨たちと巨大な泥人形が一団にさらに近づき、前衛と本格的な戦闘が始まる。


「くそっ。グラフィックが良すぎて、アンデッドは気持ち悪いんだよ!」

「気の弱い人だと見てだけで失神して、強制ログアウトな出来だもんな」

「あははははっ。弱いぞ弱いぞ! ただ倒される骨は雑魚AIだ! 攻撃してくる骨はよく訓練された雑魚AIだ!」

「打撃と斬撃に強い泥系の魔物でも、この加護つきの鎚は痛かろう!」


 剣や鎚が振るわれると残光のような軌跡を残す。

 その攻撃であっという間に骨が壊されていき、泥人形も大きく欠損していく。

 全滅する前に、草むらから飛び出た男の一人が、散る骨の蔭、吹き飛ばされる泥の死角を移動して接近。


「この一振りにて、死の神の身元に送らん!」


 そして、中心に守られている後衛二名のどちらかへ刺そうと、紫とこげ茶色で斑に染まった毒々しい短剣を突き出す。


「させるか!」


 しかし、正義神の加護をもつ男が直前で接近に気づいていたらしく、その攻撃を盾で防いだ。


「ちっ。やっぱり後衛は潰せなかったか。出てこいヤロウども!」


 呼びかけに、俺以外の人たちが草むらから飛び出し、ステータス画面を開きつつ襲い掛かる。


「おうよ。やっぱり、プレイヤーキルの醍醐味はプレイヤー同士の直接戦闘だぜ!」

「俺としちゃあ、プレイヤードロップが楽しみだ!」

「経験値も自動湧きの敵を倒すよりも、断然ウマーだしな!」

「さあ、骨の追加だ! 死霊を愛する神よ、ヤツラが冥府に送ったモノどもを呼び戻せ、そして復讐を果たさせろ!」

「こっちも援護支援に。混沌の味を知る神よ、泥の人形を数多く生み出せ!」


 こうして始まったプレイヤー対プレイヤーキラーたち戦闘を見ながら、俺の役割はあの戦闘に加わることじゃないので、草むらを渡り歩きながらこそこそと移動していた。

 そう、このゲーム――仮想現実没入型ネットワークロールプレイングゲーム『フロイドワールド・オンライン』で、仮想現実上の俺こと戦司教の『トランジェ』が期待されている役割は、ああやって戦闘をすることじゃない。

 それは、フロイドワールド・オンラインが他のVRMMORPGとは、少し違ったゲームシステムであることに起因している。


「断罪! 断罪! 断罪! 断罪! 断罪!」

「死斬! 死斬! 死斬! 死斬! 死斬!」

「アンデッド退散! アンデッド退散! アンデッド退散!」

「骨追加! 骨追加! 骨追加! 骨追加!」


 戦闘中に、ああやって叫びながら攻撃したり魔法を使っているのは、なにも『なりきり』でやっているわけではない。

 キーワードを設定したショートカットを使って、同じ魔法や剣技を連発しているのだ。

 ここでちょっと疑問に思った人は、よくVRMMORPGというものをやっている人に違いない。

 その疑問の通りに、このフロイドワールド・オンラインには他のゲームではよくある、『クーリングタイム』とか『リユーズタイム』とか『再装填時間』といった、同じ魔法やスキルを短時間で連発できないようにする措置が取られていない。

 それは派手な魔法と剣技をバンバン連発して敵キャラを倒せる、という売り文句でフロイドワールド・オンラインが作られ、どんな強力な攻撃魔法でも魔法力が許す限り連射出来るよう設計されているからだ。

 しかし、全部の魔法がそうなっているわけではない、というのがこのゲームの面白いところで――。

 おっと、向こうの神官系職の女性が、仲間が開いているステータス画面に目を配って気にしているので、そろそろ俺の出番だな。


「範囲極大回復!」

「範囲小回復」


 声を上げるのと同時に、キーワードを早口で唱え、俺の方が先に言い終わる。

 すると、人種混合の一団の足元に円形の光りが二重に広がり、片方が砕け散った。

 残った光円からキラキラとした粉のようなものが上がり、円内にいる人たちへ吸い込まれていく。

 回復量を確認するために目をやった彼らが驚いているので、どうやら『俺の回復魔法』の方が有効だったらしい。

 では、プレイヤーキラー側にも、回復魔法をかけないとな。


「大範囲中回復」


 戦闘空間を覆うように大きな光円が広がり、大量のキラキラとした粉が吹き上がって、プレイヤーと骨や泥人形たちの区別なく入っていく。

 ただし、先ほど回復した人種混合の一団の体からは、その粉が体外へ弾き飛ばされた。

 これこそが、フロイドワールド・オンラインの二つ目の特徴だ。


「くそっ。神官系が見える範囲にいないからって油断した! 向こうにも『ヒーリングマネージャー』がいるぞ!」

「俺たちが回復魔法が受け入れられるまで、どのくらいかかる!?」

「えっと、範囲系でこの回復量だから――再回復できるまで二分ぐらいです!」

「ちくしょう。どこにいるか探して先に排除しないと、回復量の差でこっちが競り負けるぞ!」


 彼らが愚痴るような言葉の通りに、このゲームでは回復魔法に限り『再回復待機時間』が設定されている。

 つまりは、敵の魔法で回復させられると、規定された時間が過ぎるまでは魔法や薬を使っても一切回復しないということだ。

 この時間は、使ったものとは違う種類の回復魔法――たとえば毒や病を治す魔法や薬にも適応される。

 そのため、回復や治療の管理をする、ヒーリングマネージャーという役割が生まれた。

 この役は、仲間の体力管理だけでなく、仕組みを利用しての敵キャラの回復手段の断つという役目も負っている。

 そう。俺がプレイヤーキラーたちに期待されているのは、このヒーリングマネージャーとしての腕だ。

 そして、俺がこの道で少し有名なのは、ヒーリングマネージャーが少ないカルマ値が『悪い』相手にも、報酬次第で手を貸すからだった。

 

「――範囲大回復!」


 っと、回想しながら再回復時間を待っていたら、相手に先に使われてしまった。

 結構腕がいいな。普通の神官の回復魔法ならこの時間という、平均ラインを見極めている。

 けど、大丈夫。まだ待機時間はきていない。


「な、なんで! ちゃんと時間は計ったのに!?」


 広がった光円が砕け散り、驚愕の声を上げる。

 その理由は、俺が普通の神官職じゃなく戦闘神官系の『戦司教』という、回復魔法の待機時間が長い職業だからだ。

 まあ、待機時間の長さがこのゲームではそぐわないから滅多になる人いないので、それを考慮しろってのも酷な話だけど。


「――範囲小回復」


 その長い時間が経過した直後に、すかさず少なく回復させる。

 これでダメージレースで勝てるなと安心するのも束の間、隠れている場所から近くにいた正義の神の加護を持つ男が、俺の存在を看破したようだった。


「見つけたぞ! 少しの間頼む!」

「早く倒してくれよ。今なら力量差で、まだ挽回できる!」


 一直線にこっちに来る。

 プレイヤーキラーの人たちも、その動きを止めようとはしない。

 まあ、止めないよう言ったのは、俺の方なんだけどね。


「断罪!」


 俺を斬り殺そうと剣を振るってきた。

 だが、避けずにそのまま突っ立ったまま、作った微笑みを浮かべてやる。

 こちらの余裕な態度に訝しげな表情で剣を振り切ろうとして、俺に当たる直前で上から押しつぶされるように地面に崩れ落ちた。


「ぐあっ。な、なんだ。何の魔法を使った!?」


 まるで鎧や剣が地面に縫い付けられたように、地面の上でもがいている。

 その様を、微笑みを浮かべたまま見下げてやった。


「ほ、本当に何をした? 邪神官お得意の『聖者に堕落を』を使ったのか!?」


 その、カルマ値が善のキャラクターに行動阻害をつける魔法とは、あいにく違っている。

 あれはどんなに善なキャラでも、押しつぶすような効果は得られないし。


「ではその疑問について、お仲間がやられるまでの繋ぎに、お答えいたしましょう」


 神官らしく演じながら、もったいつけた言い方で教えてやることにした。


「貴方は、正義の神を信奉する剣士さまでございますね?」

「違う、聖騎士ホーリーナイトだ! 邪悪を斬り捨て、世に正義を広げ、平和と安寧をもたらす存在だ!」


 おや、ノリノリの表情をしているので、どうやらこっちが演じるのに合わせてくれているらしい。

 こういう意図しない掛け合いが出来るのも、VRMMOのいいところだよな。

 いけないいけない。話を進めないと。


「これは失礼致しました、聖騎士さま。こちらの無知をお許しください」

「ふん。分かったのならば、さっさとこの忌々しい魔法を解くことだな。いまなら寛大な心で許してやってもいい」

「申し訳ございませんが。聖騎士さまがお倒れなされているのは、わたくしの所業ではないのです。それは貴方さまの信じる正義の神が行っておいでなのです」


 返答が予想外だったのか、聖騎士が演技を忘れてぽかんとした表情になっている。


「え、それってマジでなの?」

「はい。清廉潔白であらせられる聖騎士さまは、お忘れになられておられるかもしれませんが。正義の神の信徒は強大な加護を受ける代わりに、敵対した者かカルマ値が悪である者しか攻撃が出来ないという制約があるのです。なので仮に攻撃しようとした場合、正義の神が信徒を押さえ込み、動けなくしてしまうのです」

「あれ、そうだったか――う、うむ。そ、そうであったな。関係のないことだったので忘れていた」


 途中で演技を思い出してくれたようで、再び騎士っぽい口調に戻ってくれた。

 うんうん。好感が持てる人だ。獲物じゃなかったら、フレンド登録を申し出たかったな。


「だがしかしだ。その説明はこの状況に当てはまらないのではないか? なにせ、そなたの仲間はああやってこちらの仲間を攻撃しているのだぞ?」


 そう思うのも仕方のないことだけど。

 なにごとにも、裏技というものは存在しているのだ。


「残念ながら、回復魔法をかけるだけでは敵対とはみなされません。辻ヒーラーがこのゲームにもいますしね。それと、貴方たちを襲っているのは、こちらとは関係のない人たちですから。なにせ、わたくしは『たまたま』この場に居合わせただけの、カルマ値が中立域な神官ですので」


 作った微笑みを向けながらの言葉に、聖騎士は何を言われたか分からない顔の後で、驚き非難する表情になった。


「ずっこい! あいつらとパーティー登録してないのかよ!」


 そこで何かに気がついたようで、しきりに首を傾げ始めた。


「あれ? けど、いいのか? たしかプレイヤーをキルして奪う物も、モンスター討伐と同じで、パーティー単位で自動分配されるはずだぞ。あんただけ貧乏くじなんじゃないか?」


 確かにその通りだ。

 けど、俺は別にこの人たちの装備品や道具の類が欲しいわけではない。


「ご心配いただかなくとも、わたくしが欲する報酬は物品ではございませんので」

「そうなのか? なら、なんでなんで襲う手伝いをしているんだ?」

「何故と言われましても。ただ単に手助けを頼まれ、報酬はこちらの欲するものをくださるというので、手伝っているだけですよ」

「……その返しで思い出した。善悪両陣営を行き来する、自由神の神官戦士の話。あれは君のことなのか」

「ご明察です。ああそうそう――範囲小回復――会話の引き伸ばしを狙うのは無駄ですよ。大体の時間は体感で分かるようにしてありますので」


 この聖騎士が抜けてもどうにか保たれていた戦況は、俺が回復の邪魔をしたことがきっかけで崩壊し始める。

 程なくして、他を倒したプレイヤーキラーの人たちが、俺の足元で転がる聖騎士に近づいてきた。


「いやー。助かったぜ。いま、そいつも処理するからちょっと待っててくれよ」

「あるなら一撃死系の剣技を使ったほうが良いですよ。一度攻撃してしまえば、この神の拘束は解けてしまいますので」

「おっ、そうなんだ。よっしゃ、じゃあ俺の出番だな。この一振りにて、死の神の身元に送らん!」


 聖騎士の毒々しい短剣を後ろ首に突き刺すと、開きっぱなしのステータス画面にある体力欄が一気にゼロになった。

 これで人種混合の一団は全滅になったので、直ぐに拠点か最後に登録した町村に転移させられる。

 プレイヤーキルを達成して、早速プレイヤーキラーの人たちが戦利品を確かめ始めた。


「おおー! 前にやってたイベント限定アイテムゲットー! 効果微妙だけど、これ持ってなかったんだよな~」

「こっちは回復薬とか素材とかばっかで外れだな」

「保険用の武器が手に入ったぜ。けど、カルマが善じゃなきゃ装備不可かよ。売りだな」


 盛り上がっている彼らには悪いが、こちらの用件を先に済ませてしまいたい。

 アイテム呼び出しで巻いた羊皮紙を取り出しつつ、リーダー格の男の肩を叩く。


「では、この契約書通りに報酬を頂きます」

「ああ、俺ら全員が一定期間、『偽装』のスキルで自由の神の信徒になればいいんだろ」


 偽装は悪の神を信奉する人に自動的に付加されるスキルで、文字通り『身分を偽る』ことが出来る。

 このスキルを使えば、別職業になって軽く遊ぶことはもちろんのこと、悪者が入れない街に入ることができるし、良い隣人が実は凶悪な悪者だったプレイも可能になる。

 悪の神だけでなく、加護は弱いがシステム自由度は高い自由の神の信徒も出来るので全然レアではない、むしろ趣味系に分類されるスキルだ。


「じゃあ――ほい、これでいいか?」


 ステータス画面を見せてもらい、偽装で彼ら全員が自由神の信徒になっていることを確認する。

 

「では仕上げに。自由の神よ、この契約の履行を見届けたまえ!」


 俺の手に合った契約書がひとりでに燃え、彼らの偽装の項目がロックされ、タイマーが表示される。

 期間は話して決めてあった通りに一週間だ。この期間設定で、偽装としてだけど、彼らが改宗されたとシステム的に判断されるのだ。


「はい。では報酬の確認が終わりましたので、この辺で失礼します」

「本当にこんなことでいいのか?」

「ええ。わたくしの目的は、自由神の信徒を増やすことですからね。仮にそれが偽装であってもですよ」



 そう告げて、俺はプレイヤーキラーの人たちと分かれるために、転移水晶を使用する。

 これは戦闘状態時には使えないが、一瞬で街に戻れる優れものだ。

 転移した先の街で、一人になりたいので宿屋で部屋を取る。

 装備をステータス画面の操作で収納してから、黒い法衣だけの姿になると藁の匂いがするベッドに座る。


「さてと、改宗人数を達成しているかな?」


 ステータス画面を開いて、『依頼・指令』の項目をタッチする。

 種類別でソートして、神官職に関するものまで移動。

 クラスアップに関係する指令の中で、『人々を改宗せよ』の欄を見る。

 そこには千人達成の文字が躍り、『次の指令に移りますか?』というインフォメーションが発生していた。


「やったぜ。やるやる。もちやるし」


 『はい』の選択肢を押すと、次の指令が出てきた。


「指令名は『枢騎士卿カーディナルナイトへの試練』――達成条件は、新たに五千人を改宗すること、ねぇ」


 ちょっと時間がかかりすぎる内容なので、指令の欄を長押しする。

 少し待つと、自由神の加護である自由度の拡張によって、別の達成条件が出てきた。


「神殿を十建立する。信徒の数を一万増やす。国教を自由神にする。国を乗っ取り代表者となる。他神の信徒を二千生け贄に捧げる。五千人規模の街を一つ殲滅する。町村を十個壊滅させる。他神の神殿を二十破壊する、などなど」


 相変わらず、善と悪の方法を両方提示してくる困った神様だ。

 まあ、色々と選択肢があって面白いから、俺はこの神様の神官職でい続けているのだけどね。


「じゃあ、『枢騎士卿カーディナルナイトへの試練』を受けます、よっと」


 『開始』の項目をタッチする。

 ……ん? なんか変だな。

 普通なら『受領しました』って画面が出るんだけど。

 何度か『開始』をタッチするが、反応がない。

 どうしたのかと不思議がっていると、突然俺の宿の内装――周囲のグラフィックが荒れ始める。

 ヤバイと思って、ログアウト操作をしようとするが、体が動かせなくなってしまっていた。

 どうなっているんだろうと混乱しながらも、ヘッドセットが異常を検知してセーフティーで電源が落ちるはずと、まだ冷静だった。

 それから直ぐに目の前が真っ暗になった。

 現実世界に戻ったのだろうと、ヘッドセットを脱ごうとする――直前に目に光が飛び込んできた。

 

「うッ!?」


 目がくらみ、手で目の前を覆ってから目を慣らしていく。

 やがて見えてきたのは、何処かの森の中にある、開けたピンク色の花畑だった。

 見たことのない場所に、ステータス画面から地図を呼び出す。

 しかし、そこに出てくるのは『エラー』という、素っ気無い文字だけだった。

 嫌な予感にステータス画面からと緊急用の身振りを使ってログアウト操作を試すが、現実世界に戻ることが出来ない。

 運営へのコールを押しても反応はない。


「ちょっと待ってくれよ。ネット小説じゃないんだぞ。いや、そんなことよりも、これはどっちだ。異世界転移なのか、それともデスゲーム系なのか……」


 最低でもその答えが欲しいと、一縷の望みをかけて『依頼・指令』の項目をタッチする。

 しかし、『枢騎士卿カーディナルナイトへの試練』の欄に『開始』という文字が出ているだけなのだった。



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