某トラウマ ―教室にて―
「……やーやー。おはよー」
「『おはよー』じゃないわよ。バカッ。今、何時だと思ってんの」
「……十二時半」
「一、二限。どうしてたの」
「ごめん、寝てた」
「ハアァ⁉︎」
「……まぁまぁ。落ち着いて。落ち着いてって。……ところでね。ぜひともミキに聞いてほしい話があるんだけど。“トラウマ”って、遺伝すんだって。知ってた?」
「また話逸らして…………なんて?」
「“トラウマ”って。遺伝すんだって」
「…………なにそれ」
「いやさ、さっきネットで見たんだけどね。ほら…………これ見てみて」
「なになに……『“トラウマ”体験は遺伝する』……。『マウス実験で証明』……?」
「そう。ネズミの足に電流を流しながら“ある匂い”を嗅がせて、その“匂い”を怖がるようにするのね。そんでそのネズミの子どもと孫に、同じ“匂い”を嗅がせるの。すると……ほらここ。『ひどくおびえた様子を見せた』、って」
「ふーん……“メチル化”……“エピジェネテ……」
「“エピジェネティクス”ッ!」
「言いにくっ。……なるほどね。ってことは……人間が“暗闇”を怖がるのは、はるか昔、電気が無かった頃の時代からの名残なのかしら。……そう思うと、納得だわ」
「ねぇねぇ。じゃあさ、じゃあさ。人間があの“G”を怖がるのは……。やっぱ人間はかつて、“G”達に支配されていたからなのかなっ⁉︎」
「……マンガの読みすぎよ」
「ネットに書いてあったの!」
「まぁなんだっていいけど……。それで? なんでそれが私に聞かせたい話なわけ?」
「いやぁー……だってさ。ミキ、“豆腐”ニガテじゃん?」
「……あー……」
「豆腐屋さんの“笛の音”もイヤなんでしょ? ……そんで、ミキのパパも嫌いだって」
「うん。そんな話、よく覚えてるわね」
「うんっ! それでね、私、それも“遺伝”なんじゃないかなぁー……って」
「……はぁ」
「きっと、ミキパパは“豆腐”に対するトラウマがあって、それでミキも“豆腐”嫌いなんだよっ!」
「………………プッ……アッハッハッハッハ! “豆腐”に対するトラウマって…………! フフッ、なによそれぇ。“豆腐”のオバケでも見たっての?」
「……きっとそうだよぉ。今度、電話かなんかで聞いてみてよ」
「『“豆腐”にトラウマとかある?」って? ……フフッ。確かに、そんなのあったらおもしろいわね。考えたこともなかったし、聞いたこともないわ」
「ゼッ……タイ! そうだってばッ!」
「わかったわかった。ウン、聞いてみる」
「うん!」
「………………ところで。……そんな話でごまかせると思った? 一、二限。ちゃんと出なさいよ」
「……だってぇ。眠かったんだもん。レポートの提出だって来週までだし……」
「えっ? 今日までよ?」
「……えっ⁉︎ …………うっそ……! ……今日まで……⁉︎ てことはわたし…………単位落とした⁉︎」
「……うっそぉ。来週まで」
「もぉー! びっくりさせないでよぉ‼︎ …………“トラウマ”になっちゃったらどうすんのさ!」
「なによ。その“トラウマ”って」
「……大学のレポートの提出期限を間違えてたことによる恐怖で……遺伝すると……その子どもはすっごい早くレポート終わらせるようになる……」
「いいじゃない」
「……」
「くだらないこと言ってないで。ちゃんと授業出る」
「……は〜い」