ナメクジ萌え
2013年03月10日(日)雨
今日は、一日中、ナメクジのことを考えて暮らしていた。
もちろん、ボクはナメクジが大好きだ。
中学生の頃、道徳の授業でミニトマトを栽培していた。ボクはトマトが嫌いだった。夏の太陽の日差しをたっぷりと身に受け、瑞々しい食感と高い栄養価を持つトマトは、ボクとは正反対の性質を有する天敵である。あんなものを口にすれば、ボクはさわやかな好青年になってしまう。想像するだけでも恐ろしい。
収穫したトマトは食べなくてはいけない。トマトなんてこの世から消えてなくなれと思った。
そして願いは叶い、ナメクジは僕たちのトマトを一晩で食い荒らしてくれた。ナメクジ氏には感謝してもしきれない。
ところで、一日中ナメクジのことを考えざるを得なかったのには理由がある。
今日が〆切のとある小説賞があって、ボクはそれに投稿すべく原稿を書いていたのだ。なんと、一日に八千文字も書けた。過去最高記録である。投稿は無事に終え、今はこうして安らかに日記を書いている。就職活動はどこか遠い国へ行ってしまったようだ。
その投稿した小説の主人公が、"たまたま"ナメクジだった。ボクは以前から、『ナメクジ萌え』が大ヒットするに違いないと確信し、ひそかに構想を練っていたのだ。
きっと半年後には、書店にボクの書いたナメクジ萌えライトノベルが並んでいると思う。一年後には、ナメクジを模したゆるきゃらグッズが全国で発売され、くまモンの年商を追い越すだろう。楽しみだ。
そんなわけで、今日も特に事件という事件は起こらなかった。強いて言えば、明日N電機の株価が年初来安値を更新しないか不安に震えている。証券会社から追証の電話が来ないことを祈るばかりだ。
※『追証』(おいしょう)投資家が最も恐れる言葉。証券会社から「おい、貸していた株が暴落したぞ。約束通り保証金を払ってもらおうか、あ?」と電話がかかってくるらしい。
※ちなみに、投資家の恐れる言葉はこの他に「ストップ安」「ナイアガラ」「投売り」「踏み上げ」などがある。
前置きはこのくらいにして、『人工精霊タルパ』の話に戻りたい。
ボクは中学生のときに、『タルパ』と呼ばれる架空の友人を作り出した。最初のタルパは、ハルナという名前の、猫耳メイドの女の子だった。
ハルナはボクに従順で、しかし従順であるが故にボクを駄目人間にしてしまった。高校受験を前に危機感を抱いたボクは、ハルナを封印し、抹消した。
次にタルパを作ったのは、高校三年生のときである。当時のボクは、国立難関大学を目指していたが、成績は振るわず、地元の私立大学への進学も厳しい状況にあった。
そこで、タルパの力を借りて、受験勉強をしようと考えたのだ。そのときボクの望んでいたタルパは、甘やかしてくれる存在ではなく、厳しく律してくれる存在だった。
さっそくノートに、ロッテンマイヤーさんのようなキャラを描き、タルパを作り出した。前回でタルパ作りは体験しているので、今回は一週間で完成させることができた。
二番目のタルパ、『ユキ』の誕生である。
※『ロッテンマイヤー』 名作アニメ「アルプスの少女ハイジ」に登場する、厳しい家庭教師。ちなみに、ヨーゼフという犬が出てくるのだが、そいつの好物がナメクジだった気がする。
結論から述べると、ユキもまた、失敗に終わった。
ユキは、ボクを否定し過ぎたのだ。
たとえば、ボクが数学の青チャート問題集を前に、苦しんでいるとしよう。すると、ユキはこんなふうに罵ってくる。
「あんた馬鹿じゃないの? こんな簡単な問題も分からないなんて!!」
「じゃあユキ、解き方を教えてよ」
「ふんっ、どうしてあんたなんかに教えなきゃいけないのよ」
ボクとユキは、毎日のように不毛な口論を続けていた。ボクは何かをするたびにユキに否定され、罵倒され、すっかり自信を無くし、鬱的な状態にまで陥ってしまった。
通学路に線路の上を通る歩道橋があるのだが、飛び降りたい、死にたいと思う日々が続いた。自分で作り出したエア友だちに苦しめられるなんて、まったく滑稽な話だと思う。
ユキの件は、ハルナよりもずっと厄介だった。
高校三年生の秋、ボクは国立を諦め、さらに文転し、私立文系の大学に志望変更することに決めた。担任の教師から強く進路変更を勧められたからであった。
ボクは失望し、ユキに辛くあたった。ユキもありったけの罵詈雑言でボクをなじった。
受験を終えた頃、ユキを封印し、抹消することに決めた。ユキは最期に「ごめんなさい」の一言を残し、泣きながら消えていった。じつに後味の悪い思いをした。
ユキのことを恨んではいない。それどころか、彼女には気の毒なことをしたと思っている。
考えてもみてほしい、ユキはボクの家庭教師としての使命を持って生まれたが、彼女自身の『知識、知能、思考』は、生みの親であるボクのそれを超えられるはずがない。ボクを志望校に合格させるという、到底不可能な大役を押し付けられ、責任転嫁をされ、ユキには相当のストレスが溜まっていたのだろう。夏休みの追い上げ期に入る頃には、彼女のやつれた姿は悲惨なものであった。
ユキに最後に伝えておきたかった言葉は、「ありがとう」だった。
第二のタルパ、ユキの話は、以上である。
なんだか暗い話になってしまって、申し訳なく思う。しかし、ハルナ、ユキの体験があったからこそ、江安恒一がこの世に生まれた。二つのエピソードを抜きにして、彼のことは語れない。
江安恒一は、ボクの作った最高の友人であると同時に、最も恐れるタルパである。
彼の話はまた明日、書くことができたらと思っている。
人工精霊タルパの章は、次回で最終回だ。
(続く)