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ぼっちの就活日記  作者: 五条ダン
最終章~岐路~
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行こう、ハロワ!!

 

 2013年06月10日(月) 晴れ



「だからね、おにいちゃん……」


 ツインテールの女の子が、ぎゅっとしがみつき、上目遣いに微笑む。強張った笑顔を返すと、その少女《倒縛士 イマ》は頬を赤らめて、抱きしめる細い腕に力をこめた。

 イマは背中にまわした両手に握るナイフで、ボクの心臓を後ろから貫く。


 それから彼女は突き刺さったナイフを支点に思い切りジャンプをして、コアラが木に抱きつくような形で、鮮血にまみれたボクの胸に勢いよく跳び乗った。肩に腕をかけ、幼い彼女は耳元で囁くのだった。


「ハロワ……行こうよ?」


 ボクは青ざめた顔で、首をぶんぶんと縦に振った。



「わーい、おにいちゃんがすなおになってくれて、あたしうれしいよ」


 イマは嬉しそうにヘッドロックをかましながら言った。窒息に喘ぎ思わず後ろによろけそうになると、イマはその勢いを利用してボクの肩から両手を突き放し、ワン・ツー・スリーの三段蹴りを顔面に入れた。ボクは叫ぶ間もなく、ナイフの突き刺さった背中側から地面に倒れた。



「あちゃー、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったよー」


「イマちゃんばっかりずるーい。わたしもおにいちゃんとあそぶー」




****** ******




「と、いうわけでボクは一晩中、かわいい女の子たちとハーレムごっこを楽しんでいたわけさ」


「それは……、災難だったね……」 江安くんが言った。



 今、ボクたちは電車に乗っていた。ハローワークに向かうのだ。もうあのような悪夢は、二度と味わいたくない……。



「それにしても、ハローワークが新卒の就職活動にも利用できるなんて、びっくりだよ。厚生労働省のサービスだから安心して使えるし、なにしろ無料というのが素晴らしい」


「君みたいな学生のために税金が使われることを思うと感慨深いよ」

 江安くんは相変わらずの皮肉屋である。



「学生だけじゃない。企業側にとってもハローワークのメリットは多いよ。求人を出すのは無料だし、いくつか条件はあるけれど、ハローワーク経由で人を雇うと国から助成金が貰えるんだろ? 失業対策のための優秀なシステムだと思う」


「それゆえに、ハローワークにはカラ求人が多かったり、ブラック企業の温床にもなっている……との噂も絶えないね」



 たしかに江安くんの言うように、ハローワークに関してネットではあまり良い話を聞かない。しかし、それでも、利用できるものは利用する。すべては内定のためであり、この物語を完結させるためなのだ。



《まもなく~、大阪、大阪です~。お降りの際は……》

 車掌のアナウンスが聞こえた。



「え……、大阪……!?」


 ボクたちが目指していたのは、日本生命三宮駅前ビルにある三宮新卒応援ハローワークである。三宮駅に行くはずがなぜか大阪駅に来てしまっていた。

 とはいえ、引き返すのは時間が勿体無いような気がしたので、ボクは大阪で電車を降りた。



「やれやれ、どうやら乗る電車を間違えたみたいだね」


「ああ、電車なんて久々だったから」


「君、もしかして、目が……」 江安くんが心配そうに顔を覗き込む。といっても、彼はボクの妄想により具現化したエア友だちなので、実際に彼がそこに存在するわけではない。


「くっ……俺の……封印されし右目が疼くぜ」


 などとふざけてみるも、効果はなかった。


 すでに、視線恐怖の症状が出ていた。


 まばたきの回数が増え、やがて目を開けているのが辛くなった。眼球が圧迫されるような感覚と、頭痛がする。


 しかし目を閉じてしまえば、その場に留まることは可能だ。ボクは大阪駅プラットホームのベンチに腰をかけ、目蓋をかたく閉ざして瞑想で心を落ち着けようとした。


 眼裏にかわいい幼女たちの幻影が見えた。よし、まだ闘える。



「視線恐怖は克服したんじゃなかったのか?」 

 江安くんが、瞑想におけるボクと幼女のハーレム展開に水を差した。


「いや、しばらく目薬を差していなかったから、暗示の効果が切れたんだと思う」


 視線恐怖とは、ドライアイの一種である。という暗示をかけ、ドライアイ用の点眼薬を定期的に服用することで、実際に視線恐怖の症状はかなり緩和されていた。



 視線恐怖症とは一般的に、「他者の視線が怖い」(他者視線恐怖)、「自分の視線が相手を不快にするのではないかと不安」(自己視線恐怖)といったように、患者の心理面にスポットライトを当てて解説されることが多い。


 しかしボクの場合、上記の類の不安や恐怖は感じたことがない。


『特定の状況下において、極度の眼精疲労状態に陥る』と表現をした方が、視線恐怖の解説としては正しいように感じられた。(個人差はあるものの)


 言ってみれば、雨が降れば腰が痛くなったりするのと同じことで、本人の気の持ちようではどうしようもないのだ。


 したがって、視線恐怖を含む対人恐怖症の人に対して、

『自意識過剰だよー。他人はあなたが思うほどあなたのことをよく見ていないし、気にしすぎ。自己愛傾向の高さが回避行動をますます強化するんだよ』


 みたいにアドバイスをしたとしても、ほとんどは何の改善も得られない。

 たとえ対人恐怖症の人が『自分以外のすべての人間はカボチャである』と意識レベルで認識したとしても、無意味だ。



 恐怖を感じるから症状が現れるのではなく、症状が現れるから恐怖を感じる。因果関係が逆転してしまっているのだ。



 例えば、赤面恐怖症の場合

『人前に出るのが恥ずかしいから顔が赤くなる』(意識→症状)というのが周りからの見え方であるが、本人にとっては『顔が赤くなるから人前に出るのが怖い』(症状→意識)というベクトルが実感に近いのではないかと思える。


 周りは『人を怖いと思わなくなれば赤面症状は治るのでは』と解釈するわけだが、本人は『赤面症状が治れば他者と打ち解けられる』と考える。(ケースが多い)


 ここに意識と症状との倒錯が見られる。



 ボクの場合は、他人の視線なんてぜんぜん怖くないにも関わらず、人の多いところでは症状が現れ、目を開けているのが辛くなる。目を開けるとまばたきの回数が異常に増え、視点が一箇所に縛り付けられ視野が狭まる。目を閉じれば楽にはなるが、眼球の圧迫感で苦しい。


 とにもかくにも、当事者にとっては他人がカボチャだろうがダイコンだろうが何でも良く、ただ理不尽な症状に困り果てるだけなのだった。



「君は本当に、他人が怖くないのかい?」 江安くんが尋ねる。


「も、もちろんさ。他人のことなんてぜんぜん怖くないんだからねっ///」


「じゃあ、道に迷ったときに、他人に道を訊ける?」


「うっ……それは……」


「君は、やっぱり他者が怖いんだよ。そして、人と関わらないことがライフスタイルの目的となってしまった。君の症状だって《他者と関わらない》という目的のために、都合よく使用されるわけだ。たとえ、無自覚であってもね」


「ははは、江安くんは厳しいな。人間の身体、感情、意識、無意識は、すべて人生の目的のために使用される。当人を苦痛に苛む神経症でさえも、この例外ではない。オーストリア出身の心理学者、アルフレッド・アドラーの提唱する《使用の心理学》だね」


「別に、コミュニケーション能力を身につけろと言いたいわけじゃないんだ。かのアドラーもこんな言葉を遺した」


『重要なことは、人が何を持って生まれたかではなく、与えられたものをどう使いこなすかである』(アドラー)



「そうだな。今、自分にできる最善の手段を実行すればいいんだ。幸い、大阪梅田にもハローワークはある」


「「行こう、ハロワ!!」」



 こうして、ボクたちは意気揚々とハローワークに向かった。――、のは良いものの、新しく改装された大阪・梅田は魔の迷宮と化しており、ボクたちは三時間ほど梅田ダンジョンを彷徨った。



 (続く)


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