有限会社 K園芸 採用面接 (後編)
2013年04月某日 雨
「五条さん、もしかして株とかされてます?」
すべてを話し終えたボクに、佐伯氏が尋ねた。
五分間の自己紹介で、頭が真っ白のボクが語ったのは『サボテンビジネス』についてだった。
サボテンが金融商品として注目を集めるのではないかという突拍子のない話で、詳しくは『第三章~就職活動篇~サボテンビジネス』の回を読んでほしい。
K園芸が珍しいサボテンを取り扱っていたことと、佐伯氏がホリエモンに似ていたことから、ボクはついサボテンの未来を熱弁してしまったのだ。
佐伯氏の質問は、チャンスだと受け取った。ボクは今のところ、変な学生だと思われているだろう。だがこれは周到に張り巡らされた伏線なのだ。
「はい、一年ほど前より株式投資を行っております」
まずは正直に答える。サボテンビジネスを株式投資の話へと繋げ、悪手を好手に変えなくてはならない。
「株式投資を通じて、私は企業分析の基礎を身につけました。投資は、企業の将来性と信用性を見極めることが最も大切です。ですから、私が御社を志望いたしましたのも、御社が将来のある事業モデルを展開し、御社を心から信用できるとの確信に至ったからであります。
フラワービジネスの市場規模は一兆円を超え、他の製造小売事業と比べると非常に大きなマーケットが園芸業界には存在します。しかし、園芸店の多くは現在厳しい経営下にあり、合同企業説明会でお話を伺ったときも、『園芸は儲からん』という話をたくさん耳にしました。しかし、ヨーロッパ市場と比べると日本の花市場はまだまだ発展途上にあり……、
……、そんな中、御社はオンラインシステムを構築し情報を共有することで適正な価格設定を行い、物流の一本化にも着手されています。じつは園芸業と出版業はこの点で共通しており、いかにして中間コストを抑え合理的な……、
……というわけでありまして、説明会で佐伯様が仰った企業理念、経営方針には甚く感銘を受けた次第であります。是非御社の一員として、園芸業界の未来を担っていきたく存じます」
よしっ、なんとかサボテンの話から、当初用意していた会社の志望動機の話に繋げたぞ。
これで勝ったな、と思った。
「面白いですね」 佐伯氏が言った。
「いや、感心しました。志望動機をここまで熱く語ってくれたのは貴方が始めてでしたよ。それに、サボテンの話ね……、いくらでも反論のしようはありますが、発想としてはなるほどと思いました」
「あ、ありがとうございます!」
「で、ここからが本題です。貴方の考えるとおり、就職活動は、投資です。人的資本をどこの会社で働かせれば最も高いリターンが得られるかを考え、学生たちは就職先を選びます。ここでいうリターンとは、給料だけでなく知識や経験も含まれます。
結果、貴方は弊社を選ばれた。そのことはとても嬉しく思います。『安定している大企業』への就社を望む学生も多いですが、これがいかにハイリスクかというのは、株取引をしている貴方なら分かりますよね?」
「は、はい」
返事だけをする。相手の質問意図がよくわからない。
上場企業だから経営が安定しているというのは大間違いで、誰もが知ってる某大手企業だって、毎年赤字決算を出して株価は低迷中で、そのうち倒産するだろうなんて相場では囁かれているのだ。
とはいえ、大企業に志望することがハイリスクとはどういう意味だろう。人的資本の少ない凡人学生が大企業に入るのは、少ない資本で多額の株売買を行う『レバレッジ取引』と同じで危険だということか。
つまり、己を偽って身の丈の合わない大企業に入っても、いつかボロが出てしまいリストラの対象に選ばれてしまう――。
「ですが、投資ということであれば、企業の求人活動にしても同じことなのです。貴方が会社に『信用性と将来性』を求めるように、人事側も貴方が『信用できる人間か』『将来のある人間か』を見極めようとしています。
つまり、貴方がどんな人間であるのかを私は知りたい。信用を得、将来のことを見据えどのように生きてきたのか、学生時代に何をしてきたのかを聞きたいのです。
それを是非、お聞かせ願えませんか。もちろん、投資家目線で自分を客観的に語ってくださっても構いません」
「――っ!! は、……はい」
佐伯氏の満足げな微笑みに、ボクは圧倒されてしまった。
質問の内容は単純明快だ。
要約すると『冒頭のサボテンビジネスの話は面白かったが、そんなことを聞いているのではない。自己PRを話せ』ということだ。
自己PR……、いや、問題はないはずだ。ちゃんと暗記してきた。マニュアル通りに、台本通りに話せば大丈夫。
(大学のテニスサークルに入り、サークルの幹事長を務めた。大学三年の夏休みに、サークル仲間を引き連れてタイやインドネシアに行き、ボランティア活動を行った。大学生弁論大会で優勝し表彰もされた。学生時代は司法試験の勉強をしていた。法律が机上の空論でなく、現実に即した学問であると知り、社会問題に興味を持った)
しかし、――それを話そうとしたとき、『信用』という言葉が脳裏に浮かんだ。
我々投資家は、企業より開示される決算資料を読んで投資判断をする。
上場企業が絶対にやってはいけないことは、決算で嘘をつくことだ。
不当な会計処理を行い、実際よりも過大に利益を計上する。
『粉飾決算』は株主の信頼を損なわせ、信用を裏切った企業は上場廃止に追い込まれる。
クラウドゲート、エフオーアイ、ライブドア、ノース、カネボウ……、不誠実な会計で市場から消えていった会社がたくさんある。その裏には、手痛い損失を被って相場から退場を余儀なくされた投資家たちの屍がある。
だから――、ひとりの投資家として、この場で嘘をつくことはできない。
ボクはそう思ったのだ。
だが――、ボクは今まで、何をしてきた。
大学一年
志望大学を落ち、滑り止めで受けた私立大学に入る。受験さえすれば誰でも入れるような底辺校で、講義は学生たちの私語やゲームで崩壊していた。最初は、弁護士を目指し張り切っていたボクだが、やがて失望し講義を欠席するようになった。
一ヶ月ほどサークルを巡っていたが、どこも合わず辞めてしまった。友だちはひとりもできず、大学にも行かなくなった。
大学二年
中二病を再発し、人工精霊タルパである『江安恒一』を作った。日記にはまだ記載していないが、『幽体離脱』や『明晰夢』、『催眠術』などの神秘体験に傾倒していった。一日中妄想のなかで過ごすようになった。
この頃は対人恐怖症がひどく、電車やバスには乗れなかった。留年せずに進級できたのは奇跡としか言いようが無い。
大学三年
就職活動をしなくてはならない恐怖から逃れるため、様々な逃避活動を行った。株式投資、クラウドソーシング(Webライター、写真撮影)での小遣い稼ぎ、アフィリエイト、読書、漫画を描いたり小説を書いたり云々……。他には、Twitterと2chで文字媒体を用いたコミュニケーションに没頭したりもした。
そして――、今に至る。
果たして人に語れる人生を、ボクは歩んできたのだろうか。
堂々巡りでそんなことを考えて、言葉を失ってしまった。
「どうしたんです、大丈夫ですか?」 佐伯氏が不安そうにこちらを見ている。
ボクは無理やり笑みを浮かべ、せめて嘘はつかないようにと、小説を書いたり読んだりするのが好きだったことを話した。
文字を書くことは、かつてボクのたった一人の友人だった"彼"から譲り受けたアイデンティティだった。
ボクにはそれしかなかったのだ。
***** *****
後日、有限会社 K園芸から、選考落ちの電話がかかってきた。
電話の主は女性の声だった。
佐伯氏の隣にいた、書記をしていた女性の人だなとボクは直感した。
彼女は、「五条さんの魅力を他企業の面接でも活かしてほしい。うちでは残念ながら採れなかったけれど、頑張ってほしい」と言ってくれた。お世辞だとしても、嬉しかった。
ボクは、面接は貴重な体験となったと感謝の意を示した。「本当にありがとうございました」と言って、電話を切った。
ここで言う「本当に」は、本当に本当の本当だった。
K園芸の面接は、ボクのこれまでの就活方針を変える、ひとつのきっかけとなった。
誠実でなくして、信用は得られない。
信用を得るためには、誠実でなくてはならない。
就職活動であっても、例外ではないのだ。
これからは自分に嘘をつかずに就活をしようと、ボクは決心をした。
[第三章~就職活動篇~] 【完】




