有限会社 K園芸 採用面接 (前編)
2013年04月某日 雨
有限会社 K園芸は、園芸植物の販売の他、ガーデニング教室や造園工事、ナメクジ駆除サービスを請け負う会社だ。
ボクはこの会社に4月3日の時点でエントリーしており、4月下旬に採用面接を行った。
ナメクジ好きのボクとしては、K園芸がナメクジ駆除サービスを手がけることは遺憾だった。が、高校生の頃は植物学者を志していたこともあって、K園芸への志望度は高かった。なんだかんだと、夢は諦め切れないものだ。高校時代に文系に転じた未練が、園芸関係の職種に食指を動かしたのかもしれない。
その日の採用面接は一次面接とのことだったが、K園芸は小規模な会社であるためか初っ端から社長とのご対面であった。
面接会場は会社ではなく、市の会館の会議室をレンタルして行われた。規定時刻まで会議室の外の廊下に待機して待っていた。廊下には待合用のパイプ椅子。ボクはそこに三十分ほど身を固め、時が来るのを待った。
向かい側の会議室では、高齢者向けのセミナーが開催されているらしく、講師のおじさんの声が廊下に響いて聞こえてきた。
「……でしょう、骨粗しょう症はせやから怖いんですわ。ならどないします? 毎日、牛乳飲んで、チーズ食べて、カルシウムたくさん摂ったらええのん思います? ……ですよねー、けどな、それが大間違いなんですわ。ええですか、もいちど言いますよ。カルシウムの補給には、珊瑚がええんですわ。沖縄のきれいな海で採れた、天然の珊瑚、これがカルシウムを安全に確実に効率よく吸収するためには欠かせないんですわ」
講師が話し終えると、教室の中からパチパチと拍手の音がする。どうやら、健康食品を買わせるためのセミナーだったようだ。
それにしても、カルシウム食品に珊瑚の名が挙がるのが意外だった。珊瑚を形成するサンゴ虫はもちろん動物で、珊瑚はその虫の死骸が集まって植物の幹のようになるのだそうだ。珊瑚の骨軸は石灰質から成るため、たしかにカルシウムはありそうだ。
しかし、海水温の変化や天敵となるオニヒトデの食害などで世界のサンゴ礁は危機的な状況下にあるという。それを人間が食い荒らしても良いのだろうか。しかし珊瑚が金になるからこそ、人は一生懸命にきれいな海を守ろうとするのかもしれない。
石灰質からカルシウムを摂取するのであれば、別に珊瑚でなくても良いような気がする。地中海の岩石でも良いし、道端のダンゴムシでも良い。カタツムリでもサザエの殻でも良質なカルシウムが摂れそうな気がするが、どうなのだろう。
そんなどうでも良いことを考えていると、事務員の女性がやってきて「お時間になりましたので、面接室にお入りください。ご健闘をお祈りします」と告げた。
立ち上がり、扉の前に立つ。
深呼吸をする。
ノックをゆっくりと三回する。
「どうぞ」と声が返ってくる。
面接室に入り、深く一礼。
「失礼いたします。○○大学法学部の五条ダンと申します。本日はどうか、宜しくお願い致します」
おおよそ、このようにして、K園芸の採用面接が始まった。
面接官は、K園芸の代表取締役社長である佐伯氏(仮名)だ。佐伯氏の隣には女性の社員も同席したが、彼女は終始一言も話さず、メモを取ることに専念していた。どうやら、書記係のようだ。
二メートルほどの間隔を開けて、ボクは用意された椅子に腰掛け、佐伯氏と対面した。(正確な距離感覚が掴めない。やたらと相手が遠かった記憶がある)
佐伯氏は、年は五十ほどだろうか。一言であらわすと、ホリエモンが眼鏡をかけたような人だった。黒髪はまだ若々しく、しかしカリスマ的な風貌も感じられ、どこか迸る威圧感があった。
このおじさん、できる――!! とボクは警戒した。
ところで、面接開始まで三十分ほど、(向かいの教室で行われた)珊瑚セミナーを聞いて暇つぶしをしていたため、ボクの頭の中は珊瑚で一杯だった。
サンゴ礁の白化現象のように、頭が真っ白になっていた。
事前に暗誦した、自己PRと志望動機――、えーと出だしは何だったっけ。
カルシウム化合物の種類には――、じゃなくって。
「はい、それでは、五分で自己紹介をお願いします」
佐伯氏が言った。
ボクはここで、パニックに陥った。
(続く)




