表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼっちの就活日記  作者: 五条ダン
プロローグ~人工精霊タルパ篇~
1/48

ソフトクリーム童女とボク

 2013年3月4日(月)晴れ



 世間では、就職活動の"中盤"に差し掛かったようだ。一方ボクは、今日はじめてネクタイを結んだ。

 鏡の前で、『ふぇぇ……ネクタイが結べないよぉ』と言ってみたものの、気持ち悪くて死にたくなった。


 ちなみにスーツは、大学の入学式のときにおばあさまが買ってくださったものだった。


「さて、就活するか」



 とりあえず、履歴書に貼るための証明写真を撮りにいかねばならない。

 Tポイントが残っていたので、ボクはジャスコに行き、カメラのキタムラで撮ってもらうことにした。


「あ、あの……」


「証明写真ですね。サイズはどうなさいますか?」


「あ、えーと……」


「3cm×4cmが一般的な面接用サイズとなっておりますが」


「あ、はい……」



 こんな感じで、ボクは店員との円滑なコミュニケーションを交わし、証明写真を手に入れた。

 家に帰ってから見返したら、ネクタイがうまく結べていなかったことに気がついた。

 写真のなかのボクは、だらしない笑みを浮かべてヨレヨレに曲がったネクタイを垂らしていた。

 うーん、格好を付けてダブルノットとかいうのにしたのがまずかったのかもしれない。


 しかし外観が悪いぶん、面接では内面の良さが輝くに違いなかった。



 履歴書に掌編小説を書いて遊んでいたら、電話がかかってきた。

 中学時代の友人からだ。「就活どう?」と聞かれたので、「ああ、五社内定決まったよ」と答えて電話を切った。



 家でごろごろしていると、母が「あら、就活に行ったんじゃなかったの?」と聞いてくるので、心配をかけてはいけないと思い「ああ、一社目は終わった。これから二社目だよ。あー、ほんと忙しいなあ」と渾身の演技をして、ボクはふたたび家を出た。



 さて、朝は証明写真を撮りに行ったわけだが、他にすることはあるのだろうか。

 しばらく思案したが、何も思いつかなかったので、ボクは近所の公園のベンチで日向ぼっこをすることにした。


 ただベンチに寝転がっているだけなのに、スーツを着ているだけで就職活動をしている気分になるのだからまったく不思議なものである。


 公園にはボクの他にもスーツの人がいた。

 くたびれたスーツを着たおじさんがブランコでゆらゆらしていたのだ。

 彼もまた、ボクと同じように就活中なのだろう。



 気がつくと、ボクの隣に女の子が座っている。

 いや、語弊があるか。

 正確にはベンチに寝そべっているボクのおなかの上に女の子が座っていた。


 小学生くらいの女の子は、何か白い物体をペロペロと舐めていた。

 おいしそうだ。

 たぶんそれは、ソフトクリームだと思うのだが、まだ寒い三月に公園でソフトクリームを舐める童女は珍しい存在だった。


「ねえ、おにいちゃん」


 少女はソフトクリームを舐めながら、ボクを見下ろして話しかけてきた。

 まったく行儀の悪い娘だ。


「なんだい」


「おにいちゃんは、お仕事しないの?」


「そうだなあ……」



 そうだなあ、と答えつつも、ボクは少女に"おにいちゃん"と呼ばれる喜びに震えていた。

 ふと、これは夢なんじゃないかと思えてきた。

 ボクはこんなところで何をやっているのだろう。死にたい。



「ねえ、おにいちゃんは死にたいの? 生きている価値なんてないもんね」


 背筋がぞくりとした。

 少女はソフトクリームのぺたぺたついた口でにやりと笑って舌なめずりした。


 なんだろう、とても嫌な予感がするのだ。

 ボクは本来ならば少女と運命の出会いを遂げ、これからラブコメハーレム展開になるはずだった。

 でも、これはまるで――。


「そ、そのソフトクリームおいしそうだね」


 ボクは話を逸らす作戦に出た。


 

「うん、とってもおいしいよ。オ……ンノ……シイ」


 少女は満面の笑みで言った。最後の言葉がなぜか聞き取りづらかった。


「えっ、なんて言ったんだ?」


「オニ……ノタ……シイ、おいしいよ」


「っ?」


「オニイチャンノタマシイ、おいしいよ」


「!?」


 

 少女はボクの肩にかぶりついた。

 ボクの身体から、白い光のようなものが吸い取られてゆくのが見えた。

 

 少女が舐めていたのは、ソフトクリームではなくボクの魂だったみたいだ。

 よりによってなぜボクなんだ。

 他にもっとおいしそうなやつがいるだろうに。


「く……苦しい」


「シンジャエ、シンジャエ」


「だ、誰か……」



 腕を空に向かって伸ばす。太陽には手が届きそうもない。内定には手が届きそうもない。

 頭が真っ白になった。


 ――刹那――


 ズーンとした痛みが額に轟いた。



「いてて……」


 目を覚ますと、ボクは地べたに頭をつけて倒れこんでいた。

 どうやら、眠っているときにベンチから転げ落ちたらしい。


「なんだ、夢か……」


 やっぱり、夢だったのだ。

 現実世界に、そうそう童女と戯れられるファンタジーがあるはずもない。


 ボクは、そのまま家に帰った。



「……さまから電話よー。早く来なさいー!」


 部屋でひとりかくれんぼをして遊んでいると、母が電話にボクを呼んだ。

 電話を代わる。

 相手はおばあさまだった。


「ダン君、あのねえ、明日のことなんだけどねえ」


「なんですか、おばあさま」


「明日ねえ、M化研株式会社にねえ、行って貰えるかしらあ」


「えっ、なな、なんですって?!」


 M化研株式会社は、誰もが耳にしたことのある大手医療薬メーカーだ。東証1部上場企業である。


「ごめんねえ、ダン君のことが心配で、おばあちゃんが代わりにエントリーしておいたの」


「なんということを……」



 おばあさまの話によれば、会社説明会が明日にあるので行って欲しいとのこと。

 ボクは電話を切るとすぐに、M化研の胃腸薬を一掴み取って、口の中へと放り込んだ。

 そして明日は急病で欠席するために、早々に眠りについたのであった。



(続く)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ