表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/25

第三章 編入生と切り裂き魔(前編)

日野塚通り魔殺人事件。

俺とマイラが別れた当日から起こり始めた殺人事件。事件から二ヶ月経った今も解決の見通しはおろか、犯人の手掛かりさえ発見できずにいる。しかも、初めは無差別な通り魔殺人かと思われていたが、犠牲者が増えるにつれて犯人の明確な目的が見えてきた。


現在、被害者は四人。そして、被害者の姓は全て『芝崎』。つまり、犯人の標的は明確に芝崎姓だけを狙っているということだ。


芝崎家はこの地方でもっとも栄えた名家だ。古き華族の家系で、初音の家はかなり序列の高いらしい。つまり、初音は結構なお嬢様だそうだ(とてもそうは見えないが)。それと、芝崎家は江戸の時代から明治六年の禁教令が発布するまで、隠れキリシタンを保護していた敬虔なキリスト教徒の家系だそうだ。


元華族だとか、クリスチャンだとかは、この際どうでもいい。訳のわからない異常者に、芝崎家が狙われている、ということが問題だ。芝崎、という理由だけで初音に害が及ぶ可能性があるかもしれないのだから。初音と付き合い出した俺にとって、この事件は無視できないものだった。


それに、何故かこの事件は気になるのだ。理由はわからないが、無視できない何かが、この事件にはあるような気がしてならない。

いつしか俺は探偵の真似事を始め、この事件を追うようになっていた。


「……ここが、昨日の事件現場か……」


昨日、新たな犠牲者が出た。俺は早朝ランニングのついでに、その殺人現場に寄った。


殺人現場は、日野塚第三教会。ブルーシートとテープで封鎖され、中の様子は窺えないが、殺人現場から察するに被害者は、牧師さんだろう。そして、おそらく芝崎の人間であることも間違いない。この町のキリスト教関連の施設には、全て芝崎家が関わっているといっても過言ではないのだから。


それにしても、すでに通り魔事件ではなくなっている。近いうちに、報道でも『芝崎家殺人事件』とでも言い換えられるかもしれない。

俺は詳しい話を聞くべく、教会前にいる警官に声を掛けた。



「すみません。聞きたいことがあるんスけど……」


「ん? あぁ、穂村の悪ガキじゃないか? どうした?」



俺は何度か警察のお世話になっているため、警官にも顔見知りが多い。まさか、そんなことが今になって役に立つとは思ってもみなかった。


「これって例の通り魔殺人、ッスよね?」


「ん……。一応、そういうことは言えないんだよ。大体、野次馬根性でこんな事件に首突っ込むな」

「頼んまスよ。俺の彼女が、その芝崎なんで。気になるんスよ」


「ん……、お前の彼女が、あの芝崎なのか……」


この事件が、芝崎家を狙ったものだということは、すでに周知のことだ。

ここで俺が芝崎の子と付き合っていると言えば(まぁ、実際付き合っているし……)、警官も事情を汲み取って話してくれるだろう。



「……ん~、まぁ、そういうことなら特別だぞ。絶対に言い触らすなよ。

 お前の推察どおり、殺されたのはまた芝崎家の人間だよ。ガイシャは、芝崎九郎。この教会の牧師だ。芝崎家の中では序列は低いんだが、牧師ってことでかなり優遇されていたらしい。まぁ、芝崎家は序列を重要視するらしいんだが、成果を出せる者には抜擢や優遇もあるようだな。芝崎九郎も、実力で本家から認められた者の一人だそうだ」


「そういえば、初音も前に言ってたな。序列が高くても、実力がないと見限られるって……」



古臭い慣習があるくせに実力主義って、矛盾しているような気がするな……。まぁ、どうせ他人の家のことだし、気にすることもないか……。


「それとな……、この事件、もしかしたら今までの事件とは関わりがないかもしれないんだ」


「は? どういうことッスか?」


「前の三件は、背後から鋭利な刃物で刺し殺しただけの大人しいものだったんだがな……、今回はちょっと毛色が違う。まぁ、中を見せる訳にはいかないんだが、遺体はかなりズタボロにやられててな。多分、凶器は今までの事件とは全くの別物だってのが、素人目でも簡単にわかる。それに、激しく争った形跡もあってな……。一筋縄にいかない事件だよ……」


どういうことなんだ……?

この教会の事件は、今までの通り魔事件と違うのか……?


殺されたのは確かに芝崎家の人間だが、殺しの手口があまりに違う。もしかしたら、全く別の人間の犯行かもしれないが、この期に及んで別人がこんなことを起こすとは考え辛い。おそらく同一犯だろうと思う。だとしたら、何故手口を変えるのだろう?


もしかしたら、犯人側の都合が変わったのかのか……?


「まぁ、本官が言えることはここまでだ。ほら、行った行った」


くそッ、結局余計に混乱したな……。


「いろいろ教えてくれてありがとうございやした」

「まぁ、彼女を守ってやれよ。あと、もう二度と警察の世話になるようなことをするな」


「へい。その辺は骨身に染みてるッスから、安心してくだせぇ!」


初音は俺の命に代えても守ってみせる。ようやく取り戻した幸せなんだ。こんな訳のわからない殺人鬼なんかに奪われてなるものか。

それに、警察の世話になるようなことも金輪際ない。俺はもう更正した。マイラとの過ごした思い出を否定するようなことは絶対にしない。


「じゃあ、失礼しやす」


俺は警官に一礼をし、殺人現場に背を向け、ランニングの続きを始めた。

その時、視界の片隅に一人の少女の姿が映った。その少女は、じっと俺のことを窺うような目で見つめていた。いや、それは少し言い過ぎた表現かもしれない。ただ俺の姿を見かけただけなのかもしれない。



「あいつは……」



俺はあの少女の名を知っている。

彼女は、逢瀬美夜。今年度から犬神学園に編入し、現在は俺と同じ二年D組のクラスメイトだ。そして、今ではマイラの友人の一人となっている。

そんな彼女が何故こんな場所にいて、俺のことを見ているのだろうか。俺は彼女を見つめながらそんな疑問を思った。しかし、逢瀬美夜は俺の視線に気付くと、十字路の向こうへと消えていった。











ランニングから戻ると、美味しそうな味噌汁の香りが鼻をくすぐった。

恋人宣言をしてから、初音は毎日朝飯を作りに来ている。例の通り魔事件があるので、来なくてもいい、と言っているのだが、全く聞く耳を持たない。早朝ランニングの時間を早くして彼女を迎えに行くべきなのかもしれない、とも考え始めていた。しかし、それはあまりに図々しいような気がして、なかなか実行する気にはなれなかった。


それに、俺は初音の糞親父とは相性が悪い。それはもう恐ろしく悪い。できることなら、わざわざ迎えに行って遭遇するなんてことは避けたかった。



「おかえりなさい、慎さん~」


「おう、ただいま」


「慎さん、今日のお弁当は慎さんの激辛麻婆茄子ですよ」

「そりゃ楽しみだ」



初音が作ってくれる料理は、本当に俺の好みを射ている。初音は辛党なので、マイラの時のように飯で喧嘩することもなかった。


「じゃ、シャワー浴びるわ」


俺はバスルームに入り、バンダナを外した。

このバンダナは、マイラから貰ったものだった。ランニング時には必ず着けているのだが、そろそろ捨てようかと考えていた。もう未練は振り切らないと、初音に申し訳がないからだ。


思い切って今、捨てちまおうか……。


「………………」


……ぐっ、意気地がないな、俺……。こんなだから、初音にはヘタレ扱いされるんだな……。


バンダナを棚に置き、俺は熱いシャワーを浴びに行った。

もっとしっかりしないと、マイラにも馬鹿にされちまうな……。

カラスの行水を済ませ、さっさと髪を整えると、俺は食卓へと急いだ。初音と付き合い出してから、朝飯が俺の楽しみの一つとなっていた。


「初音、今日の朝飯は?」


「鯵の開きとウチで漬けてきた漬物、それと大根の味噌汁です。後は昨日の残りの肉じゃがですよ」

「お前の家の漬物か。あれ、美味いよなぁ」


「そりゃ、先祖伝来の製法を継いでますからね~。美味しくて当然です!」


初音はただの腹黑小娘のように見えて、意外に万能少女だった。

頭脳明晰で、わざわざ犬神学園のような普通の高校ではなく、県内一の進学校にも進める成績を有している。運動神経は並の男では太刀打ちができないほどのものがあり(野球部全員を下僕にした経歴あり)、居合いの腕前は達人並だとか。もちろん、炊事洗濯は完璧にこなし、華道や茶道も文句のない腕前らしい。


ただの口喧しい小娘のように見えて、実は凄い少女なのだ。特に居合いの技を見せられてからは、二度と喧嘩はするまいと誓った(まぁ、その三日後にその誓いは破られたが)。初音の奴、刀を握るとまるで別人みたいに目付きが変わり、かなり怖い。


それにしても、何故俺が付き合う女は、こうも俺より強くて恐ろしい奴ばかりなのだろうか。マイラにも喧嘩やスポーツで勝てた試しはなかった。


……ちなみに、俺が弱いとか、運動神経がない、とかではない。これでも体育の成績だけはずっと最高評価を取り続けてきた(授業をサボっていない時期に限るが)。マラソン大会では本命陸上部を押さえて優勝した経験もある。マイラや初音の運動能力が異常なのだ。



「あっ、慎さん。悪いんですけど、今日からは一緒に帰れなくなりました」

「ん? 何でだ?」


「逢瀬先輩に剣を教えてくれって頼まれまして……、その、断れなくて……。居合い部に入部することになっちゃったんです」



居合い部なんて、ウチの学園にあったのか……。


まぁ、ウチの高校は運動系の部活に特に力を入れているからな。そういうマイナーな部活があっても不思議ではない。実際、学園七不思議の一つに、部員が誰もいないのに廃部にならない運動部ってのがある。ちなみに、情報源はマイラの友人だ。


それより、今気になる奴の名前が聞こえたな。



「逢瀬先輩って……、もしかして、逢瀬美夜か?」


「はい、そうです。同じクラスのはずですよね?」

「まぁ、な……」



ついさっき見かけた、と言おうかと思ったが、止めた。こんな朝っぱらから、逢瀬を見かけたなど、彼女の視点から見ればかなり不審に思えるだろう。初音はマイラ以上に嫉妬深いので、余計な火種は起こさない方がいい。


「あいつ、居合い部に入ったのか? 似合わねぇな……。っていうか、想像できねぇ」


逢瀬美夜を一言で表すなら、チビッコだ。とにかく小さくて、とても高校生とは思えない。よくて中学生、悪くて小学生ってところだ。しかも、かなりの天然でお世辞にも運動神経が良さそうには見えなかった。


「まぁ、ぶっちゃけ、技術も実力も全然駄目ですし、才能の欠片も見当たりません。あそこまで見込みのない人は、滅多にいないでしょうね。おまけに使ってる刀も彼女には分不相応です。チビっこのくせに三尺近い長刀使おうなんておこがましいにも程があります」


ひ、酷ぇ……、そこまで言うか……。


「……でも、あの意気込みは半端じゃないです。正直、あそこまで意志の強い人を、私は初めて見ました」


「……悪いが、想像できないな」


俺の逢瀬美夜の印象は、一人じゃ寂しくて死んじゃうウサギみたいな奴、だ。とても意志が強いようには見えない。悪口の一つでも言ったら、すぐに泣き出しそうなチビッコだ。


「わかりますよ、その気持ち。私もそうでしたし」

「まぁ、それで、あのチビッコ逢瀬に剣を教えることになったのか?」


俺の言葉に、初音は申し訳なさそうに頷いた。


「はい……。ごめんなさい……。わざわざ私を心配して、毎日送ってくれてるのに……」


「阿保、物騒な殺人鬼がいるんだぞ。放っておけるか。今日も部活終わるまで待っててやるよ。彼女を守るのは彼氏の役目だろう?」


「慎さん……」


初音は感極まったように目を潤ませた。

初音は恋人扱いされるのに弱い。今まで散々な扱いばかりだったから、嬉しいやら恥ずかしいやら、いろいろ戸惑っているのだろう。


「ほら、そろそろ出るぞ」

「はい!」











それにしても、あのチビッコ転校生が居合いをやってるとはねぇ……。


昼休み。俺は弁当(初音特製)を食いながら、逢瀬美夜の姿を目で追っていた。彼女には悪いが、居合いどころか、刀さえ似合わないような感じだ。



「チビッコ、確保~」


「うにゃあ~、止めてください、マイちゃん~」



あぁ、ちなみに「チビッコ、確保~」と言って逢瀬にじゃれ付いているのは、マイラだ。マイラは最近逢瀬を玩具にして遊ぶことが多い。というか、逢瀬はいろいろな人間にいじられている。まぁ、誰からも愛されるタイプといえば聞こえはいいが、単純にからかい甲斐があるだけのような気もしないでもない。


逢瀬と友達になってから、マイラは随分と明るくなった気がする。俺と別れたばかりの二月三月の時期はかなり暗い雰囲気だったが、逢瀬と友達になってからは以前の暗い雰囲気を全く見せていない。


そういう意味では、逢瀬に感謝したい気分だ。

……まぁ、もう俺はマイラの彼氏でも何でもないんだけどな……。



「美夜~、誰がワンコみたいだって? ん~? あんたなんかただのチビッコじゃない? えぇ~?」


「うぅ~、チビッコじゃないです! チビって言う方がチビなんです!」



まるでじゃれ合うワンコとニャンコだな……。喧嘩のレベルが非常に低レベルだ。それと、チビと言ったからといっても相手がチビとは限らないだろう。



「ちょ、ちょっと、マイラも美夜も喧嘩はよくな……」


「うっさい、沙雪! これは私のプライドの問題なの! よりもよって、このチビッコは、私のことをワンコ扱いして~」


「マイちゃんだって私のこと、チビッコ扱いしました! しかも、朝から合わせて一〇回以上はチビって言いました! 酷いです!」



マイラは犬扱いされるとすぐ怒るが、逢瀬はチビと言われるとすぐ怒るらしい。


あの気弱な沙雪では止められないだろうな。沙雪は俺とマイラの喧嘩した時も止めにきていたが、一度も止められたことはなかった。しかし、彼女のおかげで仲直りできたことも多かった。



「久里~。お願い、二人を止めて……」


「え~、ボクが……? 全く、仕方ないなぁ」



おっ、出るか、鬼の久里子。

口先でも腕尽くでも、誰も勝てない無敵お嬢様。見た目は深窓の令嬢を思わせるのに、その実態は鬼か悪魔か、修羅か羅刹か。以前、躊躇なく股間を蹴られた覚えがある。その日は一日中保健室のベッドの上だった。


とにかく、久里子に勝てる奴なんて、マイラか初音くらいだろう。まぁ、今回みたいなつまらない喧嘩なら簡単に止めてくれるはず。



「はいはい、ワンコ&チビッコ、喧嘩ストーップ!」


「誰がワンコよ!」「チビッコって言わないでください!」


「やかましい!!」



久里子は二人の頭をぐいっと引っ掴むと、ガツン、と凄まじい音が出るぐらいにぶつけた。その動作には一片の容赦も躊躇もなく、渾身の力を込めてやがった。


……だ、大丈夫か、マイラも逢瀬も……。ピクリとも動かないが、気絶しただけだよな……?


久里子は気絶した二人の襟元を掴むと、億劫そうに二人を保健室へ引き摺っていった。沙雪はあまりのことにしばらく呆けていたが、正気を取り戻すと久里子を追っていった。



「……相変わらずおっそろしい奴だな。あのマロン野郎は……」



姦しい四人組が去り、俺は友人の(じん)に声を掛けた。


「……あぁ」


素っ気ない返事で返す仁。

別に機嫌が悪いとか、疲れているとか、そういう訳ではない。仁はとにかく寡黙で口数が異常に少ない。相槌を打つだけ今日はマシな方だ。普段から愛想など欠片もない奴で、いろいろ余計な誤解を招いてしまう奴なのだ。おまけに、右頬と左目辺りに凄まじい傷跡があり(それがなけりゃ、かなり美形の部類に入るんだが)、人を威圧する雰囲気が滲み出ている。


それと、仁はマイラの再従弟で、イギリス人のハーフだ。彼と知り合うキッカケもマイラだった。


この無愛想野郎と話す奴なんざ、俺かマイラ(沙雪と久里子も、マイラと一緒の時は話したりする)くらいだろう。あとは、誰に対しても人当たりのいい逢瀬くらいだ。



「それにしても、面白い奴だよな、あの逢瀬って奴」


「……あぁ。いつの間にかクラスの中心になってるからな……。不思議な奴だ……」



おぉ、こいつが相槌以外のセリフ吐くなんて珍しいな。

もしかして、こいつ、逢瀬のことかなり気に入ってるのか……?


「クラスの中心っていうか、クラスの愛玩動物っていう感じだけどな?」

「……そうだな」


逢瀬はちっこいくせに人の目を引く不思議な魅力がある。彼女自身の人懐っこい性格なのか、それとも親しみやすいキャラクター性なのかはわからないが、人に注目されやすい。いつの間にかクラス委員に抜擢されていた(担任の徳島の指名)。


まぁ、忙しく働き回る様子なんかは、見ていて面白いものがある。何というか、小学校の頃にクラスで飼っていた愛玩動物みたいな感じか……?


「あぁ、そういや、初音から聞いたんだけど、あいつって居合い部らしいぞ」

「……知ってる」


「知ってる? 何でお前がそんなことを?」


「……俺も、美夜と芝崎に居合い部に引き込まれた……」


ほぉ~、美夜、ですかぁ~?

これはこれは、とっても面白いねぇ。俺やマイラが名前で呼び捨てにされるのはわかるが、どうして転校してきたばかりの逢瀬を呼び捨てにするのかね? ちょっと、さっきの推理が冗談じゃなくなってきたかもしれないな。



「へぇ~、お前がぁ? ふ~ん」

「……何だ、その笑いは?」


「いやいや、仁君は『美夜ちゃん』のために、わっざわざ部活に入ったりするのかぁ~。随分と優しくなったなぁ? ん~?」



仁は珍しく、本当に珍しく気まずそうな顔になった。仁が表情変化を起こすなんて、かなりレアだ。一ヶ月に一度見られるか見られないかくらいの珍事だ。


「……別に美夜のためでは……」

「美・夜~? 随分と親しげだな? そういや、逢瀬もお前のこと、仁君❤って呼ぶよな? そのへんどうなん?」


「…………」


おぉ、怒ってる怒ってる。元の顔が大分人相悪いから、かなり迫力がある。しかし、俺には通用しない。厳つい野郎の面は見慣れているからな。初音の親父とか、最高に悪人面だ。


それにしても、仁がこんなに感情をあらわにするなんて明日は槍でも振るんじゃないか? それとも、仁にこんな感情を引き出させた逢瀬が凄いのか?

どっちにしても、興味深い奴だな、逢瀬は……。



「あははは! お前にも春が来るなんてな。応援してやるよ」


「……………………」



ぉお~……、マジで殺気立ってやがる……。

け、結構怖いな……。そろそろこのネタでからかうの止めよう。爆発寸前の危険状態だ。こいつに限ってないだろうが、我を忘れて殴り掛かってきたりするかもしれないし。

ぶっちゃけ、仁とガチなんてゾッとしねぇからな……。



「ま、まぁ、冗談はさておき、だ……。あの事件に、新たな犠牲者が出たの、知ってるだろう?」



仁はボーっとしているようで意外に情報には敏感だ。どうしてこの人付き合いの悪い朴念仁がこんなにも情報収集能力があるのかは疑問だが、その情報の信頼度はかなりのものだ。今まで間違ったことを教えられたことは一度もない。


この連続通り魔殺人事件についての情報も、半分は仁から伝え聞いたものだ。



「……あぁ。昨日、第三教会の牧師が殺されたな」


「今日、ランニングのついでに現場に行って、知り合いの警官に聞いたんだけど、今回の事件は今までの通り魔事件とやり方がずいぶん違うらしいんだ」


「……らしいな。だが、これは同一犯で間違いない……」


仁は迷わず、一連の事件は同一犯である、と断言した。

これまで三件の事件は同一犯と見て問題ないだろう。犯行時刻や場所、手法などがほぼ同一で、尚且つ被害者に、芝崎、という共通点があった。


しかし、教会の事件はあまりに毛色が違う。屋内で犯行が行われ、激しく争った形跡があった。遺体も酷く損傷されていたらしく、凶器も今までの事件に用いられたものと違う。



「……二人目を殺されて以来、芝崎家の警戒レベルはかなり上がっている。特に序列の高い家の警戒レベルは、かなりのものだ」


「だけど、初音なんか一人でウチに来ているぞ?」


「……そんな訳ないだろう。送りは車。昼夜を問わずSPが監視。これぐらいされているはずだ」



まぁ、あれでお嬢様だからな、あいつ……。影でそれぐらいされていても不思議ではないか。というか、この物騒なご時世に一人で出歩くほど馬鹿ではないか。



「一体、この事件の犯人は何者なんだ? 芝崎家に恨みがある奴ってことは間違いないんだろうけど……」


「……芝崎家に恨みを持つ者など、吐いて捨てるほどいる。それに、あれだけ巨大な影響力のある一族だ。恨みがなくとも、命を狙われることも多い。

 殺された者達は、芝崎家の中でも序列の高く、実力の認められた芝崎家の中枢となる人物ばかりだ。彼等も何度か修羅場を潜った猛者であるにも拘らず、殺された。犯人は相当の手練れに違いない。芝崎家全体の警戒が強まったため、殺り方を変えてきたんだろう」



つまり、初めから、ただの通り魔ではない、と芝崎家は判断していたのか。

それにしても、仁が気になることを言ったな。殺されたのは序列の高い者ばかり、と。初音は確か、かなり序列の高い家柄だったはずだ。あいつに害が及ぶ可能性は、やはり高いのだろうか。


「……仁、初音の家って芝崎家でもかなり序列が高いんだよな?」


「……あぁ、序列二位だからな。分家筋ではもっとも高い」

「な、何!?」


それじゃあ、あいつってマジで相当なお嬢様じゃねぇか! あの芝崎家の中で序列二位の家柄って、相当なもんだろう……。


「……だが、安心しろ、慎。いくらこの犯人でも、芝崎初音は簡単に殺せないだろう」


「何でだよ?」


「……慎、お前は知らないだろうが、芝崎初音の実力は武芸に富んだ者の多い芝崎家においてもずば抜けている。百年に一人の逸材とも言われているほどだ」


まさか初音がそこまでの実力者だったとは初耳だった。確かに以前に見せてもらった居合いの技は凄かった。いともたやすく鉄パイプを一刀両断にしていた。



「……それに、芝崎初音自身の実力に加え、腕利きのSPが数人、彼女の身辺警護をしているはずだ。いくら犯人が相当の手練れだろうと簡単には殺れないだろう」


「そんなんじゃ、俺が気を使う必要なんてないのかもな……」


「……そうだな。足手纏いがいいところだろう」

「ぐっ……」



普段無口なくせに、嫌なことははっきり言う奴だな……。

だが、事実だろうな。実際、剣の腕がなくても初音は俺より強いからな……。



「……だが、芝崎はお前と一緒にいたがっている。本当はお前の家に行くことも反対されているらしいが、それでも芝崎は反対を押し切って、お前の家に行っている。……芝崎は、本当にお前のことが好きなんだろうな」


「……あぁ、わかっているよ……」



初音の想いはよくわかっている。

俺も初音の想いに応えようと頑張っているが、まだまだ初音の想いに届いていないだろう。初音の真っ直ぐな想いに応えられるだけの想いは、まだ俺の中にない。


だけど、いつかきっと応えてみせる。

マイラを愛していた時のように、限りない想いを初音に向けてみせる。そうしないと、いけないんだ。






つづく


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ