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第二章 マイラ(後編)


――一週間後


今でも手に残っている。あの肉を切り裂く感触、砕け散る骨の感触、生温い血の感触。その全てが忌まわしい記憶の断片。しかし、それは消せない過去、消せない罪。


私の手は、血に塗れてしまった。

……これ以上は、もう思い出したくない。


とにかく、私は芝崎家の人間を一人殺した。しかし、まだ一人目だ。芝崎家は、日野塚市全体に影響力を持つ組織の古株。市中でも特に、私達が住まう園崎地域は、本家が所在しており、芝崎家の総本山とも言うべき場所。そこで身内が一人、しかも組織に深部に関わる人間が殺されたのだ。今、どのような事態になっているかは、わざわざ説明するまでもないだろう。


終焉はまだ遠い。私が殺さなければならない人間は、まだ腐るほどいる。それら全てを殺し尽くすまで、私は生き延びられるのだろうか。



「……ねぇ、マイラ? マイラ?」


「えっ? 何? ごめん、聞いてなかった……」



つい考え事に没頭してしまい、友人達の話を全く聞いてなかった。

私は今、いつものように友人達と学校の屋上で昼食を食べていた。私があまりにボーっとしていたため、友人達が心配そうに私を見ていた。



友人の名は、沙雪と久里子。モデル並の魅惑ボディーのくせにどこか自信がなく気弱なのが、沙雪。見た目気弱そうなのに中身は豪胆でとてつもなく強かなのが、久里子。容姿と性格が逆になっているが、その辺りのギャップが好きでいつも一緒にいる。


犬神学園の屋上は一般開放されており、昼休みは私達のように屋上で昼食をとる者が多い。また、バスケコートも完備されており、遊びに来るものも多い。慎もよくバスケをするため屋上に上がってくることがあった。もっとも当分来ることもないだろうが。



「……また、慎君のこと考えてた?」

「く、久里子……」



私と慎が別れたことは、すでに校内中の噂になっていた。元々私と慎は校内では有名だったし、意図してそういう噂を流されるような行動をした。友人達には、直接そのことを話していないが、私達のことはすでに聞き及んでいるだろう。



「……別に。私と慎はもう赤の他人だし、あいつのことを考える必要なんてないじゃん」



嘘だ。慎のことを忘れられるはずがない。付き合っている頃よりも、別れた今の方がよほど慎のことを考えている時間が長い。


「嘘だよ。だったら、何でいつも慎君がバスケしてたコートばっかり見てたの? 噂じゃ、マイラが振ったってことになってるけど、本当は違うんじゃない? だって、慎君、マイラと別れた翌日からあの幼馴染の子と一緒に通学してるみたいだし」


「何が言いたいの、久里子?」


久里子、スイッチオンか……。彼女は一度スイッチが入ると、容赦というものが一切ない。


「ちょっと、マイラ、久里子……」


沙雪はオロオロとしながらも、私と久里子の仲裁に入ろうとした。しかし、気弱な彼女では、私達を止めることなどできるはずもなかった。



「慎君、浮気してたんじゃない? それで、マイラ……」


「違うわよ!」



それはないはず。確かに慎は初音に甘くて、それが大分腹立たしかったけど、浮気はしてないはず。うん、多分……。……じ、自信はないけど。


「どうかな? だったら、どうしてそんなにムキになるのかな? 変じゃない? ううん、変だよ。それとも、もしかしたら元々慎君に対して潜在的にそういう不満があったのかもしれないね?」


「ぐっ……」


的確に私の心理を読み、一番痛いところを突いてくる。無意識に急所を突いてくる初音と違い、久里子は意図的に私の急所を狙ってきている。スイッチの入った久里子を相手に、舌戦ではいささか分が悪過ぎた。


「もし、そんな理由でマイラが傷付いたっていうんなら、ボクは慎君を許さないよ。引き摺ってでもマイラに謝らせてやるから。マイラがこんなにも辛い想いをしているのに、あの男は……」


久里子の言葉は厳しかった。しかし、その厳しさは私のことを思ってくれたから。

いい友達だ。こんな私なんかのために本気で怒ってくれて、悲しんでくれて。本当にいい友達だ。



「久里子、止めて……。お願いだから……」



でも、それでも慎を卑下するような言葉は止めて欲しい。



「悪いのは、私なの。私が、慎の他に好きな人ができたから……、勝手に振ったの……」



慎は悪くない。悪いのは、全て私だ。

だから、汚名は全て私が被らなければならない。血と罪に塗れた私には、惨めでみすぼらしい汚名こそ、相応しいのだ。



「……嘘だよ。だったら、そんな未練のある顔をしないよ」



久里子は強い。普通なら、こんなに惨めな顔をしている私に、そんなことを言えない。


久里子は、私が傷付くとわかっていても、正しい道に導こうとしている。私なんかのために、汚れ役をやってくれる。それが、本当に嬉しい。



「……お願い。そういうことにして」


「…………」



私の言葉に、久里子は二の句を失ってしまった。

彼女なら、私を問い詰めるくらいの言葉くらい思い付いているだろう。しかし、久里子はもう何も言えなくなった。私がこれ以上傷付かぬよう、配慮してくれた。


「久里、もういいでしょ? もうこの話題は止めよう。マイラにとっても、私達にとってもいいことなんて何もないんだから……。ね?」


先ほどまでオロオロとしていた沙雪が、私と久里子の肩を叩いて取り繕うように微笑んだ。そのぎこちない笑いで、私も久里子も気持ちが落ち着いた。


沙雪はいつも私達の間を取り持ってくれる。私と久里子の喧嘩だけでなく、慎との喧嘩なども何度か取り持ってくれた。


こういう険悪なムードではオロオロすることしかできないが、いつも最後まで諦めずに場を取り持ってくれるのが沙雪だ。今回の件も裏で彼女が、慎との復縁のために奔走していてくれたことを、私は知っている。沙雪にも、本当に感謝している。



「忘れよう。きっと、それが一番いい……」



沙雪の意見は、逃避だ。問題から目を背け、残酷な真実から逃げているだけに過ぎない。

しかし、今の私達にできる最善は、その逃避しかなかった。

悲しい。なんて悲しいのだろう。しかし、全ては私が招いたこと悲劇なのだ。私自らの意志で、この残酷で悲しい道を選んでしまったのだ。











――二ヵ月後


そして、季節は巡り、春が訪れた。

昔の私ならば、萌える若草の香りに心安らぎ、陽気の温もりに心踊っただろう。しかし、どれほど温かな陽気に包まれようとも、私の心は未だに凍えるような冬が続いている。おそらく血と罪に塗れた私の心に、再び春が訪れることは永遠にないだろう。


失ったものはあまりにも多く、これから取り戻せるものもないだろう。だが、それでも私は咎人の道を進まなければいけないのだ。


今日は四月十日、入学式。あの芝崎初音が犬神学園に入学する日。


慎と初音が付き合っていることは、すでに公然の事実だった。今日も授業をサボって、彼女の入学を祝いに行っている。私の知っている慎は、わざわざ授業をサボってまで入学祝に行くような殊勝ではなかった。


今の慎は、すでに私の知っている慎ではなくなっている。

……大丈夫、私は大丈夫。もう苦しみも悲しみも、何も感じない。



「……それで、わざわざこんな場所に呼び出して、何の用?」



私はある人物に呼び出され、授業をサボって屋上に上がっていた。できることなら、学校では会いたくない人物であったが、私は逆らえる立場ではなかった。


重い鉄扉を開き、屋上に出た。屋上は遮蔽物がなく見通しがよいので、その人物をすぐに見つけられた。フェンスに背を預け、私の来訪を待っていた。バスケットコートとベンチがいくつあるだけの屋上は今、私と私を呼び出した人物の二人しかいなかった。



「わざわざ呼び出して悪かったなぁ、大神?」


「心にもないことを……」



彼は、沼影敦盛。私に隠匿された真実を教え、闇に引き込んだ張本人だ。

 もちろん最初は、こんな怪しげな奴の言葉など信じていなかった。しかし、数々の証拠を見せ付けられ、私自身の手で組織のライブラリを検索した結果、彼の言葉が認めがたい最悪なものであっても、真実であると認めるしかなかった。


私達は利害の一致から手を組むことにした。しかし、それは組織に対する裏切りだった。


沼影の所属する組織は、『黒の派閥』と言う。元は白の派閥と袂同じく、清流会から派生した組織だったが、己が欲望のために道を踏み外した連中だ。ここ数十年間で抗争が激化し、禍根は尽きない関係だった。



「そう釣れないことを言わないでくれよ。僕達は仲間だろう?」


「……仲間、ねぇ。一方的に手駒にされている気がしてならないんだけど?」



私が殺した人間の数はすでに三人。もう白の派閥も裏切り者の可能性を視野に入れているだろう。いや、すでに私は疑われている頃だ。


「自分にしてほしいことは他の人にするものだ。それが法律であり預言者なんだよ。

 まぁ、こちらとしても、お前が信頼に足るか慎重になってたのさ。だが、喜べ。お前の働きを、上の連中は評価してくれた。これからは黒の派閥が責任を持って、お前をバックアップしよう。僕達は、晴れて仲間になったんだ」


「…………」


なるほど、堂々と学校で接触して来たと思ったら、そういうことか。これで正式に私は、『裏切り者』となった訳だ。

しかし、黒の派閥の一員となれたことは、私の宿命を達成するに必要なことだ。仲間と認められたことは喜ぶべきことだ。しかし、全く嬉しくない。所詮、罪によって得られた報酬だ。求めていたものとはいえ、素直に喜ぶべきではないのだろう。


「今度は僕達が信頼を見せる番だ」

「へぇ? じゃあ、だったら今すぐにでも奴等のところに……」


「慌てるな。前にも言っただろう。奴等に挑むのは、そう簡単にいかない。僕やお前だけでどうにかなる問題ではないんだよ。何事にも定まった時期がるものだ」


「ちぇ……。先はまだまだ長いか……」


私と沼影にとっての共通の敵は、あまりに強大だった。どれほど憎かろうとも、簡単に手を出せる相手ではないのだ。



「だが、これで確実に一歩進む。受け取れ、大神」



沼影はそう言うと、私に向かって何かを放り投げてきた。

普通の人間の動体視力なら、飛んでくる何かの正体はわからなかっただろう。しかし、私の目は、それの正体をはっきりと見極めた。


だから、避けた。


沼影から抛られた物は、甲高い音と立てながら転がっていった。もしかしたら、少し傷が付いたかもしれない。だとすると、少し勿体ない気もする。


「って、おい!? 避けんなよ!?」

「あんたから貰う指輪なんて、怖気がするわ」


「心底嫌そうな顔すんなよ! ちょっと凹むだろうが!」


沼影が私に向かって投げた物は、真鍮の指輪だった。

慎以外の男から指輪を貰うなんて、私の本能が受け付けない。それも、相手が沼影敦盛と言うなら、なおのことだ。反吐が出る。全身全霊で拒絶したい。


「お前なぁ! この期に及んで、ただの指輪を渡す訳がないだろうが!」


「……え~、でも、あんたから貰う指輪ってだけで拒絶反応が……」


「ぐぉぉ……。泣きたくなるようなこと言うな! 黙って受け取れ!」


沼影は男としてのプライドを酷く傷付けられたようだが、私の知ったことではない。むしろ、清々するのでしばらく凹んでいて欲しいくらいだ。

心底嫌だったが、私は仕方なく先ほど投げられた指輪を拾った。その瞬間、目の前が真っ黒に塗り潰された。


…………ォ……ロ……セ……。



「……ぅう……、あァアあァァアあァ……? な、何、これはァァ……?」



指輪から得体の知れない何かが、私の心に押し寄せてきた。

得体のしれない何かはまるで蛇のように私の心に入り込み、猛毒の牙を突き立てた。全身に毒が回るかのごとく得体のしれない何かは私の心を塗り潰していった。



……ドウシテ私ダケガ苦シマナクチャイケナイドウシテ私ガ悲シマナケレバナラナイ私ガ一体何ヲシタト言ウノダ私ダケガ大切ナ人ヲ失イ人殺シヲシナケレバナラナイノダアノ忌々シイ芝崎ノ小娘ガ慎ノ隣ニイルコトヲ許サレテイルノニ何故私ハ血塗レニナッテイル……。



これは、悪意だ。あまねく世界の全てを否定するような絶対悪。そんな凄まじい悪意の奔流が、指輪から私に注ぎ込まれるのを感じた。あらゆるものを妬み、憎みたくなる負の衝動が、私の心を塗り潰していった。



「意志を強く持て、大神。じゃなきゃ、そいつに喰われるぞ」


「……ッ!?」



沼影の声で正気を取り戻した私は、慌てて指輪から手を離した。

一体、この得体の知れない指輪は何なのだろうか。まともな物ではないことは確かだ。下手をすれば、精神を崩壊するところだった。



「何、これ……?」


「まぁ、睨むなよ。確かにろくでもない物だが、必ず役に立つ物だ」



沼影は不敵な笑みを浮かべ(正直、気持ち悪い)、得体の知れない指輪を拾い上げた。



「こいつは、『狼王の遺産』だ」


「お、『狼王の遺産』!? ちょっと待って、狼王って、あの狼王ロボ? あれって実在しないしなんじゃなかった?」



狼王ロボ。博物学者アーネスト・トンプリン・シートンの著書に登場する賢き狼。


十九世紀末、狼王ロボはニューメキシコ州の牧場で猛威を揮っていた狼の群れを束ねていた。悪魔が知恵を授けたと言われるほどに賢く、あらゆる罠を掻い潜って腕利きのハンター達でさえ捕まえることが出来なかった。


そこで牧場主は、野生動物の生態に詳しい博物学者アーネスト・トンプリン・シートンの助力を頼む。シートンは狼王の妻ブランカを捕獲し、伴侶を奪われて冷静さを欠いた狼王ロボを罠に捕らえた。しかし、狼王ロボを捕らえた時には、すでにブランカは息絶えており、かつての荒々しさを失ってしまった。


その後、捕らえられた狼王ロボは与えられた水や食料には一切口にせずに餓死した。シートンはその誇り高き狼王ロボの最期に敬意を表し、自身の卑劣さを恥じたという。


ただし、この話はシートンの狼狩りの体験談を統合して生まれた創作と言われている。少なくても、多少の誇張がなければ、あそこまで賢い狼が存在するとは思えないからだ。



「そうだな。だが、人々は偉大なる狼王ロボの存在を信じた……」

「……まさか」


「信仰こそが全ての幻想の根源となる。あらゆる魔術の始まりは、信仰から生まれた。そして、多くの人が信じた狼王ロボの幻想が具現化した。しかし、幻想種として生まれた狼王ロボは再び人間に討たれることになった。幻想種、狼王ロボは殺される寸前、人間達の憎悪を形にした武器を残した。それこそが『狼王の遺産』だ。

 こいつは指輪の形をしているが、人間以外の者の魔力を吸収すると武器の形になる。現在、黒の派閥でも狼王の遺産の研究は進められているが、ほとんど解析不能と言うのが実情だ」


「……なるほど、確かに今の私にもっとも必要な物かもね……」



偉大なる狼王が残した憎悪の遺産。

人間への復讐のために生まれた武器こそ私に相応しいかもしれない。

狼王ロボ、誇り高き人狼の末裔としてお願い申し上げます。私に一族の仇を討つための御力を与えください。


「求めよ、さらば与えられんって奴だな。それは今のお前に与えられた悪魔からの贈り物だ。

 その狼王の遺産は僕等黒の派閥にとっても重要な宝具だ。これをお前に渡すという意味、わかるな?」


「……信頼されたってこと?」


「まぁ、好意的に見ればな。だが、知ってのとおり、狼王の遺産は使用者に災いを招くと言われている呪われた品だ。誰も使いたがらない。しかし、研究のためには、実際に使用したデータが欲しい」


「……あぁ、つまりは実験動物扱いってことね」


どうやら黒の派閥にとって、私はただの使い捨ての駒らしい。魔具を持ち逃げしない程度の信頼が置け、なおかつ魔具の災いで狂っても死んでも構わないような便利な駒。


いいさ、利用したければ好きなだけ利用すればいい。私も黒の派閥を利用してやるつもりだったのだから。


「悪く思うなよ。互いに利用し合うのが、ウチのモットーだからな」

「嫌なモットーね……」


沼影の顔を見ているのがウンザリしてきた私は、彼に背を向けた。

屋上のフェンスに半身を預け、私は講堂へと目を向けた。この時間なら、すでに入学式が終わった頃。私の視線は、無意識のうちに慎の姿を追っていた。


慎は、初音の側にいるはず。彼等が一緒にいる姿を見ても、辛いだけなのに、それでも私は慎の姿を捜してしまう。


そして、運良く、いや、運悪くかもしれない。私は探し人の姿を見つけてしまった。しかも、予想どおり、あの子と一緒にいるところを。



「……ッ!?」



慎が私の視線に気付いた。


穂村慎。二ヶ月前まで私が付き合っていた人物が、校舎の前庭から私を見上げていた。私の存在に気付き、とても寂しげな瞳で私だけを見つめていた。


今の彼には、私の姿しか目に映っていない。しかし、それだけだ。彼の隣にいるのは、私ではない。あの芝崎初音だ。



慎はあの子と幸せな時を過ごしているのかな……?



あの二人が何をしているのか気になって仕方がない。しかし、もう私と慎は何の関係も赤の他人同士。あそこに踏み込むことはできない。


「……まだ、奴に気があるのか? くっくっくっ……」

「……私は自らの意志で、血塗れの道を行くと決めた。だから、今更引き返せないわ」


まだ心は痛む。

だけど、私は血塗れの道を進むと決めた。


私は仲睦ましい慎達から目を逸らしたかった。しかし、私の想いは未だに慎に繋がっていた。去り行こうとする慎達に、私は思わず叫びかけた。いや、もしかしたら叫んでいたのかもしれない。


慎は振り向き、もう一度私を見つめてくれた。



『……ごめん、ごめんなさい、慎……』


『マイラ……?』



交錯する私と慎の視線が、距離を越えて互いの意思を伝えてくるように思えた。もちろん声が聞こえる訳ではない。しかし、特別な想いを重ねた私達だからこそ、言葉では表せない何かで繋がっているのかもしれない。



『許してなんて言える立場じゃないのはわかってる。だけど、お願い。貴方を傷付けたこと、謝らせて……。勝手なことをして、傷付けて、ごめん……』


『……馬鹿。謝るのは俺の方だ。俺はずっとお前に甘えてばかりだった……。お前はいつも俺を支えてくれたのに、俺は何もできなかった……』


『……そんなことないよ、慎。私も慎にたくさん支えてもらった。でも、ごめん、裏切って……。悪いのは、全部私なんだよ。私が、慎を好きになっちゃったから……。慎まで巻き込んで、傷付けちゃった……』


『だとしても、俺にも非はあったさ。実際、お前と別れてすぐに女作ってるロクデナシだからな』


『……慎は、やっぱりその子と一緒に行くの……?』


『あぁ、そうだ。……だから、これでお別れだ、マイラ』


『そう、だね。さよなら、慎……』



そこで私達の繋がりは断たれた。

もう二度と、こうして心を通わすことはないだろう。私と慎はそれぞれ別の道を行くと決めたのだから。彼はあの子と共に真っ直ぐと眩い未来に向かっていくだろう。しかし、私が進の血と罪に塗れた闇の道。もう二度と二人の道が交わることはない。


私は居た堪れなくなり、慎から視線を逸らした。


慎の側にいられなくなって、嫌というほど思い知らされた。


私、こんなにも慎のことが好きだったんだ……。



「沼影、狼王の遺産を……」

「…………」



沼影は無言で、私に狼王の遺産を渡した。

再度押し寄せてくる荒々しい狼王の憎悪。しかし、私はこんな悪意などに負けない。課せられた宿命を全うするまでは、絶対に。



「行こう……。血塗れの道を……」

「あぁ、付き合ってやるよ。僕の求める道も、お前の行く先にあるからな」


「うん……、ありがとう……」



狼王の遺産を手にし、私は血塗れの道を歩いていく。

しかし、この時の私はまだ知る由もなかった。狼王の遺産を手にした瞬間から、私の運命は破滅に向かっていたということに。残酷で無慈悲な道の先にあるのは、ただただ絶望だけの未来しかなかったのだ。


すでにどう足掻いても救われない絶望の中にいるということに、私はまだ気付いていなかった。そして、それに気付いた時にはもう何もかも手遅れだった。






つづく


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