表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/25

第二章 マイラ(前編)


二月某日、深夜。日野塚市園崎町二丁目、住宅街の一角にて。

私達は顔を隠すように深くフードを被り、閑散とした住宅街の裏通り集まっていた。闇深き夜の刻に殺伐とした雰囲気をまとっている私達は、明らかに不審者集団だった。


私達が囲む円の中心には、一人の男の死体が転がっていた。


死体は、筋肉質な長身の男だった。年齢は四十代前半。鍛え抜かれた筋肉質な体と無骨な顔立ちから、ただならぬ武道家の印象を受ける。しかし、彼の背中には理髪店などで用いられるハサミ(ただし、サイズは二周りほど大きい)が深々と突き刺さっていた。その凶器であるハサミは心臓まで達しており、このハサミによる一撃が直接的な死因だ。


殺された男は、私達の組織の一員だった。


男の名は、芝崎剛三。組織間の抗争のための戦闘員で、かなりの修羅場を潜った猛者。背後からとはいえ、大人しく殺されてくれるような者ではなかった。



「……瞬殺だな。喧嘩屋で有名な芝崎剛三を、よくもまぁ一撃で……」



隊長はヤンキー座りをしながら芝崎剛三の死体を検分し、大きく溜め息を吐いた。緊張感に包まれた私達とは違い、彼はどこか面倒臭そうな雰囲気を醸し出していた。


「こんな芸当ができる奴なんて、そうそういないぞ。敵ながら天晴れな手際だな」


「そうね……」


私は相槌を打ちながらも、死体を直視できずにいた。



「……このハサミ、『憂いの切り裂き魔』か?」


「間違いないんじゃない……? 奴以外にこんな芸当ができる奴なんていないわよ」



『憂いの切り裂き魔』とは、一年前からこの地方に現れた敵対組織の暗殺者。漆黒のロングコートに身を包み、涙を流した悲しみの仮面を被った痩身長躯の男(もしくはその線の細さから女の可能性もある)。憂いの切り裂き魔を前にし、生き残れた者は片手で数えるほどしかいない。憂いの切り裂き魔の最大の特徴は、得物であるハサミ。理髪店で使われるようなハサミ(ただし、武器に使えるほどの大型)を用い、相手を切り刻むことを好む。


「ん~、どうかね?」

「奴の仕業じゃない、とでも言いたげね?」


「そうだな。どうも、奴らしくない殺り方だからなぁ」


憂いの切り裂き魔は、その忌まわしき二つ名が示すとおり、相手をバラバラに切り刻むことを好む。

今回の芝崎剛三の死体は、背後から心臓を一突きされただけ。それ以外の外傷は何もなかった。確かに、執拗なまでに獲物を切り刻む憂いの切り裂き魔らしくない殺し方だ。


「かと言って、他の連中に芝崎の猛者を殺せる奴がいるとは思えないけど?」


「そうだなぁ。確かに、こんな芸当ができるなんてなぁ……」


隊長の瞳が私を射抜く。普段は不真面目極まりないおっさんだが、潜ってきた修羅場の数は私などとは比べ物にならないだろう。

冷や汗が背中を伝う。しかし、その焦りを表情には出していないはずだ。


「俺か、お前、もしくはホムラ……。やれるとしたら、それぐらいだな」

「…………」


心臓の鼓動が激しく脈打ち、恐怖が湧き上がる。


大丈夫、わかるはずがない……。この男を殺したのが、私だってことに気付く奴なんているはずない……。大丈夫、人間なんかに後れを取るものか……。


芝崎剛三を殺したのは、この私だ。


私にはこの男を、芝崎家を憎む理由がある。殺さなければならない理由があったからこそ、私は罪を犯した。



「ま、内部に裏切り者がいる訳でもないし……」


「……ッ!?」



一瞬、心臓が止まるかと思った。しかし、すぐに私の怯え過ぎだということに気付いた。


「まぁ、殺ったのは、憂いの切り裂き魔で決まりだろう。じゃあ、後は俺と情報部の連中に任せて、お前は帰れ」


「え、えぇ……」


しまった。声が上擦った。

焦りと失敗が私の心から余裕を確実に奪っていった。隊長は人間の些細な変化を絶対に見逃さない。彼の前でこんな失態を見せたのは、後々につながる致命的なミスだ。


隊長は観察するような目で私を見ていたが、すぐに何事もなかったかのように、部下達に指示を出し始めた。


「じゃあ、帰るわね」

「あぁ、そうだ。一応、護衛を付けるか?」


護衛? ……監視じゃなくて?


「……いらない。憂いの切り裂き魔相手だろうとも、後れは取らないわ」

「まぁ、それも、そうだな。気ぃつけて帰れよ」


隊長の気のない声に見送られ、私は闇の夜道を歩いていった。

人殺しに堕ちた私の道は、どこへと続いているのだろう。血と罪に塗れた先にまともなものがあるとは思っていない。しかし、それでも私の願いを叶えるためにはこの道しかないのだ。だから、その先に無残な死があると理解しながらも、私は咎人の道を進む。


神でも悪魔でも構わない。どうか、私に課せられた宿命をまっとうできるだけの時間をください。











私、大神マイラは人間ではない。


いきなり人間ではない、と言われても「はい、そうですか」と信じる者など皆無だろう。だから、少々長くなるかもしれないが、ここで面倒な説明をさせてもらう。

一般人の認識では、地球上に存在している人間は、ホモ・サピエンスのみ、とされている。しかし、実際は違う。ホモ・サピエンス以外の人間種も存在しているし、人間以外の知的生命体も存在している。


そもそも、人間はホモ・サピエンスだけではない。ネアンデルタールホモ・ネアンデルターレンシスは、現生人類であるホモ・サピエンスとは別種の人間であった。近年までホモ・サピエンスはネアンデルタール人の進化形である、という説が主流だったが、今では人間の亜種であったされている。たとえば、同じ霊長類の猿であっても、多くの亜種がいるのと同じだ。人間にも亜種が存在していた。しかし、現在の一般常識では、ネアンデルタール人他、人間の亜種は絶滅し、ホモ・サピエンスだけが現生人類として残ったとされている。


しかし、どうして誰も疑問に思わないのだろうか。現生人類が、ホモ・サピエンスだけという不自然な形を。生物は環境に適応し、様々な進化を遂げる。ほとんどの生物が様々な変化を遂げるというのに、人間にはあまりに変化が少ない。皮膚や髪や瞳など、若干の違いがあるにしても、全てが同じホモ・サピエンスであることに誰も疑問を持たない。


そして、もう一つの疑問点。何故、人間の亜種が絶滅したのか。一つの種が絶滅するのには、環境の変化のようなかなり大掛かりな力が必要となる。人間や大型肉食獣などによって絶滅された種も数多く存在するが、それでも全ての人間の亜種が絶滅するのは、あまりに不自然ではないと思わないか。


ネアンデルタール人絶滅の理由として挙げられるのが、ホモ・サピエンスによる虐殺がある。しかし、この二つの種に大きな違いは存在しない。近代の化学兵器でもない限り、同じ程度の実力を持った種を全て殺し尽くすのは、かなりの労力と時間が必要だ。そこまでして、相手を絶滅させようとするだろうか。答えは否だろう。古代史でも、侵略者が敵国の人間全てを殺し尽くす、という例はほとんどない。まぁ、私は確認してないから、ないとは言い切れないけど……。


ならば、ネアンデルタール人は何故絶滅したのか。それを説明する説の一つに、ウィルス進化論というものがある。ウィルス進化論とは、ダーウィンの提唱した自然選択による進化ではなく、ウィルスによって強制的に進化させられた、という仮説だ(証拠はない。しかし、ダーウィンの進化論も正当性も証明できていない)。この説は、ダーウィンの進化論では説明できない急激な進化などを、説明するための仮説の一つだ。


ネアンデルタール人はウィルスによって、ホモ・サピエンスという種に進化したのではないか、という説がある。ネアンデルタール人の急激な絶滅を説明するための仮説だ。しかし、どうしてホモ・サピエンスに進化しなければならなかったのか、と疑問も浮かばないだろうか。いや、これはあらかじめホモ・サピエンス以外の人間を知っている者の考え方だろう。今、地球上にはホモ・サピエンス以外の人間は存在していない、と思われている。だから、ウィルス進化による果てがホモ・サピエンスだけと信じるのも当然かもしれない。


しかし、前述したように、ホモ・サピエンス以外の人間は存在する。私の種のように。


ウィルス進化の果てに生まれた新たな人間。それが、私の種族だ。もっとも、私の一族以外にも、多くの亜種がこの地球上に存在している。人間に限りなく近いが、人間とは明らかに異なる、文字通りの別種。


私はそうした種の一つ、『ホモ属ヴァンパイア種ウェアウルフ亜種』だ。


……急に胡散臭くなったことを、まず詫びよう。だが、その文句は陳腐な伝説を面白がって学名にまでしやがった奴に言ってほしい。

その名からわかるように、私の種の名は、ヴァンパイア伝説から付けられている。いや、むしろ逆かもしれない。私の種からヴァンパイア伝説が生まれた。


ヴァンパイア種は、『狼』もしくはそれに近しい獣のDNA因子を保有している。この世界に数多存在している人間の亜種の中で、もっとも人間から離れた種の一つだ。


ヴァンパイア種の本来の姿は、人間とは大きくかけ離れている。しかし、ホモ属の血液を摂取することにより、一時的に姿を擬態することができる。この擬態のメカニズムは、一般的に知られている擬態と異なり、ヴァンパイア種特有のものだ(ホモ・サピエンス以外のホモ種には、こうした特殊な擬態能力を持つ種がいくつかある)。迷彩のようなものと異なり、摂取した血液から体組織そのものを変えてしまう。この擬態のメカニズムについてはまだ詳しく解明されていない。伝説上のヴァンパイアの吸血嗜好は、この擬態による血液摂取のためである。


ウェアウルフ亜種とは、ヴァンパイア種の中でも、より狼に近い種族を指す。最大の特徴は、イヌ科のような獣耳だ。人間に擬態しない時の私の耳は、まるで獣のそれと同じものだ。他にも、鋭い牙、強靭な爪、筋肉や骨密度の違いなどがある。そして、ヴァンパイア種よりも高い身体能力を有している。反面、持久力がかなり低い。


私はウェアウルフ、誇り高き純血の人狼。











血生臭い殺人現場から帰ると、私の部屋に彼女がいた。

別段、彼女が私の部屋にいることは不審ではない。元々、私の家は彼女の家の管理下にあるのだから、彼女はいつでも好きな時に私の家に入れる。

問題なのは、まるで呪い殺さんばかりに機嫌の悪そうな彼女の様子だった。


ある程度予想していたが、彼女の不機嫌さはかなりのものだった。実際に呪詛を念じられていないだけマシだろう。彼女なら本当にそうしたことができてしまうから、私の今後の対応次第では本当に祟られてしまうかもしれない。


「……今日の一件、どういうことか、説明してもらいますよ、マイラ先輩」


芝崎初音は私が部屋に戻ってくるなり、私の胸倉を掴んで睨み付けてきた。

慎には一切伝えられないことなのだが、芝崎初音は毎日私の家を訪れる(あと、私の家が芝崎家の管轄であることなども、伏せられている)。仲が悪い私達がどうして毎日会うのか、その理由については後述する。


今は初音の質問をどう誤魔化すかが先決だ。ここで問題を起こす訳にはいかない。


「ちょっと苦しいんだけど……。とりあえず、離してくれない?」

「あんたが全部話したらね」


そう言って、更に私の胸倉を締め上げる初音。とりあえず、離すつもりはなさそうだ。

初音はかなり殺気立っている。できることなら、このまま私を絞め殺してやりたいのだろう。彼女のささやかな理性に、ありがとう、とでも言うべきか。


「叔父さんのことは残念……」


「そのことをわざわざ貴方なんかに問い質す訳ないじゃないですか? あれは憂いの切り裂き魔の仕業でしょう?」


さすがに耳が早い。分家の中でも序列の高い家柄だけのことはある。



「私は、慎さんと貴方のことを聞いているんですよ!?」

「……だから、別れたのよ」


「その理由を聞いてるんですよ、犬娘?」

「……あァ!? 今、なんつった、人間!?」



私は誇り高きウェアウルフだ。狼ならともかく、犬扱いされることだけは絶対に許せない(狼扱いも不快だけど、犬よりマシ)。たとえ、慎が相手だろうと、この手の侮辱だけは絶対に許せない。



「犬って言ったんですよ、阿婆擦れ女」



こいつ、犬の次は、阿婆擦れ扱いか……。



「本気で死にたいの、あんた……? 人間の分際でウェアウルフに喧嘩売るなんて。私があんたをミンチにすんのに、一分掛からないわよ」


「できることなら、私があんたのドタマかち割ってるわよ!」



殺気立ったウェアウルフに対しても、初音は一歩も引かなかった。むしろ、初音の方がよほど獣性に満ちた殺気を放っていた。



「どうして先輩を振ったの!? どうして!? どうして!? 先輩はあんたのことが本当に好きだった!! あんたも先輩を本当に好きだった!! 二人とも本当に幸せそうだった!! 本当に、本当に幸せそうだったじゃない!!

 だから、悔しかったけど、本当に悔しかったけど、私は先輩のこと諦めたの!! 認めようと思ってたの!! だけど、どうして別れるのよ!! どうして!? どうして!? 答えなさいよぉぉぉ、大神マイラ!!」



絞め殺さんばかりの勢いで私の胸倉を掴み、怒鳴り散らす初音。

彼女の激情がそのまま伝わってくるようだった。彼女も慎が好きなのだ。どうしようもないくらいに、彼が好きなのだ。だから、彼女が私に対して良い感情を抱いていなかったのは知っていた。しかし、それでも彼女は私と慎の仲を認めてくれた。


それは、とても悲壮な決意だったはずだ。その苦しみを、私も知っている。


私は慎を裏切るのと同時に、初音の決意まで踏み躙った。彼女の怒りは当然のことだ。しかし、だからといって私の想いを口に出すことはできない。



「……元々、私と慎は結ばれちゃいけないのよ。慎は私のこと、何も知らないし、教えられるはずもない。私と慎が付き合うことに、反対する人間だって多いし、貴方だって初めはそのうちの一人だったじゃない」


「だから何ですか? それでも反対押し切ったのは、マイラ先輩じゃないですか? それを今更……」


「わかってる! でも、私は純血のウェアウルフ! この血と誇りは穢せないの! 私の血肉は種を存亡させるためのもの! 他にどんな好きな人がいたって、私はウェアウルフという種を守るために、自分の意志を捨てなきゃならないのよ!

 それがウェアウルフなのよ…。貴方達、人間とは違うの……」



ウェアウルフ種は、絶対数が限りなく少ない上、受精率が非常に低い。ほとんどの同胞は、ホモ・サピエンスとの間に生まれた混血。しかし、ホモ・サピエンスと交わると、ウェアウルフとしての血は大分薄れてしまう。純血種でさえ一度ホモ・サピエンスと血を交えた子を生めば、二代目にはほぼウェアウルフとしての身体的特徴は消えてしまう。実際、私の従兄弟のほとんどは擬態が必要ないほど人間に近い容姿をしている。


それ故、ウェアウルフは純血を守ることを重要視している。また、種や家族を第一に考えるのが当然なのだ。人間にはわかりづらい価値観かもしれないが、ウェアウルフにとって『血』は絶対的なものなのだ。



「……虫唾が走りますね。そのクソみたいなプライドに」



初音の煮え滾った憎悪と殺意に、私は畏怖の念を覚えた。人間相手に、ウェアウルフの私が圧倒されたのは初めてだった。


ウェアウルフは人間の亜種の中では、最強の分類に入る。ただの人間とウェアウルフとでは生まれ持った身体能力が違う。ウェアウルフは、たとえ十歳に満たない子供であろうとも、成人男性三人がかりでも止められない力がある。


女の私でも、人間相手には絶対に負けない自信がある。だから、人間相手に恐怖を感じるのは屈辱だった。だが、同時に畏敬の念も生まれた。


芝崎初音には、ウェアウルフさえ圧倒するような強い想いがある。その真っ直ぐな想いが、私には羨ましくも思えるし、妬ましくも思える。



「人間の価値観を押し付けないで。私は、この血に誇りを持っている。侮辱は許さない」


「貴方の血とか誇りとか、そんなものどうでもいいんです。私は人間、貴方はウェアウルフ。違うのはわかっています。

 私が気に入らないのはただ一つ、貴方の勝手な都合で先輩が傷付けられた、ってことだけです」



この子は、いちいち私の一番触れられたくない場所、一番深い傷を躊躇なく突いてくる。


気に入らない。本当に気に入らない。


この子は人間。ウェアウルフである私の苦しみはわからない。そして、慎と同じ人間だから、なお一層に気に入らない。苦しみなど背負わずに、慎と一緒にいられるから。それが一層妬ましい。



「……つまり、こういうことですよね? 貴方ご自慢のウェアウルフの血と誇り、そんなものと先輩への想いを天秤にかけてぇ、いらない方をポイッと捨てた、と?」



殺してやりたい、この人間……。

何も知らないくせに、何も知らないくせに……。


私の想いも、この想いを縛り付ける苦しみも知らないくせに、わかったような口を叩いて、この決意を踏み躙るこの人間が憎い、妬ましい。



「マイラ先輩、先輩を傷付けた私は貴方を許しません」

「…………」


「先輩は、私が幸せにしてみせます。貴方は指でもくわえてその様子を見ていてください。貴方が血や誇りなんかで捨ててしまったものが、どれだけ大切だったか、もう手の届かなくなった後で気付きなさい!」



捨て台詞を吐くと、初音は私を突き飛ばし、汚らわしい物を見るような目で私を見下ろした。そして、彼女は肩にかけていたクーラーボックスを私に投げ付け、部屋を出て行った。


ちなみに、投げ付けられたクーラーボックスは、私への補給物資だ。中身は、擬態に必要な人間の血液。


芝崎初音は、私達ウェアウルフのような亜人種の保護団体の一員。いくら私達ウェアウルフが人間より優れているとはいえ、六十億の目から逃れられるはずがない。人間社会で亜人が隠れるには、やはり人間の協力者が必要なのだ。

そもそも、私のような白人が欧州ではなく、日本にいるのも保護団体の事情だ。


異端保護団体『白の派閥』。私達のような亜人を保護するため、『清流会』という組織を前身として作られた秘密保護団体。詳しい説明は割愛するが(組織自体が大き過ぎて、私も把握しきっていないし)、前身となった清流会は日本を発祥とし、歴史は千年以上。元々は異端保護のための活動をしていなかったのだが、その理念上私達のような異端な存在を受け入れてくれる唯一の存在だった。そのため、いつしか主たる目的が変化し、白の派閥が生まれた。


また、世界中の異端者達が集まり、組織の影響力は世界規模である。ただし、政には一切不干渉である、というのが清流会設立当初からの絶対的な方針で今も貫き通されている。利己的な理由からその方針に反旗を翻している組織もあるのだが、その説明も今は割愛する。


そもそも、太古から私達のような亜人は、口に出せないような酷い迫害を受けていた。特にウェアウルフの故郷である欧州地方では、キリスト教徒による異端審問や魔女狩りなど、見つかれば即刻殺されるのが当然だった。新天地を求め、ヨーロッパから逃げ出す者も多かった。現在でもヨーロッパでは、キリスト教徒の根強い宗教観が残り、私達のような亜人種は住み辛い。よって、亜人の多くは宗教的価値観が薄く、白の派閥本部のある日本に移り住んでいることが多い。私もそんな理由で日本に住む亜人の一人だ。



「……慎は、大丈夫だよね……。私と違って、ちゃんと前に進めるよね……」



私はクーラーボックスを隣に置き、そのまま床に寝転んだ。


瞳から一筋の涙が零れた。


涙の理由はわかっている。だけど、慎を振ると決めた時から、この苦痛と後悔を覚悟していた。覚悟していたはずなのに、それでも涙が零れてしまうほどに胸が苦しい。



「……慎、慎、慎……」



私が絶望に暮れていた時、希望を与えてくれたのは慎だった。

初めて出会った時の慎は、私と同じ孤独な目をしていた。まるで、世界にたった一人残されてしまったような寂しげな目。そんな目をした者が二人、偶然に出会ってしまった。


だから、お互いに惹かれたのかもしれない。


私達は一緒にいることで互いの孤独を紛らわし、傷を癒していった。それが依存であったことは認める。


しかし、今の慎はもう私に依存した存在ではない。傷を癒し、前を向いて進み出していた。私とは違い、真っ直ぐ未来に向かっていた。今の私にとって、慎はまるで太陽のように眩し過ぎた。


そんな彼を、巻き込んではいけない。

彼が本当に好きなら、私は身を引かなければならない。



「うぅ……、うわあああああああああああああああああああああッ!!」



慎への想い。今日、その全てを捨てる。

だから、泣くのは今日で最後。慎への想いを全て吐き出し、私は血塗れの道を往く。もう二度と後戻りできない場所へ、私は堕ちていくのだ。


私はウェアウルフ。この血と誇りは誰にも穢させはしない。


「んっ……」


ケータイの着信音が鳴った。

闇からの誘いだ。この電話の主が、私を凶行に走らせた張本人。狡猾な悪魔のような存在。しかし、私は悪魔に唆されて芝崎剛三を殺した訳ではない。確かに私は手を汚すことになったが、それでも協力を決めたのは相応の見返りがあるのだ。そして、私の課せられた運命はその見返りを得なければ果たすことができない。


だから、私は悪魔の誘いに乗った。全ては私自らの意志で決めたことだ。


ただ一つ、後悔があるとすれば、慎と出会うよりも早く全てに気付ければよかった。そうすれば、こんな想いをする必要なかったのだから。

私は震える指でケータイを取り、再び悪魔の誘いに乗った。






つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ