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第七章 BLUE & BLUE(後編)


俺はこの場を逢瀬に任せ、沼影の車へと避難した。車にはすでに人影はなかったが、代わりに小屋の明かりが灯っていた。どうやら沼影達は小屋に移動したらしい。俺は急いで小屋の中に入った。


「仁、先程ノ言葉、違エルナヨ」


「……わかっている、約束は守ろう。逢瀬を死なせる訳にいかないし、お前等もここでマイラと狼王の遺産を失う訳にはいかないだろう」


小屋に入ると、仁が解放されていて、憂いの切り裂き魔と話していた。

断片的な情報だが、おそらく仁はマイラを助けるのに協力してくれるのだろう。マイラとブラックファングの奪取は諦めざるを得ないようだが、ここはマイラと逢瀬の命を優先してくれたのだろう。


「仁……、お前も、戦ってくれるのか……?」


「……あぁ。だが、戦うのはお前もだ」

「俺も?」


仁の言葉に、俺は怪訝な顔を浮かべてしまった。


戦えるものなら、一緒に戦いたい。

マイラを救いたい気持ちは誰にも負けない。


だが、俺には何の力もない。大切な人が苦しんでいるのに、俺にはそれを救う力がない。一緒に戦っても、足手纏いにしかならないだろう。


しかし、仁は俺にも一緒に戦えと言う。合理主義の仁が、足手纏いとなる俺に戦いに参加しろ、というのは明らかにおかしかった。


「……慎、単刀直入に言う。お前はマイラのために死ねるか?」


俺はまた怪訝な顔を浮かべ、仁の顔をまじまじと見た。

仁が単刀直入に言うのはいつものことだ。というより、仁が喋る時はほとんど余計な言葉はつかない。


それにしても、いきなり何を言い出すのだろうか、こいつは。マイラのために死ぬことは構わないが、それをこんな状況で聞いてどうするというのか。


「あぁ、当たり前だ。だけど、んなこと聞いてどうすんだ? 特攻でもしろってのか?」


「……まぁ、それに近い」


こいつの言葉は単純明快で実にわかりやすい。

とりあえず一発殴ってみたが、次の瞬間殴り返された。


「今のあいつに突っ込んだって無駄死にだろうが! それに、俺が死んじまったらマイラはどうなんだ? 発狂するぞ!」


そもそも、自暴自棄になってブラックファングに宿る怪物を解放したのだ。


マイラは精神的に打たれ弱い。何かを支えにしていなければ、生きていけない。感受性が高いためか、人よりも喜びや楽しみを感じる分、苦しみや悲しみも多く感じてしまう。おまけに寂しがり屋で、誰かが一緒にいてやらないとすぐに泣いてしまう。


マイラを助けられるのなら命など惜しくはないが、俺が死んだ後にマイラが苦しんでは意味がない。俺はマイラの心まで助けたいのだ。



「……今の状況では発狂して死んだ方がマシだろう。昇天できない魂は消滅すら出来ずに永遠に苦しむ」


「余計な話はいいから、さっさと用件を言え。回りくどいのは、お前らしくもないぞ」


「……わかっている。だが、あまり愉快なことではない。いずれ知ることになるだろうが、俺の口から言いたくはなかった」



本当に珍しく回りくどい。仁は普段はあまり話したがらないが、言いたいことは何でも率直に言う。こうして言い淀むのは本当に珍しい。


「……まず、思念統合体について少し知ってもらわないといけない」


「あ~、何度か聞いた単語だが、一体どういうものなんだよ? その、思念統合体ってのは?」


「……言葉の意味どおりの存在だ。複数の思念が統合、統一した存在。美夜や今のマイラ、ブルー・ランタンといった存在だ。それと、今更説明するまでもないと思うが、思念統合体の多くは異能な力を持っている」


確かに文字どおりだな。二つ以上の思念が統合した存在。そして、異能な力を持つ存在。


それに、逢瀬も思念統合体だったのか。自分を化け物扱いしていたが、そういう意味だったんだな。



「……芝崎家には人為的に思念統合体を創り出す計画があった。それが、強制思念統合術式 Blueブルー Lanternランタン Systemシステム、通称BLSだ」


Blueブルー Lanternランタン Systemシステムって、まさか……!?」



背筋に嫌な汗が流れる。胸糞が一気に悪くなった。


「……そのまさかだ。マイラの一族を殺したのは、紛れもなく芝崎家だ。マイラは、ヴァチカン主導と思っているようだが、実際は逆だ。無論、ヴァチカンも深く関わっているのは間違いないが、実際にフェーリア家を滅ぼそうとしたのは、芝崎家だ」


「何故だ!? 何のために、そんなことを!?」


俺は仁の胸倉を掴み上げ、絞め殺さんばかりの勢いで詰め寄った。



「……俺はその理由については知らない。だが、今はそんなことはどうでもいい。まずは、お前のことだ」


「俺のことが何なんだよ!? それと、芝崎家がやったことと何の関係が……」


「……今、フェーリア家を滅ぼしたBLSは、お前の中にある」



一瞬、時が止まったような気がした。


今、こいつ、何を言った?

俺の中に、マイラの一族を滅ぼした元凶がいるって、そう言ったのか?



「……どう、いうこと、だ?」



俺はあまりの衝撃に茫然自失となり、上手く言葉を出せなかった。仁の胸倉を掴んでいた手も力なくずり落ちた。



「……言ったとおりだ。芝崎初音が、万一お前が裏切った場合の保険としてお前の中に術式を埋め込んだ。お前を罰するために。お前を従わせるために。そして、お前とマイラが殺し合うように仕向けるために……」



……初音が、俺に、そんなことを……?


初めは信じられなかった。しかし、初音の断末魔の様子が脳裏を過ぎり、その可能性が絶対にないとは言い切れなくなった。初音は嫉妬に狂っていた。俺の心からマイラを引き離すために、わざわざ教会に呼び出して公開処刑を見せつけようとしていたくらいだ。それくらいに狂っていた初音なら、俺にBLSを埋め込むくらいしても不思議ではないだろう。最期の瞬間は俺を殺そうとしていたくらいだったのだから。


裏切られた、という気持ちがあまりに大きい。しかし、俺は確かに初音に酷いことをしてしまった。これくらいの報いを受けるのは当然かもしれない。


「……BLSは術式を施した者、つまり、芝崎初音にしか解除不能だ。そして、いまだに不完全な術式は、いずれ宿主を殺す」


俺は言葉を失い、ただ呆然と仁を見つめていた。

この期に及んで、仁が冗談を言うはずがない。ならば、BLSは今俺の中に埋め込まれているのだろう。そして、それはいつしか俺を殺すという。


初音を裏切ってしまった俺への罰のようだ。術者にしか解除できないというのなら、BLSは確実に俺を殺す。初音の手によって埋め込まれた術式が、必ず俺を殺す。


それだけのことをしてしまった罪の自覚はある。だが、確実な死を前にして絶望が押し寄せてきた。俺は項垂れ、改めて初音に謝罪の祈りを捧げた。



「はは……、傑作だな。心のどこかで、俺はこの血塗れの運命に無関係だと思っていた。だけど、違ったんだな? 俺も、殺されるべき罪人……。死は、確実に訪れる……」


「……あぁ、そうだ。だが、代わりにお前は力を得た」


「力……?」



俺は顔を上げ、仁の顔を見た。そこには悲痛な、痛みに耐えているような苦しそうな表情だった。



「……そう、力だ。思念統合体が悲しき運命を背負うことと引き換えに得られる力だ。BLS、今お前の中にあるそれは、マイラを救うための刃となれる。ただし、その力を得れば、お前は更に命を縮めることになるだろうがな」


「マイラを、救う力……」



それは俺が願っても得られなかったもの。

こんな絶望の中で、俺は初めて希望を見つけられた。


あぁ、上等じゃないか……。


命と引き換えにマイラを助けられる力が得られるのなら、俺は迷わずこの命を差し出せる。



「マイラのために死ねるかってのは、そういう意味か……」


「そうだ。もう一度聞くぞ。お前はマイラのためにその命を捨てることができるか?」


「あぁ、当然だ!!」











逢瀬は狼王ロボを相手に善戦を繰り広げているが、戦況は明らかに劣勢だった。


狼王ロボが咆哮を上げるたびに逢瀬の翼は揺らいでいた。その隙を狙って狼王ロボは果敢に攻め込み、逢瀬を追い込んでいた。神速のスピードを持つ逢瀬でなければ、とっくに狼王ロボの一撃が食らっていただろう。


逢瀬はあの水によって形成された青き翼を起点にして戦っている。あの翼がなければ逢瀬は戦えないということは素人目でもわかった。


「……くそっ、美夜……」


「今は耐えろよ、ホムラ二号。僕達全員が突っ込んだところで殺されるだけだ。奴が逢瀬に止めを刺す寸前、そこを攻める。勝機があるとしたら、そこしかない」


「ソシテ、奴ニ唯一有効ナ攻撃ヲ与エラレルノハ、穂村慎、オ前ダケダ」


「おい、ホムラ一号? どうだ、BLSの能力は制御できるようになったか?」


誰が一号だ。

俺は手に持っていたライターを思い切り沼影の顔面に投げ付けた。阿保が一人悶絶してうるさくなったが、誰も気にしなかった。


跳ね返ったライターを拾い、火を点ける。ゆらゆらと揺れる赤き炎は、やがて青に染まり、巨大な業火と化した。ライター程度の火でも、充分な殺傷能力がある炎となる。何とも恐ろしい能力だ、BLSとは。


「余裕だぜ。コツさえ掴めば、ほとんど意のままに炎を操れる」


首から提げられた銀のロザリオが淡い光を放っていた。

この銀のロザリオは、BLSを制御するための呪術道具。本来BLSを受け継ぐはずだった仁のために作られた物だったが、今は俺がBLSを制御するために譲り受けた。余談だが、ロザリオが十字架の方ではなく数珠の方だったということを、今日初めて知った。


BLSの行使には、ロザリオと炎が必要だった。俺は仁のように自分の力で炎を生み出す力ないので、このようにライターなどの炎を起爆剤代わりにしていた。


「……一応言っておくが、ロザリオは首から提げる物ではないぞ」

「いいんだよ。腕周りにあると邪魔だし」


そもそも俺はクリスチャンでないのだから、ロザリオを使って祈る必要もない。


「穂村慎、護身用ニ持ッテオケ」


「これは……」


憂いの切り裂き魔が手渡してきたそれは、二挺の銃だった。しかも、随分とレトロな銃だ。俺の記憶が確かなら、両方とも五十年以上は昔のものだ。


一つは、一九三八年にドイツ陸軍で制式採用されたカール・ワルサー社の名銃、ワルサーP38。口径は9mm、装弾数は八+一発。使用弾薬は、サブマシンガンなどに用いられる9mm×19パラグラム弾。当時としては画期的なショートリコイル式の撃鉄システムに、画期的なダブルアクション機構を組み合わせた近代拳銃の基盤となった自動拳銃。


一つは、.44マグナム弾を発砲可能なもっとも古い回転式拳銃、S&WM629(正式には、スミス・アンド・ウェッソン・モデル29。数字の先頭に6が入るのは、ステンレスバージョンだから)。口径は44口径、装弾数は六発。自動車のエンジンを撃ち抜ける、という誇張的な風聞が有名だが、もちろん拳銃でそんな真似はできない。それはS&WM629に限らず、最強拳銃S&WM500でも不可能だ。ただし、それでも本来熊のような大型獣の狩猟を目的とした銃弾、.44マグナム弾の威力は強大だ。


「こ、これって本物か? つーか、俺がもらっていいのか?」


「目をキラキラさせてんなよ、一号。素人が面白半分で使えるようなものじゃねぇぞ」


いつの間にか復活した沼影が余計な口を挟む。


「うっせぇ、お前に試し撃ちすんぞ! あと、一号言うな」

「ば、馬鹿、止めろ! 冗談に聞こえねぇぞ!」


沼影は顔を青くして、机の下に隠れてしまった。何とも情けない姿だが、どうにも沼影には情けない格好の方がよく似合う。


ちっ、隠れやがって。試し撃ちしたかったのに……。


どちらも古いが、性能と知名度共に抜群の名銃だ。それにしても、よく日本でこんなものがあったな? まぁ、トカレフなんざを渡されるより、百倍マシだ。


「デキレバ、使ウヨウナ事態ニナラナケレバイイノダガ……」

「まぁ、そりゃな……」


古き名銃に少しはしゃいでしまったが、マイラに銃口を向けるなんてことはしたくない。いくら狼王ロボに乗っ取られたからとはいえ、傷がすぐに治ってしまうとはいえ、マイラを撃ちたくはない。


それに、できることなら青き炎だって、あいつに向けたくはない。この炎は、あいつの大切なものをたくさん奪った呪われたものなのだから。


「……慎、今は割り切れ。戦わなければ、取り戻せないんだ」


「わかってるさ。じゃなきゃ、命削った意味ないだろ?」


発火能力を持つ多くの者は、自らの炎によって焼き殺される。俗に言う人体発火現象のいくつかは、自らの能力に殺された結果らしい。


強過ぎる力は意志とは無関係に人を傷付けてしまう、と仁は自嘲気味に言っていた。


BLSの解放により、俺は自らの意志で青き炎を使えるようになった。しかし、BLS活性化により俺が焼き殺される時期は確実に早まった。


たとえ、自らの命が削られようとも、俺は……。


「……んっ? おい、そろそろ本気でヤバそうだぞ、あのチビッコ!」











青き翼を羽ばたかせ、高速で地上を駆けて行く逢瀬。その速さはまさに神速の域に達している。人間には決して到達できない速さだ。


しかし、狼王ロボは易々と逢瀬を追っている。それも、まるで可愛い子犬と戯れているかのように薄ら笑みを浮かべながら。


逢瀬は明らかに狼王ロボに押されていた。


彼女本来の戦闘スタイルは、水の術を行使しての遠距離戦。青き翼も、水の術によって具現化されたもののようだ。移動時はジェットのように水を噴射し、攻撃時には硬化させて羽根状にして飛ばす。相手に接近された時に限って刀を用いるが、剣術はまだ一流の域には達していない。


一方、狼王ロボは接近戦を主体とした戦闘スタイル。その強さは、接近戦を得意としていたマイラさえも軽く凌ぐほどだ。もし、相性の悪さがなければ、狼王ロボの方が圧倒的に不利だったろう。しかし、狼王ロボには逢瀬の術を無効にしてしまう力がある。一定の距離に近付かれると、逢瀬の水は形を維持できなくなる。逢瀬の機動力の要は、水で形成された青き翼だ。青き翼がなければ、逢瀬は確実に瞬殺される。


『随分頑張ったようだが、もう終わりだな』


狼王ロボがついに逢瀬の背後を取った。


逢瀬の表情が凍り付いた。背後から貫かれたら一巻の終わりだ。逢瀬は慌てて翼を翻し、狼王ロボに向き合った。そのまま体を回転させた勢いを乗せ、強烈な斬撃を放った。


しかし、接近戦では狼王ロボに敵わない。逢瀬の刀は簡単に受け止められ、遠くに弾かれた。更に、狼王ロボは逢瀬を蹴り飛ばし、倒れた彼女に覆い被さった。


「きゃあああッ!?」


『命までは奪わん。だが、二度と抵抗が出来ないように我の恐ろしさをその身に刻んでやろう』


狼王ロボはブラックファングを振り下ろした。凶刃が容赦なく青き翼を抉る。抉られた場所から青き翼は蒸発し、逢瀬は片翼を失ってしまった。


肉体的には一切ダメージはないが、機動力を奪われて逃げられなくなった。精神的にダメージが大きい。



『さぁ、絶望し、屈服するがいい!! 狼王に牙を剥いたことを……』


「……天衣無縫、壱式ッ!!」



片翼の翼が、一瞬にして天女がまとう羽衣の形へと変わった。そして、その薄絹のように長い羽衣が刃のように、狼王ロボの腹に突き刺さった。


窮鼠、猫を噛む。思わぬ抵抗に一瞬だけ驚いたようだったが、狼王ロボはすぐに薄ら笑いを浮かべた。傷は瞬時に治り、咆哮一つで魔術を無効化することが出来る。この程度の抵抗に意味はなかった。猫を噛んだ鼠は、結局最後は食われてしまう。



『この程度の抵抗など……、ぐあああッ!?』


「これには私の全霊力を注いでいます! 簡単に消し去れると思わないでください!」



形勢逆転。

逢瀬の性格からしてこんな逆転劇を狙っていたとは思えないが、最後まで諦めずに抗った逢瀬の反撃が思った以上に功を奏したのだろう。


「このまま……」

『舐めるな、ガキがァァァッ!!』


狼王ロボは怒りの雄叫びを上げながら、天衣無縫の羽衣を掴んだ。爆ぜるような電撃が迸り、羽衣は狼王ロボを拒絶した。しかし、それでも狼王ロボは退かなかった。獣の王としての意地とプライドが、退くことを許さなかったのだろう。


逢瀬も額に脂汗を浮かべて必死で抵抗しているが、状況は明らかに不利だった。逢瀬の力が相当に優れているは間違いないが、狼王ロボの力はそれを上回っている。


『鬱陶しい!!』


ブラックファングが羽衣を引き千切った。

逢瀬は完全に武器を失った。もう一切の抵抗ができない。狼王ロボは勝ち誇った笑みを浮かべ、容赦なく逢瀬の顔面目掛けて叩き込もうとした。逢瀬の絶体絶命の危機だ。


しかし、この瞬間こそ俺達が動く時だった。

つまり、奴の終わりの時だ。



「後ロガガラ空キダゾ、狼王?」

『……ッ!?』



狼王ロボがその場を飛び去ったのと同時に、大バサミが空を切った。

背後から、しかも攻撃寸前であったのにも拘らず、憂いの切り裂き魔の攻撃は避けられてしまった。しかし、避けられることはまだ想定内。


『……何者だ、貴様は?』


狼王ロボは宙を舞いながら、新たな敵を確認した。


悲涙の仮面を被った謎の暗殺者、憂いの切り裂き魔。この暗殺者について俺は何も知らないが、それでも恐ろしい実力者であるとことは理解できる。そして、この暗殺者もまた人には語れぬ深い業を背負わされているのだろう。


もっとも、憂いの切り裂き魔が背負う深い業を知るのはまだ先のこと。今の俺には知る由もなかった。


「畜生ニ答エル義理ハナイ。貴様ハ黙ッテ消エルガイイ」

『何者かは知らんが、分際をわきまえろ!』


着地。その瞬間を狙い、沼影が飛び出した。


「おら、死ね死ね、馬鹿犬が!」


沼影は二挺のAK-47を構え、狙いも定めず乱射した。

AK-47は一九四七年にソビエト軍に制式採用されたアサルトライフル。性能よりも信頼性の高い銃。更に、安価であるために世界中の紛争地域で使われ、テロリストなども多く愛用している。恐らく、史上でもっとも人を殺している兵器であろう。


『ぐぅ……、小賢しい真似を……』


銃弾が命中しているものも、狼王ロボは致命傷を避けるようにブラックファングで急所を守っていた。致命傷にはなっていないが、全身を撃たれて狼王ロボは動きが取れなくなった。


完全に計算どおりだ。憂いの切り裂き魔の攻撃により、逢瀬から狼王ロボを引き離す。沼影の乱射するAKが狼王ロボの動きを封じる。そして、次は……。


「逢瀬、早くそこから逃げろ!」

「慎君? ……ッ!? まさか、BLSを発動させて……」


「……美夜、いいから退くんだ!」


「は、はい! 天衣無縫、弐式ッ!!」


逢瀬は青い翼を具現化させ、その場から瞬時に飛び立った。先ほどのものと比べると、あの翼は随分小さかった。


天衣無縫、それが逢瀬の術の名。水を霊力によって翼や羽衣の形状に変化させ、自由自在に操作する術。


「行くぞ、仁!」

「……応!」


俺と仁が同時に、ガソリン入りのポリタンクを狼王ロボに向けて投げ飛ばす。ポリタンクはAKの銃弾によって穴を開けられ、ガソリンを周囲に撒き散らした。


これで不足な火力は補える。狼王ロボの力が足りずに、マイラが死なないことを祈りたい。逆に俺達の力が足りなかった場合は……。



「燃え尽きろ、化け物!!」



仁の両手から赤き炎が巻き起こった。

あぁ、こいつは本当に発火能力者だったんだな……。


初めて仁の炎を見て、俺はそんな感想を思った。今更ながら、そんなことを思ってしまうのは随分と間抜けだった。


仁が放った炎がガソリンに引火し、闇夜を照らす紅蓮の渦が巻き起こった。灼熱の業火が狼王ロボを包み込む。銃弾で足止めされていた狼王ロボは逃げられず、炎に呑まれていった。


「よし! 突っ込め、ホムラ一号!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


BLS能力者となった俺に、普通の炎は一切通じない。全ての炎を、青き炎へと変化させることができるからだ。いや、正確には俺の魂に埋め込まれたBLSが、強制的に炎の性質変化を行ってしまうからだ。


逢瀬が自分自身を、化け物と言った理由がわかったような気がした。


わかるんだ、魂が歪んでいく感覚が。能力を行使していく度に魂が軋み、いびつに変化していく。自分が自分ではない何かに歪んでいく。


俺達、思念統合体というのは、魂の内側から化け物へと堕ちていく。


内側から喰われていく感覚ほど、恐ろしいものはない。自分が別の何かに塗り潰されていく。次の瞬間には、自分が違うものになってしまうのではないか。そんな恐怖に苛まれる。自分自身の意志さえも、信じられなくなってしまう。


だが、それでも俺は戦わなければならない。マイラを取り戻すために。



『人間がァァァ、この程度で我を殺せると思うたかァァァッ!!』


「うるせぇ!! 俺の女を返しやがれ、畜生がァァァァァァッ!!」



BLSが発動し、紅蓮の炎が鮮やかな群青に染まっていく。

これは煉獄の業火、マイラが犯してしまった大罪を焼き尽くす贖罪の火。マイラを救うため、この命を燃やして彼女の罪を焼き払おう。彼女と共に生きるため、俺は自らの命を業火に代えて戦わなければならない。


マイラ、お前は俺を巻き込まないために、自分自身さえをも殺そうとした。だけど、俺だってお前を救うためなら、自分の命だって惜しくない。マイラの想いがある限り、俺はいくらでも戦える。命懸けの愛には、命懸けで答えてみせる。


そして、世界は果てしない青に堕ちていった。






つづく


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