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第七章 BLUE & BLUE(前編)

天使……。

神々しい青の輝きを纏い、闇に包まれた世界の中にあっても光の祝福を一身に受けた天使の如く、逢瀬美夜は俺達の目の前に降臨した。逢瀬の神々しさはあらゆる闇を払い退け、光と正義に満ちた意志を携えていた。


彼女と唯一、対等に向き合えているのはマイラだけだった。


禍々しい赤の血痕を纏い、光に満ち溢れる希望を前にしても闇の怨嗟に囚われている悪魔の如く、大神マイラは逢瀬を見上げていた。マイラの禍々しさはあまねく希望を拒絶し、闇と復讐に満ちた意志を纏っていた。


マイラがここまで感情的になる相手は、初音以外にはいなかった。マイラは自分が認めた相手に対して、感情的になって食って掛かることが多い。だが、今回は少し勝手が違うような気がする。


どこかあの二月の別れを想起させるような悲壮感があった。まるで自ら嫌われようとしているかのような振る舞いに、あの時の既視感を拭えない。



「マイちゃん、無理ですよ……。貴方に、私は殺せません」


「この私がチビッコに負けるとでも?」



あっ、天使の威厳がちょっと揺らいだ。


やはり、天使の姿をしても逢瀬は逢瀬らしい。あまりの神々しさに度肝を抜かれたが、あれは間違いなく逢瀬だ。


それにしても、どうしてこう俺の周りには非常識な奴等ばかりなのだろうか?



「ど、どこからそんな自信が出てくるんですか? 貴方にはもう狼王の遺産は使えないのに!」



狼王の遺産が使えない!?

マイラと逢瀬以外全員が驚愕し、戸惑いを隠せなかった。何故、先ほどまで使えたはずのブラックファングが使えなくなるのだろうか。そして、何故そのことを逢瀬が知っているのだろうか。


「どういうことだよ!? 何故、狼王の遺産が使えないのさ!?」


沼影は逸早く、ブラックファング使用不可の理由を問い質した。

その問いにマイラは何も反応を見せなかった。しかし、逢瀬が一瞬マイラに目を向けてから、俺達を見据えた。



「……マイちゃんが、初音ちゃんを殺したからですよ……」



初音を、殺したから……?


それと一体何が関係あるのだろうか。俺はその意味が全くわからなかった。しかし、沼影達は大きく息を呑み、何故か納得の表情を浮かべた。



「そうか、狼王の誇りを穢したからか……」


「おい、一人で勝手に納得してんな! 説明しろ!」

俺は沼影の肩を掴み、怒鳴りつけた。


「……狼王ロボは、誇り高き獣の王者だ。どんな理由があろうとも女子供を殺すことを許さない。ロボは妻を人質に取られて人間に捕まったという逸話もあるくらいだからな。女を殺すような真似は絶対に認めない。

 以前、狼王の遺産を使った者が誇りを穢す行為をして、その魂を食われたという実例は存在する。芝崎初音を殺した今の状態じゃ……」


「……沼影の言うとおり。今の状態でブラックファングを使えば、ほぼ百パーセント、私の魂は魔具に喰われる。だから、使えない」



沼影の話の続きを、マイラが重苦しい口調で繋げた。


初音の呪いとしか思えない。末期の瞬間、マイラを呪った彼女の怨念がブラックファングを封じた。初音の呪縛がマイラの最大の武器を奪った。


ブラックファングは強力な武器だ。それを封じられ、これからの戦いを切り抜けるのは難しいだろう。初音の呪いは確実にマイラの首を絞めていた。



「マイちゃん、貴方は何の罪もない初音ちゃんを殺しました……。あの子はただ大好きな人のために必死だっただけなのに……。どうして、どうして殺したんですか? 貴方がもう自分の目的のために誰でも殺すような人間に堕ちたというのなら、私は……」


「違う! マイラは……」



マイラは俺を守るために、初音を殺した。


いや、マイラにそうさせたのは俺が原因だ。初音が狂気に落ちたのも俺が原因だ。もっとも罪深いのは俺なのだ。責められるべきは俺だ。マイラよりも、俺が責められなければならない。



「黙って、慎!」



はっきりとした拒絶の声。

どうして、こいつはいつも自分一人で何もかも背負おうとするんだ。


初音の死は、マイラだけの責任ではない。初音を死に導いたのは他ならぬ俺自身。マイラが初音の殺した罪で罰せられるなら、俺も一緒に罰せられなければならない。



「黙ってられるか! お前があいつを殺したのは、俺を……」


「慎のことは関係ない! 慎を守るだけなら、あの子を殺す必要なんてなかったの!」




……何、言ってんだ、マイラ……?


……あれは意図して初音を殺した訳じゃないんだろう……?


……初音を殺したのは、俺を守るためだったんじゃないのか……?


……だから、俺は仕方ないと思ったのに、違うのかよ……?


……マイラ、冗談は止せよ、なぁ……?




「……私は、自分の殺意を止められなかった……。妬みや憎しみに負けて、芝崎初音を殺してしまった……。それは、紛れもない真実……。

 貴方の言うとおりよ、美夜……。私自身、自覚しているわ……。私はもう壊れ始めている……。自分の目的のためなら誰だって殺せる、そんな外道に堕ちた……。

 でも、だからといって、私は止まらない! どれだけの罪を重ねようとも、私は殺し続ける! 私から全てを奪った連中はもちろん、それを邪魔する全てを、殺す!

 美夜、私は貴方を殺す! 貴方にも譲れないものがあるのなら、私を殺しなさい! 私は殺されるまで戦い続ける! 殺されるまで、絶対に止まらない!」




どうしてだろう、殺してくれ、と懇願しているように聞こえるのは。


あの血塗れの教会でマイラは、俺に殺されることを望んだ。本当は復讐の運命から逃げたいのだと思う。しかし、マイラはあまりに大きな宿命を背負っている。愛する人達の死が今も彼女の心を蝕んでいる。


だから、マイラは殺されることによって、運命から逃れたいのだろう。そして、マイラに安らかな死を与えられるのは、おそらく逢瀬だけだ。


俺はどんなことがあっても、マイラに生きてほしいと望んでいる。それでは結局、マイラを救えないのではないだろうか。



「……マイちゃん」



逢瀬はゆっくりと長刀を抜いた。

鞘から抜き放たれた刃は、月光を反射して淡く煌く。ブラックファングのように圧倒的な邪気ではないが、逢瀬の長刀からは神秘的な魔力を感じる。


しかし、それ以上に逢瀬自身から凄まじい魔力の奔流を感じられた。天使のような神々しさを纏い、彼女はマイラに刀を向けた。




「私は貴方を殺しません」


「美夜……」


「世界には、理不尽な力で全てを解決しようとする人達がいます。そして、そうした人達の前では、力がなければ全てを奪われてしまいます。私も、貴方も、奪われたことがある身ですから、わかるはずです。力がなければ、守れないものがあるということを。

 私が戦うのは、そうした横暴な人達から大切なものを守るためです。力がなければ救えないものがあるから。何に代えても守りたいものがあるから。だから、力を手にして戦うんです。……だけど、私はそんな人達と同じように、力で全てを解決するような人間にはなるつもりはありません!

 私がこの力を振るう理由は、理不尽な力を振るう人達のように力で物事を押し通すためではありません! 大切な人達を守るために振るうんです! この銘刀白夜は、大切な者を守るために受け継いだ力なんです! もう二度と大切な人を奪わせないために!

 そして、私にとって貴方は大切な親友です! 今の貴方を止めるには、力を振るうしかないから、だから、戦うんです! 絶対に、私は貴方を殺したりしません!」




逢瀬の言葉が、夜の闇に響き渡る。

マイラとは、全く別の覚悟を背負った強い言葉だった。


逢瀬の言葉を聞き、マイラは俯いてしまった。そのため、マイラの表情は見えなかったが、彼女の心に逢瀬の言葉は届いたはずだ。


まっすぐな逢瀬の想いを受け、マイラは何を思っているのだろうか。



「……そう、それが美夜の意志? 力ずくで私を止めるくせに、殺してはくれないのね」


「そうです。私は親友にこれ以上の罪を重ねさせないために来たんです。マイちゃんがマイちゃんであるうちに、貴方を止めにきたんです!」



美夜は銘刀白夜を構え、強い意志が込められた瞳でマイラを射抜いた。


一方、マイラは顔を俯けたまま虚ろな笑みを浮かべた。その笑みは次第に薄れ、マイラの顔から表情が消えていった。美夜とは対照的に機械的な冷たい瞳で彼女を睨み付けた。



「……どうして、誰も彼も私をこんな生き地獄に縛り付けるの……?

 これ以上、私を生かしておいても意味はないのよ、美夜! 私はただ存在しているだけで、みんなを不幸にする! 慎も芝崎初音も、私のせいでこんな悪夢みたいな運命に巻き込まれてしまった!

 私を殺してよ、美夜! そして、慎を解放してあげて……。私はもう自分の意志で、彼から離れられないの……。このままじゃ、慎を地獄まで連れて行ってしまう! 慎だけは、何があっても死なせたくない! 慎は、慎は私みたいに闇の中で生きてたらいけないの! だから、お願い……、そうなる前に私を殺して。そして、慎を助けて……」



「マイちゃん……」




馬鹿野郎……。


お前はまだそんな寝ぼけたことを……。


あの時の俺の言葉は、お前に届かなかったのか……?




「マイラ、お前はまだそんなことを考えていたのかよ!? 俺は決めたんだよ、地獄までお前と一緒に行くって! その想いは届かなかったのか!? なぁ、どうして全部一人で背負い込もうとするんだ! もっと俺を頼れ、マイラ!」


「……もう、充分過ぎるほど頼っているよ、慎……。貴方がいなかったら、私はとっくに発狂してたわ。こんな絶望の中で、生きられるのは、全部慎のおかげだよ……。

 だから、慎は私の希望だから、生きていてほしいの……。もう、目の前で大切な人が死ぬのを見たくないから! もう、あんな想いはたくさんなの……」



マイラの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。それを皮切りにマイラの涙腺は決壊し、堰を切ったように泣きじゃくった。


今まで必死に堪えてきた涙が零れ落ちていく。耐えてきた時間が長ければ長いほど、涙は止まらなくなる。きっとどんな慰めをかけても、マイラの涙は決して止まらないだろう。



無力だ……。俺は、本当に無力だ……。



俺のせいで泣かせてしまっている。マイラに笑顔でいてほしいのに、何故彼女を泣かしているのだろう。どうして、俺は女を泣かすことしかできないだろう。



「……お願い、美夜。私を、殺して……。酷いお願いだって、わかってるよ……。

 でも、私は自分で自分を止められない……。自分の意志で、慎を手離すことなんて、できないの……。慎が、好きだから……。どうしようもないくらいに、慎が好きだから……。このままじゃ、彼が死ぬってわかっていても、離れられないのよォォォッ!!」



「マイちゃん……。それでも、私は貴方を殺せません……。生きて、慎君と幸せになってほしいんです……。私には叶わなかった奇跡を、見せてほしいんです……」



「貴方の希望まで、私に押し付けないで! 私は、貴方や慎に愛されるよう人じゃないの……。貴方達の希望まで打ち砕く悪魔なのよ!!」



マイラ……、お前、そこまで追い詰められていたのか……。


いまやマイラの心は発狂寸前だ。先ほどのマイラの言葉を信じるなら、相当前から苦しんでいたのだろう。俺が初めて出会った時、マイラは自ら命を絶とうとしていた。


同じだ。結局、俺はマイラの苦しみをわかっていなかった。何を知っても、俺はマイラの心を理解できなかった。救いの手を差し伸べることができなかった。



「マイラ……」



俺は無意識のうちにマイラに駆け寄っていった。

マイラの苦しみを癒したくて、ただそれだけで走り出していた。


マイラのためなら、俺は何でもする。たとえ、地獄であろうと何だろうと、マイラがいればそれだけでいい。それはもう、何があったって揺るがない決意だ。


しかし、俺の歩みは彼女自身によって止められた。



「来ないで、慎! 来たら、死ぬわよ……」


「マイラ……。お前、それは……」



マイラの手には、銀色の宝珠が埋め込まれた真鍮の指輪、狼王の遺産が握られていた。


ブラックファングは使えないはずだ。初音を殺したことにより、狼王の遺産に封じられていた魔獣が力を増し、今使ったとしてもマイラ自身の魂が食われるだけだ。



……マイラの魂が食われる?



まさか、あの馬鹿……、ろくでもないことしでかす気じゃないだろうな!?



「マイちゃん、駄目です! それを使っちゃ……」


「もう、遅いわ……。美夜、私が正真正銘の化け物になってしまえば、もう殺すしかなくなるわよね……? そうしなければ、貴方は大切な者を守れないんだから……」


「駄目です、マイちゃん!!」



美夜の青い翼が羽ばたいた。

まるで一陣の風のように凄まじい速さで大地を駆けていく美夜。それは俺が今まで見てきた中で誰よりも早く、美しい飛翔だった。


しかし、それでも間に合わなかった。あと一歩届かなかった。



「止めろ、マイラァァァァァァッ!!」


「……我が誇り、汝の魂と共にッ!!」




銀の閃光が闇に包まれた森を照らしていく。しかし、その光から一切の温もりは感じられず、まるで銀の闇が広がっていくようだった。銀色の闇の中で、マイラのシルエットだけははっきりと映っていた。彼女だけがこの孤独な物悲しい闇の世界で生きることを認められているようだった。俺がいくら手を伸ばそうとも、その闇には届かなかった。


まるでマイラに拒絶されているようだった。











闇が晴れたその先に、マイラ、……いや、マイラの魂を喰らった怪物が立っていた。銀色に染まった髪をなびかせ、額にはブラックファングに刻まれているものと同じ紋章が煌かせ、マイラの魂を喰らった獣は俺達を睨んでいた。それは人とは思えないほど邪悪な瞳で、戦慄さえ覚えるほどだった。


『……美しい月だ。そうは思わないか、下賎なる人間どもよ……』


そいつはマイラと同じ声色で、しかし、邪悪さを孕ませた声で俺達に語りかけてきた。瞳は依然としたまま俺達を睨んだままだ。


ただそこに存在しているだけで、俺達は圧倒されていた。目の前にいる怪物に。

俺は本能的に悟った。今、俺達にいるそいつはマイラと同じ姿をしているが、全く別の存在。底知れぬ憎悪と殺意を撒き散らす獣だった。


こんな怪物がマイラであるはずがない。確かにマイラは血と罪に塗れた人殺しだが、それでもこの怪物とは全く違う。俺が惚れた女と同じ姿をしていても、そいつはマイラとは異質な存在だった。



「……てめぇは、誰だ? ……マイラは、マイラはどうなったよ!?」


『マイラ? あぁ、我の新しい肉体となったウェアウルフの女か?』



マイラの顔をした悪魔は俺を嘲笑う。奴の邪悪さを感じれば感じるほど、マイラと同じ顔をしていることが許せない。



「ふざけんな! そいつは俺の女だ! 返しやが……」


「駄目です、慎君! 殺されちゃいますよ!」



マイラの姿をしたそいつに向かって飛び出した俺を、逢瀬が身を挺して止めた。逢瀬は小柄ながらも全身の力を上手く使い、体格で明らかに勝っている俺の勢いを完全に殺した。



「止めるな、逢瀬! マイラが、マイラが!!」


「わかってます! でも、慎君が一人で突っ込んだところで何ができるんですか!?」


「うるせぇ! 何ができるかなんて知るか! 俺はあいつを助ける! たとえ、殺されようと、絶対にだ!」



俺はマイラのためなら、命だって惜しくない。マイラを助けられるのなら、殺されても構わない。


「だから、駄目なんです! 慎君が死んだら、マイちゃんはどうなるんですか!? あの怪物を倒せても慎君がいなきゃ、マイちゃんの心は一生救えなくなるんです! マイちゃんの心を救えるのはこの世で唯一人、慎君だけなんです! マイちゃんも、慎君も生きてなきゃ駄目なんです!

 もう私の目の前では、誰も死なせません! あの怪物は、私が倒します!!」


「逢瀬……」



……どうして俺の周りにいる女ってのは、こんなにも凄い奴等ばかりなんだろうな……。


逢瀬は強い意志のこもった瞳でマイラの魂を喰らった獣を睨み付ける。こんなにも小さな少女の背中に頼もしさを感じてしまう。そう感じるのはきっと、逢瀬の何よりも強い信念を知ったからだろう。


マイラと同じ顔のそいつは、不愉快そうに逢瀬を見下ろした。



『……ほぉ、面白いことを言うな、小娘。我を倒すだと? 何の冗談だ? 人間の分際で……』


「人間? いいえ、私は貴方と同じ化け物ですよ? だからこそ、貴方に勝つことができるんです!」



銘刀白夜を正眼に構え、少し悲しげな表情で自分を化け物と呼ぶ逢瀬。

そういえば、クラスメイトということ以外、逢瀬のことを何も知らない。マイラは彼女が来訪に驚くどころか、予想どおりといった様子だった。彼女もきっと俺の知らない世界の存在なのだろう。


『我と同じ? 侮蔑するな、小娘が。貴様には人間のニオイが染み付いている。化け物というには、生温い。貴様は人間でも、化け物でもない半端者でしかない。

 中途半端な下等生物の分際で、我に勝つ気でいるだと? 虫唾が走る。その傲慢、死で償うがいい!』


ブラックファングが逢瀬の首に振り下ろされる。マイラの魂を喰らった魔獣は、逢瀬にまでその毒牙を伸ばそうとしていた。

しかし、逢瀬は瞬時に抜刀し、ブラックファングを防いだ。あれだけの長刀を瞬時に抜き放つ逢瀬の技は、初音にも引けを取っていない。



「……あいにくですが、私は簡単には殺せませんよ。私を殺したいのなら貴方も本気で来なさい、狼王!!」


『小娘が、調子に乗るなァァァッ!!』



狼王ロボは憤怒の雄叫びを上げながら、強引に刀ごと逢瀬を捻じ伏せようとした。しかし、逢瀬は狼王ロボとの力比べには挑まず、青い翼を広げてすぐさま上空へと飛び立った。標的を失ったブラックファングは勢いのまま地面に突き刺さった。その威力は土を隆起させるほど衝撃だった。


恐ろしいまでの威力だ。あれが人間の出せる力とは思えない。狼王ロボがマイラの体を乗っ取っているからこそ出せる威力なのだろう。


逢瀬は夜空を切り裂く青の軌跡を描きながら、狼王ロボの頭上に刀を振り下ろした。当然、狼王ロボはブラックファングでこれを防いだ。しかし、逢瀬の攻撃はまだ終わっていなかった。


青き翼が大きく羽ばたき、羽根が無数の矢のように狼王ロボに降り注いだ。完全に予想外の攻撃だったらしく、狼王ロボは防御姿勢を取る間もなく、全身に青い羽根を喰らった。



『ぐぅ……。この程度の攻撃に、これほどのダメージを受けるとは……。なんと人間の体は脆弱なのだ! おのれ、我の真なる体さえあれば……』


「真なる体があっても、私は負けませんよ!」


『舐めるな、驕るな、分際をわきまえろ! 我は誇り高き狼の王ぞ! 貴様のような半端者如きに遅れを取るものか!』



狼王ロボに突き刺さっていた青き羽根が蒸気を上げながら消えていく。そして、たった今付いたばかりの傷があっという間に癒えていった。


何だよ、あいつは……? 不死身なのか……?


今の攻撃は狼王ロボの誇りを大きく傷付けたらしく、獣らしい憤怒の形相で逢瀬を睨み付けた。そのプレッシャーは俺でさえ足が竦むほどだった。しかし、逢瀬は一切怯むことなく、再び青き羽根を飛ばした。


しかし、今度は狼王ロボまで届かなかった。


狼王ロボが鼓膜まで破るような咆哮を上げると、青き羽根が瞬く間に蒸発してしまったのだ。



『無駄だ! 我に人間の英知である魔術は通じん!』


「えぇ、今度は攻撃のつもりはありませんから」



青き羽根の蒸気を目晦ましにし、逢瀬は一瞬で狼王ロボの背後を取った。常人離れのスピードに加えて、目晦ましまでされ、魔獣は何の反応もできなかった。


逢瀬は躊躇なく、狼王ロボの背中を斬り付けた。狼王ロボの背中、マイラの体から鮮血が噴き出し、倒れた。あれは相当な深手のはずだ。



「……って、逢瀬!? マイラまで殺すなよ!?」


「大丈夫ですよ! 今のマイちゃんは殺しても死にませんから!」



何を言っているんだ、と叫ぼうとした瞬間に気付いた。


狼王ロボの背中から薄い蒸気が溢れ出ていた。蒸気、というには妙に嫌な気配が感じる。おそらくあれが瘴気というものなのだろう。瘴気は斬り付けられた傷口周辺に集中し、しばらくすると傷口ごと消えてしまった。


あれほど出血するのなら相当の深手だったはずなのに、狼王ロボは何事もなかったかのように立ち上がった。しかし、顔には屈辱にまみれた憤怒の表情が浮かんでいた。


『小娘がァ……』


「ほら、言ったでしょう? 思念統合体となったマイちゃんは、狼王ロボの力によって簡単に死ねない体になっています」


……思念統合体って何だ? さっきのマイラの話でも思ったが。

まぁ、いいか。聞ける状況ではないし、聞きたいことは後でまとめて聞けばいい。マイラが助かった後で。


とにかく、マイラは狼王ロボに乗っ取られているおかげで治癒力が上がったらしい。まるでRPGゲームのキャラクターみたいだ。しかし、今ここで起こっていることは全て現実だ。



「だけど、すぐに傷が再生しちまうんじゃ、傷付けても意味ないんじゃねぇのか?」


「いいえ、そんなことはないです。体の再生にはそれ相応の霊力、魔力が必要です。本来の狼王が相手ならともかく、今は復活したばかりの状態です。まずはこうしてダメージを与え続けて、狼王の力を削ぎます。その上で、再封印しちゃいます。

 慎君は離れてください。もう奇襲染みた攻撃は通じないでしょう。正直、これからが厳しいんです。巻き添えにならないよう、早く逃げてください」



女一人を置いて逃げるのはあまりに格好悪い。しかし、今はそんなことを言っている場合ではないだろう。俺では足手纏いにしかならない。


頼むぞ、逢瀬……。マイラを、助けてくれ……。





つづく


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