表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/25

閑話 Crimson Flame


焔仁。


ウェアウルフの高い運動能力と、ファイア・ジーニアスの発火能力を持つ少年。ただし、どちらの能力もオリジナルと比べると見劣りする。彼の真価はそれぞれの能力の高さではなく、多様な能力を持つ汎用性と彼個人の暗殺者としての素質。全力で戦えば、ブラックァングを持つマイラと同等の戦闘能力を持っていた。


元々、彼の祖父母は共にイギリスに住んでいた。しかし、彼の祖母でありフェーリア家のウェアウルフが、ファイア・ジーニアスとはいえ、ただのホモ・サピエンス種と交わったことが問題となり、国外から追放されたのだ。それ以後、彼の一族は芝崎家の庇護下に置かれている。時に、芝崎家暗部の仕事も担わされている。


これが、マイラの知る限りの情報だった。


しかし、彼女が知らされている情報は、表向きのもののみ。経歴についてはマイラが知っているとおりであるが、実際に焔家(もっとも、現在は仁のみ)が担っている仕事のほとんどは芝崎家暗部のもの。マイラが知らぬところで、仁は芝崎家に仇なす者を暗殺してきた。組織の任務にもそうした後ろ暗い面はあるが、仁はマイラが想像している以上に深い闇の中にいた。実際、仁が初めて人を殺したのは、マイラがプライマリー・スクール(日本での小学校)に通う頃だった。


そして、芝崎家最大の重要機密であり、マイラにとっても一族の仇である存在。ブルー・ランタンは、本来焔仁のために作られた術式だった。


そもそも、Blue Lantern System(ブルー・ランタン・システム。以降BLSと表記)とは、祖父の代より劣化した発火能力を強化するための術式である。ただし、現在のところBLSは完成していない。二年前にマイラが遭遇したブルー・ランタンは、BLSの試作段階の術式が組み込まれただけの人間。ちなみに、試作術式を埋め込まれた少年は、カーティスとの戦いで相討ちとなり、死亡した。


BLSの仕組みは、人間を強制的に思念統合体と化す術式である。


思念統合体とは、一つの物的な器に二つ以上の精神体(魂、思念、魔力など)が統合もしくは共有した存在の総称。本来存在し得ない存在であるが、それ故に人知を超えた力を持つ場合が多い。ただし、その存在は不安定であり、死や魂の消滅の可能性が高かった。ましてや強制的に思念統合体と化すことは非常にリスクを伴う。


BLSは東洋と西洋の術式を組み合わせた特殊な術式であり、その術の構築には芝崎初音も関わっていた。故に、彼女もまたマイラの仇であったが、BLSの実験体の活動については初音も関知していなかった。当然、ウェアウルフ殲滅に関わったという自覚もなかった。初音は知らぬうちにフェーリア家虐殺に加担し、マイラは知らぬうちに仇をとっていたということになる。皮肉なことに、彼女達の深い因縁は互いに知らぬところでも繋がり、殺し合うことは必然だったのかもしれない。


思念統合体の性質上、BLSは危険な術式である。しかし、仁の立場上、BLSを拒むことはできない。


まるで芝崎の飼い犬だな……。


それが、誰にも言えない仁の心の内であった。BLSによって一族を虐殺されたマイラに相談することなどできない。慎に芝崎家の暗部を明かす訳にもいかない。それ以外の知り合いはほぼ芝崎家の関係者で、当然不満を口にできるはずがない。


唯一、仁が全てをぶつけられる人物は、敵である憂いの切り裂き魔だった。皮肉なことであるが、仁が全ての感情を爆発できるのは戦い以外になく、彼と互角に戦えるのは憂いの切り裂き魔以外にいなかった。二人は敵同士であるが、互いに通じるものがあり、正体が気付きつつも私生活では普通に接している。


ただし、それでも仁の心の奥にある不安は消えない。戦いでは、彼の心を癒すことはできない。しかし、そんな彼の心を癒す存在が現れた。初めて出会った時はただの小娘だと思っていたのに、いつしか仁は彼女に惹かれていた。



「……思念統合体、というのはどんな気分なんだ?」


「また聞き辛いことを聞きますねぇ」



仁が逢瀬美夜に興味を持ったのは、彼女が『思念統合体』だからだった。

美夜が自分自身の存在について知ったのはつい最近のことらしく、いろいろと悩みがあったのだろうと思い、仁にしては珍しく積極的に彼女に声をかけた。


「……頼む、逢瀬」


「う~ん、そこまで言われると困っちゃいます。でも、仕方ないですね。あんまり話したいことじゃないんですけど……」


美夜は自分が思念統合体と知る以前は、ごく普通の少女でしかなかった。だから、彼女が自分の存在に気付いた時のショックは大きかった。いつも笑顔で悩みなどなさそうに見えるが、彼女も辛い経験を重ねてきたのだ。


「……初めは、もちろん取り乱しましたよ。自分の中に、自分以外の存在がいる、そんな恐怖は実際に体験しないとわからないと思います。急に訳もなく、全身を掻き毟りたくなって……、いっそ狂ってしまえば楽だとさえ思いました……」


「……今も、そんな風に思う時はあるのか?」


「ないですよ、開き直っちゃいましたから。私の場合はすでに統合状態で安定しちゃってますし、死んじゃうような心配もないですから。それほど深刻な状態でもないので、心の持ちようで、不安はなくなりましたね」


とてつもなく前向きで楽観的な娘だ。

普通は彼女のように割り切ることはできないだろう。自分の存在が違うものに塗り替えられていく、そんな恐怖は彼女の言うとおり体験した者にしかわからないだろう。仁もそれを体験し、自分の存在を塗り潰されようとしている身なので、その恐怖を良く知っている。そして、それが簡単に克服できないことも嫌というほどわかっていた。



「……信じられないな。そう簡単に開き直られるなら、初めから苦しんだりしない」


「焔君は、自分が思念統合体にされないか不安なんですね? 芝崎家にはそういう動きがあるようですし」


「……お前、どうして……?」



正直、彼女のようなぼんやりした少女が芝崎家の暗部を知っているとは思ってもみなかった。ただの小娘に見えても、美夜は紛うことなく組織の一員であった。



「大丈夫ですよ。保護下にある者を自分達の都合で思念統合体化させるなんて許されません。焔君、貴方は私が守ります。私の目の前で、もう誰も犠牲にさせたりしません」


「……お前みたいな奴から守ると言われると、複雑な気分になる……」



自分の胸元にも届かぬような小娘に、そんなことを言われるとは露にも思わなかった。

しかし、美夜の笑みはとても温かくて、信じてみたくなるような不思議な魅力があった。彼女には人の心を癒す天性の素質がある。ただ、笑顔でいるだけで人を幸せにする、そんな魅力があるのだ。


今まで誰も信じられず、孤独な人生を歩んできた仁は、この時初めて人を信じてみたいと思った。



「あっ、酷いです! こう見えても本気を出せば、マイちゃんや焔君より強いんですよ」


「……そうらしいが、未だに信じられないな」


「見た目で判断しちゃ駄目ですよ。……私は、化け物なんですから」



そう言って笑う美夜の笑顔には、物言えぬ寂しさがあった。しかし、彼女は自分の存在に悲観しているようには見えなかった。残酷な真実を見据え、しっかりと受け入れていた。


強い娘だ、と思った。


その時はまだ、そうとしか思わなかった。ただ強くて優しくて、初めて信じようと思える人で心を癒す希望をくれた。いつか芝崎家の呪縛から解放してくれるのではないか、と期待すらしてしまった。


「あっ、焔君。仁君って呼んでもいいですか? ほら、学校だと紛らわしいじゃないですか? 穂村君と同音ですし」


「…………」


仁が無言で頷くと、美夜はまるで花が綻ぶような可憐な笑みを浮かべた。

彼女への期待。それがいつしかどうでもよくなるくらいに、彼女に惹かれるようになるのだが、それはまだもう少し先のこと。



「それにしても、字が違うと言っても名前が一音違いなんて凄いですよね?

 そういえば、言霊って知ってますか? 言葉に力があるって考えは、東洋にも西洋にもあるんですよ。もしかしたら、二人は強い運命で結ばれているのかもしれないですね?」



今はただ、彼女の笑顔が眩しかった。そして、その笑みを見ていると、何故か嬉しいと思うだけ。






閑話休題、七章「BLUE & BLUE」へ……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ