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閑話 Snow White


友達を大切にしなさい。

それが、沙雪の父の最期の言葉だった。


彼女の父は、彼女が六歳の頃に肺癌で亡くなった。彼女の父を一言で例えるなら、煙草好きの熊。生え放題の髭面と山男のような風体は、まさに熊そのもの。無類の煙草好きで、癌を宣告されてからも煙草を止めることはなかった。豪胆でワガママ放題の男だったが、誰よりも情に厚く、彼の葬儀には何百人もの人が弔問に訪れた。


沙雪は誰よりも父が好きだった。高校生になった今でも父を尊敬し、一日たりとも父の遺言を忘れたことはなかった。


事情を知らないマイラは、友達を大切にする子だなぁ、程度にしか思っていないが、沙雪が友達のために奔走するのはそういう背景があるからだった。このことを知っているのは、幼稚園時代からの友人、久里子だけだろう。


今日も沙雪は、マイラと慎の復縁のために、ある人物を探していた。その人物とは、二人の共通の友人である仁である。

しかし、三千人以上のキャパシティーがある上に運動施設が多い学内は、無駄に広い。そこで人一人を探すのは一苦労だった。


しかし、時はすでに放課後。仁は帰宅部なので、すでに帰っている可能性が高い。そろそろ仁を探すのを諦め、帰るか帰るまいか沙雪は思案していた。


そんな彼女の耳に、ちょうど探し人の声が聞こえた。声が聞こえたのは、生徒会室からだった。


「…………う。私は、……してない。……くても、……知らな……」

「そうか……」


仁は誰かと話しているようだった。よく聞こえなかったが、女の声だった。


沙雪は少し開いている扉から、生徒会室の様子を窺った。少々罪悪感があったが、あの無愛想極まりない仁と話している女性に興味の方が強かった。


扉の隙間から見えたのは生徒会長、岸辺藍だった。昨年、犬神学園に転校してきた少女で、運動神経に富んだ者が多い犬神学園の中であっても、飛び抜けた運動神経の持ち主。犬神学園では運動神経の良し悪しがその人物の評価、人望につながる。岸辺藍もそうした評価で認められ、生徒会長にさせられた人物である。


余談であるが、犬神学園の生徒会選挙は少々変わっていて、本人のやる気の是非に問わず、生徒の総意で勝手に決められる場合がある。岸辺藍もその人望ゆえに、本人の意志とは関わりなく勝手に生徒会長になってしまった人物だった。


それにしても、仁と生徒会長はどういう知り合いなのだろうか。


「今回…………に、私……関知……ない……。そ……も、…………に恨み……あるのは、大神やホムラ家……ない……?」


藍の声はよく聞こえず、話の内容を把握できなかった。


「…………」

「否定……いの……? まぁ、……のも当然……。貴方……の…………族を……………したのに、…………も加担……るんだから……」


「……ちょっと待て、どういうことだ!?」

「……らな……の? ヴァ……ンの連中と…………が共謀して……ウェア…………を…………、そこにいるのは、誰!?」


「きゃッ!?」


藍に見つかり、怒鳴られた沙雪は思わず軽い悲鳴を上げてしまった。反射的に逃げようとしたが、運動神経のよろしくない沙雪は足をもつれさせ、盛大に転んだ。その隙に、仁と藍が生徒会室から出てきてしまい、簡単に見つかってしまった。


「……お前か……」


仁は沙雪を見ると、小さく溜め息を吐いた。心なしか安堵したように見えた。


「知り合い?」

「……マイラの友人だ」


「じゃあ、もしかして、貴方に用事だったんじゃない?」

「…………そうなのか?」


仁は転んだままの沙雪に対して尋ねた。

二人とも、転んだ沙雪に対して手を差し伸べるという親切心は起こらないらしいので、沙雪は一人で起き上がって、仁の問いに頷いた。


「え、えぇ……。マイラと慎君のことで話がしたくて探してたんだけど……」


こうして三人が立ち並ぶと、三人が三人とも背が高かった。沙雪も藍も、女性としては珍しく一七十後半を超える長身。仁にいたっては一九十に近い。


「……あの二人のことか。まだ諦めていないのか?」


「だって、二人ともまだ、想い合っているんだよ。それなのに、別れるのはおかしいわ」


「……わかっている。だが……、いや……、お前の方が正しいな。おかしいのは、あいつ等の方か……」


普段の彼なら、他人事に好んで首を突っ込むことはなかった。しかし、他ならぬ親友と再従姉の問題。無視を決め込む訳にもいかなかった。


「行くの?」

藍が仁に問いかけた。


「……あぁ、行く。さっきの話はまた今度聞かせてくれ」


「それは別に構わないけど、面白い話じゃないわよ。知らないなら、知らないで……」


「……いや、知らなければいけないことだ」

「そう……。まぁ、私はどちらでもいいけどね」


藍は億劫そうにそう言うと、生徒会室に戻っていった。


沙雪は二人が何の話をしているかわからなかったが、勝手に踏み入れるような軽い話をしないのはわかった。だからこそ、二人の関係がどんなものか気になった。しかし、控えめな性格の沙雪には、とても軽々しく聞くことなどできなかった。


「……話すなら、場所を変えよう」

「そうね」


二人の関係が気になりつつも、沙雪は大人しく仁の意見に同意した。

さすがに生徒会室の前で長話という訳にもいかないだろう。沙雪と仁は、生徒会室から離れて、学内のカフェテリアに向かった。


その途中、偶然にも徳島教諭と出会ってしまった。この時、二人は特に何の感情も起きなかったが、彼から頼まれ事の内容を聞いて、彼と会ったことを後悔した。


「おぉ、ちょうどいいところに! 悪いんだが、第七体育倉庫の備品チェックに行ってくれねぇか? 俺ァ、ちょっと忙しくてなぁ……」


徳島は、二人の返事も聞かずにチェックボードを押し付け、どこかへ行ってしまった。押しの弱い沙雪と、無口な仁では反論もすることができず、そのまま徳島を見送るしかできなかった。しかし、鼻歌交じりの後姿を見ると、とても忙しそうには見えなかったので、非常に不愉快な気分になった。


全く以っていい加減な教師だ。職務怠慢もいいところである。愚痴を漏らしたくなるのも当然だったが、真面目な性格の二人は大人しく言われた指示に従うことにした。


二人は進路を変え、第七体育倉庫へ向かった。


第七体育倉庫は、数多くある体育倉庫の中でも、もっとも使われない体育倉庫である。そもそも、体育倉庫が七つもあることが異常なのだが、運動施設の多い犬神学園ではこれでちょうどいい数なのである。その中でも第七体育倉庫は、普段あまり使われない器具をしまう場所で、滅多に開かれることのない場所だった。


「……全く、徳島にも困ったものだ」


何事にも興味がなさそうな仁でも、不満を口にすることがあるらしい。


埃塗れの第七体育倉庫に来る羽目になったのはもちろん運悪かったことだったが、仁の意外な一面を知れたのはよかった。沙雪は未だに、無愛想極まりない上に物騒な顔立ちの仁に恐怖心を抱いていた。


「まぁ、片付けでもしながら、マイラ達のことを話そう?」


「……そうだな。あいつ等もあいつ等で頭痛の種なんだが……。それにしても、随分と滅茶苦茶な置き方だ。いつ崩れてもおかしくない」


「そうね。まずは少し備品の整備をしてからじゃないと、チェックなんて……」


沙雪は積まれっ放しの備品を整理しようと手を伸ばしたが、それが間違いだった。


奇跡的なバランスで積み上げられた備品に微かな衝撃が加わり、雪崩のように崩れ落ちた。備品の雪崩は、その均衡を破った沙雪目掛けて崩れ落ちてきた。


「きゃああああああッ!?」

「……くッ!?」


沙雪が雪崩に飲み込まれる寸前、仁は彼女の体を抱き、瞬時に安全な場所へと飛んだ。それはまるで獣のような俊敏さだった。

何が起こったかわからなかった沙雪だったが、仁の温もりだけはしっかりと感じられた。


無残に崩れ落ちた備品を見て、沙雪は初めて仁に助けられたことに気付いた。つい先ほどまでは、獣にでも引き裂かれたような物騒な傷跡のある顔にしか見えなかったが、今の沙雪には仁の横顔が不思議と凛々しく見えた。






閑話休題、五章「エンヴィー」へ……


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