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閑話 ワンコVSチビッコ その1


私立犬神学園高校は県内でも特に運動部が盛んな学校だ。


充実した設備、優秀な指導者、特待生制度など、才能ある者や志ある者にとってこれ以上ない環境が与えられる。犬神学園は三千人以上ものキャパシティーがある広大な敷地を保有しているが、その敷地の半分は運動部のための施設である。全校生徒のほぼ七割は運動部に所属し、慎やマイラのような帰宅部の方が少数派だ。


また、学校全体が運動部を推奨しているためか、他校よりもスポーツイベントが多い。新学期が始まってから一週間も経たずして、最初のスポーツイベントが開催される。

今日は四月一一日、入学式の翌日。最初のスポーツイベント、新入生歓迎ハーフマラソン大会が開催される日だった。


「レディ~ス、ェ~ンド、ジェントルマン!!

 さぁ、いよいよこの日がやってきた! 新入生歓迎ハーフマラソン大会! 新入生諸君、覚悟はできているかァ? これぞ毎年恒例の犬神学園の洗礼、第一弾! 諸君は入学して早々からいきなり、犬神学園の厳しさを思い知るだろう! しかし、このハーフマラソンなど、犬神学園地獄巡りの一丁目! まだまだ地獄は待っているぜぇ! 覚悟しとけや、一年坊主共!

 なお! 司会はこの僕、超絶美男子にして生徒会期待のルーキー、沼影敦盛だァァァァァァッ!!」


『引っ込めェェェッ!!』

『消え失せろォォォッ!!』

『目障りだ、オカマ野郎ッ!!』


沼影の演説(おそらく最後の部分に対して)に苛立ちを覚えた外野から、大ブーイングが巻き起こった。野次はもちろんのこと、放送席の沼影目掛けて靴やら空き缶やらが投げ付けられていた。その幾つかが見事に沼影の顔面にクリーンヒットした。


「くォらァァァッ!! 顔に当てるな、顔に! っていうか、物を投げるな!」


『黙れ、河童頭! 三枚目のくせに顔のことなんて気にしてんなァ!』

『てめぇの不細工な面は少し潰れてるくらいちょうどいいんだよ!』

『いいからさっさと引っ込めや、三枚目がァ!』


犬神学園は基本的に体育会系が多いのでノリがいい。少々羽目を外し過ぎている部分はあるが、この勢いも含めて犬神学園の生徒達なのである。

それにしても、沼影の不人気ぶりは凄まじい。このままでは物を投げ込まれるだけでなく、壇上に登って乱闘を起こす者も現れそうだった。


「……な、何だか凄い学校に来ちゃった気がします……」


編入したばかりの逢瀬美夜は、新入生同様に周りのテンションに取り残されていた。彼女も割りとノリがいい性格なのだが、フーリガンのような周囲の勢いに圧倒されていた。


戸惑っている美夜の元に、マイラ達が近寄ってきた。というより、飛び付いてきた。


マイラは犬神学園に編入したばかりの美夜の最初の友人だった。二人は馬が合うようで、今では一緒にいることが多かった。


「驚いてるわね、美夜。ま、いきなりじゃウチのノリには付いていけないでしょ?」


「あ、あははは……、そうですねぇ。どうしてただのマラソン大会なのに、みんなこんなにテンションが高いんですか?」


「まぁ、さっきあの馬鹿司会が言ってたとおり、このマラソン大会は新入生に対する洗礼なのよ。ほら、美夜と同じで一年生もポカーンとしてるでしょ? 上級生の力ってのを見せしめる舞台って奴なの、この大会は。だから、みんな異常に盛り上がって、新入り達をビビらせているって訳。

 それと、これはおまけなんだけど……。五十位以内になると、その人が所属している部活の部費アップなのよ。ほら、ウチって運動部が盛んじゃない? だから、その部費増額を狙って、各部の意気込みが凄いの。ちなみに帰宅部の人には、食券一ヶ月分ね」


「なるほど、本当に学校全体で体育会系ですね」


学校全体で体育会系なのは問題なのではないのか。

どうやら美夜には、そうした疑問は浮かばないようだった。一応一般常識を持っているようだが、どこか天然で抜けていた。


「あの、逢瀬さんは大丈夫なの? ハーフマラソンなんて初めてじゃないかな?」


沙雪が心配した様子で聞いてきた。

犬神学園は運動神経に富んだ者が多いためにあまり問題にならないのだが、普通の者にとってハーフマラソンはかなり過酷なものだ。多少スポーツができる者でも二十キロ以上の距離を走るのは辛いだろう。まして、美夜のような小柄な女の子には相当厳しいのではないか、と心配になるのは当然のことだ。


実は沙雪は運動音痴で、犬神学園のスポーツイベントではいつも辛い思いをしていた。今では何とか他の者達に付いていけるくらいになったが、最初は何度も泣きそうになった。その辛さをよく知っているので、余計に美夜のことが心配だった。


「大丈夫です。毎朝走っていますから」

「そ、そうなの?」


沙雪と久里子は意外そうに驚いた。

小柄で華奢な外見をしている美夜は、お世辞にも運動神経に恵まれているようには見えなかった。そのため、毎朝ランニングをしているところなど想像できなかった。


「はい。持久走ならそれなりに自信があります」


「うわぁ~、私と逆だ。私、短距離なら自信があるんだけど、こういう長距離は駄目なんだよねぇ」


ウェアウルフは身体能力に優れているが、乳酸が溜まりやすい体質で持久力には恵まれていない。もっとも、それは沙雪や久里子が知る由のないことなのだが。


「……マイラ、それは去年の新歓マラソンを一年で唯一、五十位以内になった人が言うセリフじゃないと思うけど?」


「久里子だって百位以内に入ったじゃない?」

「うぅ、マイラも久里子も私一人置いていくぅ……」


運動神経に長けた友人二人を持つ沙雪は、いつも置いていかれて少し寂しかった。


マイラと久里子は犬神学園の中であっても、ずば抜けた身体能力を持っている。新入生歓迎ハーフマラソン大会で、一年生が百位以内入るのは異例なことだった。特に五十位以内に一年生が入ったのは、二十年振りの快挙だったそうだ。


「逢瀬さんなら一緒に走ってくれると思ったんだけどな……」

「あははは……、ごめんなさい、サユちゃん。私、五十位以内に入って、居合い部の部費確保したいんで」


この時の居合い部は、まだ美夜だけだった。初音と仁が入部するのはまだ先の出来事。


部費は部員の人数での分配となるため、居合い部の部費は非常に少ない。だから、美夜は新入生歓迎ハーフマラソン大会五十位入賞の特典を目指すつもりだった。


「ふふ~ん? だったら、美夜、勝負しよ?」

「勝負、ですか?」


「そう! 新歓マラソン、どっちの方が高い順位になるか、勝負よ!」


マイラは勝負好きだ。しかも、筋金入りの負けず嫌い。何かにつけて勝負を持ち掛けてくることが多く、何かにつけてその勝負がトラブルに繋がることが多い(おもに初音などと)。


一方、人の好い美夜はあまり競争事が得意ではない。むしろ、自分が不利益を受けても、他人を助けるような慈愛に満ちた性格をしている。ただし、チビ扱いする相手には結構手厳しい、というか意外に容赦がなかったりする。


「そんなこと言われても、マイちゃん相手じゃ……」


「ま、チビッコに無理は言わないわよ~。どうせチビッコじゃ、私に勝つなんて逆立ちしても無理だもんね~」


「うにゃあああ~、上等です!! その喧嘩、買います!! 買っちゃいますよ!!」


チビと言われるとすぐ怒るのが、美夜の最大の欠点だった。もっとも、欠点というより、からかいの対象となることが多いのだが。


「言ったわね~。じゃあ、私が勝ったら、かすみ屋のサンシャイン・ブラボーね」


「さ、サンシャイン・ブラボーですか!?」


かすみ屋の名物パフェ、サンシャイン・ブラボー。一言で例えるならば、それはフルーツで模られたバベルの塔。パフェと称するにはあまりに巨大なその姿は、天を貫くばかりの巨塔と見間違う圧倒的な迫力がある。そして、圧巻的なのはその偉観だけではなく、料金も神罰に匹敵するような凶悪さが秘められている。


「いや~、さすがの私もあれを一人で完食する自信はないから、美夜に手伝ってもらおうかと思ってね。ついでに払いも押し付けられるし」


「うぅ……、マイちゃん、鬼です……。でも、負けたら、それを払うのはマイちゃんですからね!」


「へぇ~、私に勝つ気? 舐められたもんね。この私が、あんたみたいなチビッコに負けるはずなんてないじゃない? 調子乗るのも大概にしときなよ、チビッコ?」


「あぁぁ~、またチビって言いました! しかも、二回も言いました!」


チビに反応し、またボルテージが上がる美夜。数分前と比べると、随分と好戦的になったものだ。

勝負の前から熱く燃え上がる二人の闘志。過熱する投資はすでに爆発寸前だった。


かたや、犬神学園№2と謳われる天下無敵のワンコ、大神マイラ。

かたや、今年度編入したて潜在能力未知数のチビッコ、逢瀬美夜。


ワンコVSチビッコ。大神マイラと逢瀬美夜の決して逃れられない宿命の始まりだった。二人の運命はこれからも相反し続ける。彼女達は己が信念の違いから、これから幾度も戦い続ける運命にあった。これは逃れられない二人の宿命であった。


因縁の対決第一幕となる勝負が、今まさに切って落とされようとしていた。






閑話休題、四章「二人の少女」へ……

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