表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
手続きが正義を作る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/157

39.入り口の匂い


布は、嘘をつかない。


紙は書き換えられる。札は貼り替えられる。名簿は更新される。

でも布は、切れば切りっぱなしだ。

縫えば縫いっぱなしだ。


だから布屋は、嘘をつきにくい。

嘘をつきにくい場所に、嘘の紙が入り込む。


入り込むなら、入り口に匂いが残る。


アークは布屋の裏口を見ていた。


白仮面は付けていない。


ここはまだ、足の段階だ。

仮面を付けるのは、机を掴む瞬間でいい。


裏口は半分開いている。


半分開いているのは、誰かが出入りするからだ。


出入りするのに、鍵を変えていない。


鍵を変えないのは、出入りが“正当”だからだ。


正当を装うために、紙が必要になる。


ミラが小声で言った。


「匂い、します」


ミラの鼻は敏い。

匂いで狩りを拾う。


「封蝋」


ミラが言う。


アークは頷く。


「役所の匂いだ」


リオが足元を見ている。


足元の泥。

泥の乾き。

同じ泥が、何足分あるか。


「ここ、同じ靴跡が三つある」


リオが言った。


「三つ?」


ミラが聞く。


「同じ形。細い踵。歩幅が同じ」


同じ靴跡は、同じ人間じゃない。


同じ靴跡を履かせている。


制服みたいな靴。


制服があるなら、組織がある。


布屋の奥から、布を裁つ音がした。


裁つ音は、生活の音だ。


生活の音の中に、紙の音が混じると不自然になる。


紙の擦れる音が一度。


一度だけ。


一度だけは、帳面を開いた音だ。


「……帳面は一冊だ」


アークが言う。


「二冊じゃない」


ミラが言う。


「二冊だったのは、札屋の方です」


「札屋は入口」


アークは言った。


「布屋は……通り道」


通り道で帳面が開かれるのは、確認のためだ。


確認するのは、数。


札の数。

布の数じゃない。


「今朝の赤点、ここで数を合わせてる」


アークが言った。


ミラが頷く。


「赤点は“余り”です。余りを誰に渡すかを、ここで決める」


決めるのは、机の側の人間だ。


机の側の人間は、街の目を作る。


目を作るために、通報を増やす。


通報を増やすために、札を混ぜる。


全部、机に戻る。


アークは裏口の隙間から中を見る。


中は暗い。

暗いのに、机の上だけが白い。


白いのは、紙が広がっているからだ。


紙の上に、布の端切れが一枚置かれている。


布の端切れは、印だ。


印は、布より紙で動く。


布の端切れに、黒い点が付いている。


黒点。


赤点じゃない。

黒点は、“門”の印だ。


門。


入るための印。


「……黒点が出た」


アークが低く言う。


ミラが息を呑む。


「門の内側へ入る印です」


「役所前の狩りは、外の狩りだ」


アークは言った。


「内側は、別の狩りになる」


リオが笑わない顔で言った。


「内側に入ったら、戻れないやつも出る」


戻れない。


戻れないのは、セレナの線だ。


セレナは今、内側にいる可能性がある。


内側へ入るなら、仮面が要る。


でも、今はまだ付けない。


付けると、相手が門を閉じる。


閉じられたら、入れない。


入れなければ、拾えない。


拾えなければ、折れない。


アークは一歩だけ引いた。


「今日は匂いを拾った」


「匂い?」


ミラが聞く。


「封蝋。黒点。靴跡」


アークは言う。


「入口の匂いだ。入口が分かれば、門は探せる」


リオが頷く。


「門が分かれば、内側へ行ける」


「内側へ行ければ、机の中心へ触れられる」


ミラが言った。


アークは息を吐いた。


「中心に触れる前に、外の机を折る」


「外の机が折れれば、内側へ入る口実ができる」


口実。


手続きの言葉。


手続きが口実になる。

口実が刃になる。


刃が出る前に、順番を取る。


アークは裏口を最後に一度だけ見た。


半分開いた口は、匂いを漏らす。


漏れた匂いは、追える。


追えるなら、次は足だ。


足を拾えば、門が見える。


門が見えれば、黒点の意味が変わる。


黒点は、狩りの印じゃない。


救いの印になるかもしれない。


セレナの線のために。


アークは背を返した。


布屋の中で、紙が一度だけ擦れた。


その音は、小さいのに刺さる。


刺さる音は、門の音だ。


内側が呼んでいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ