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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

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113/157

113.帳の手

受領所のざわめきは、紙より遅い。


遅いのに、止まらない。

止まらないから、狩りになる。


腕章は声を張り続ける。


「確認は不要だ! 順番を守れ!」


順番。

いま、順番が崩れている。


ミラは柱の陰から動かない。

動けば、こちらが札になる。


札にされないために、見る。


見るのは、貼り手の指だ。


貼り手は落ちた紙片を探し、見つからないふりをして、次の板を押さえた。

押さえ方が雑だ。


雑な手は、癖を落とす。


リオが、靴の内側に滑らせた紙片を、見えない位置でミラへ渡す。

触らない。

見るだけ。


紙片の角に、黒い粒。

黒点の欠け。


その裏に、薄い罫線。

名簿の余白だ。


そして、一語。


「帳」


ミラはすぐに定義する。


帳──身代わり名じゃない。

“帳面側(記録側)に責任を戻す”ための、反転の一語。


だから腕章が焦る。


焦りは、紙の匂いで分かる。

封蝋の甘い匂いが、急に濃くなる。


閉じ直しの匂い。


貼り手が受領所を離れた。

離れる方向が、商会の裏へ戻る方向だ。


戻り足。


戻り足は、机へ繋がる。


ミラはリオにだけ聞こえる声で言う。


「追うのは足。貼り手じゃない」


リオが頷く。

頷いた瞬間、影が溶けた。


足で拾うために。


ミラは受領所の台を見る。


《確認不要》の端が、まだ浮いている。

浮いている端は、また落ちる。


落ちれば門札が増える。

増えれば代が増える。


増える前に、帳の手を取る。


ミラは受領所の外れの小さな机を見る。


机の上に、控え板が三枚。

《受領》《代理》《代》。


代の欄だけが新しい紙で貼り直されている。


貼り直しは、間違いを隠すための動作。


隠したいのは、“帳”だ。


帳が混ざると、責任が戻る。

責任が戻ると、狩りが遅れる。


遅れるのを、向こうは一番嫌う。


ミラは台の脚を見た。


脚の根元に、紙粉が溜まっている。

紙粉の中に、銀粉が混ざっている。


鍵穴の粉。


ここへ原本が運ばれた証拠だ。


原本は棚から出て、受領所へ来て、また戻る。


戻る途中のどこかで、“帳”が切り取られる。


切り取る手が、帳の手だ。


ミラは息を一度だけ止めた。


止めたのは怖いからじゃない。

足音を聞くためだ。


受領所の裏の通路で、靴音が二つ重なった。


一つは貼り手の靴。

軽い歩幅。


もう一つは、重い歩幅。

急がないのに、迷わない。


迷わないのは、順番を知っている足。


鍵番の足だ。


鍵番がここへ来るなら、原本が動く。

原本が動くなら、帳の手は近い。


ミラは柱の陰で、腕章の声を背中で聞いた。


「確認は不要だ!」


不要だ、を言うたびに、紙が増える。

増えるたびに、手が忙しくなる。


忙しい手は、落とす。


落としたものは、拾える。


リオが戻ってきた。

息を切らしていない。


切らしていないのに、目が刺さっている。


「貼り手、戻り足が二本に分かれた」


「二本?」


「一つは商会の裏口。もう一つは……役所の旧記録庫の方」


旧記録庫。


役所の紙の底。


ミラの胸が一度だけ冷える。


ここまでで一番、線が太い。


「帳の手は、役所側だ」


ミラは唇の内側で言う。


商会の机は入口だった。

名簿は増殖装置だった。


でも“帳”は、役所の底に繋がる。


紙の底に繋がるなら、白仮面が要る。


要るのに、今は付けない。


付けた瞬間に、門が閉じるからだ。


ミラはリオにだけ聞こえる声で、短く命じた。


「旧記録庫の鍵番を拾って」


「結び目、だな」


リオが笑わずに頷く。


ミラは受領所の台を最後に一度だけ見た。


《確認不要》の端が、風でめくれている。


その下に、黒い角が見えた。


黒点。


門札が、また落ちる。


ミラは決める。


落ちる前に、帳の手を折る。


「……次は、役所の底」

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