第8話:ジミーナ村改革作戦
僕は一歩前へ出ると、黒く塗り替えられた大地に鋭い視線を向けた。
「『カルチ(耕起)』『リージング(畝立て)』『マルチング(黒ビニール)』! ――そして、土魔法**『グロウ(発芽・定着)』**!」
僕の詠唱に呼応し、等間隔に並んだマルチの穴から、生命力に満ちた緑の芽が一斉に顔を出した。 それは「成長」を魔法で加速させ、土の中の種芋から瞬時に苗を生成する、まさに経営効率の極致だ。
「なっ……種も苗も植えていないのに、土から直接芽が……!?」 アイリスが驚愕し、銀の鎧を鳴らして一歩後ずさる。
「ルカ! 仕上げだ。水魔法**『ウォーター』**で苗に水をあげるんだ! 根付かせるための最初の給水は、成長の質を左右する大事な工程だぞ」
「了解! 任せてちょうだい、社長! ――聖なる恵みよ、降り注げ! 『ウォーター』!」
ルカが杖を掲げると、空中に繊細な霧が発生し、瑞々しい輝きを放ちながら『ベニ・ハルーカ』の苗たちを優しく包み込んだ。 魔法によって最適化された水分が、理想的な酸度になった黒土に吸い込まれていく。
「……信じられん。我らが一生かかっても成し得ぬ開墾を、わずか数十分で……」 村長は地面に膝をつき、祈るようにその光景を見つめていた。
「驚くのはまだ早いぞ、村長。……ルカ、さらに魔力を注げ。ここからは収穫までの時間を最短する。商品サンプルがなければ、村人たちのモチベーションも上がらないからな」
僕の指示で、ルカがさらに魔力を高める。 それに応えるように、苗はぐんぐんと蔓を伸ばし、マルチを覆い尽くすほどの青々とした葉を茂らせ始めた。
「よし、アイリス。君は警備を頼む。……さて、ジミーナ村の諸君。これから、この土地の呪いが『黄金の恵み』に変わる瞬間を見せてやろう」
僕はスーツの袖を捲り、土の中に手をかけた。
焼き上がった『ベニ・ハルーカ』を、村の子供たちが小さな手で受け取る。 一口食べるごとに、青白かった頬には朱が差し、虚ろだった瞳には生命の火が灯った。
「おいしい……! こんなに甘いもの、生まれて初めて食べた!」 「おにいちゃん、ありがとう!」
無邪気な感謝の声が響き、沈んでいたジミーナ村に、久方ぶりの活気が戻っていく。 だが、僕はその光景に満足して立ち止まるつもりはなかった。
「とりあえず村長! この土があれば、これからはなんとかなるはずだ」
僕は村長をはじめ、集まった村民たちを前に、真っ直ぐな視線で告げた。
「いいか、よく聞いてくれ。僕の魔法を使えば一瞬で収穫まで持っていける。だが、それでは君たちの力にはならない。魔法の成長速度に頼らずとも、君たちの手でこのサイクルを回せるようになってもらう」
僕は足元の土と、収穫したばかりの芋を指差した。
「今獲ったこの芋を、再び土に伏せて(植えて)くれ。そこから芽が出て『苗』になる。その苗を切り取って、新しく作った畝に植えていくんだ。収穫し、また植える……この繰り返しだ。これが『ベニ・ハルーカ』という事業を継続させる唯一の道だ」
村人たちは、僕の言葉を一言も聞き漏らすまいと必死に頷いている。 魔法という「奇跡」ではなく、地道な「労働」こそが自分たちの生活を守るのだと、彼らの目には強い意志が宿り始めていた。
「ツトム殿……貴殿は、我らにただ食料を与えただけでなく、『明日への希望』という名の種を蒔いてくれたのだな」
アイリスが感銘を受けたように呟く。ルカも「ふふん、私の魔力のおかげでもあるけどね!」と自慢げだ。
「……勘違いしないでくれ。僕はただ、我が社の供給網を安定させたいだけだ」
僕はそう言って背を向けたが、少しだけ緩んだ頬を隠すように、スーツの襟を正した。




