第7話:ジミーナ村
アイリスの先導で森を抜け、緩やかな下り坂の街道へと出た。 だが、そこで目にしたのは、僕の想像以上に「冷え切った」市場の光景だった。
街道の脇、ひしゃげた荷車のそばに、一人の男が力なく座り込んでいる。 身なりからして行商人だろうが、その顔は土色で、目は生気を失っていた。
「……ひどいな。アイリス、一度足を止めるぞ」
「ツトム殿、彼はもう……」
「死なせはしない。貴重な『物流の専門家(行商人)』をここで見殺しにするのは、我が社の損失だ」
僕は倒れた男の前に膝を突き、ルカに目配せをした。
「ルカ、魔力供給だ。緊急のサンプル配布を行う」
「了解! ツトム、大盤振る舞いね!」
僕は街道沿いの痩せた土に手をかざした。
「土魔法――『カルチ(耕起)』『リージング(畝立て)』『マルチング(黒ビニール)』!」
一瞬で出現した完璧な畝から、『グロウ(超急速成長)』によって丸々と太った『ベニ・ハルーカ』を掘り起こす。 アイリスが驚く間もなく、ルカの『ウォーター』と『ファイア』が即席の調理ラインを完成させた。
「おい、これを食べろ。サンプルだから無料だぞ。」
焼き上がった黄金色の芋を、行商人の口に運ぶ。 男は震える手でそれを受け取ると、むさぼるように食らいついた。
「……っ!? あ、甘い……! なんだ、この……熱い活力は……。腹の底から、力が湧いてくる……!」
男の瞳に、みるみるうちに光が戻っていく。 それを見ていた他の避難民たちも、ふらふらとこちらへ吸い寄せられてきた。
「よし、全員に配るぞ。ただし、忘れるな。この芋の名は『ベニ・ハルーカ』。僕たちはこれから先にあるジミーナ村で、この『奇跡』を量産する予定だ。……クチコミ、頼んだぞ」
飢えた人々から上がる、涙ながらの感謝の声。 それを背中で聞き流しながら、僕は再び歩き出した。
「ツトム殿……貴殿は、本当に不思議な男だ。慈悲深いのか、それとも強欲なのか……」
「経営者は、どちらか一方だけでは務まらないんだよ、アイリス」
僕はスーツの襟を正し、遠くに見える小さな集落――ジミーナ村を見据えた。 あそこが、僕の「異世界さつまいも帝国」の、創業本部になる場所だ。
「……ここがジミーナ村か」
街道で助けた行商人の男に案内され、僕たちはようやく目的地に辿り着いた。 だが、迎えてくれた村長は、希望に満ちた顔とは程遠い、沈痛な面持ちで僕たちを村外れの広大な空き地へと案内した。
「ツトム様……お話は伺いました。ですが、この土地は『不作の地』と呼ばれておりましてな。何を持ち込んでも、芽吹くことさえ叶わぬ呪われた土地なのです」
アイリスが心配そうに地面を見つめる中、僕はしゃがみ込み、一握りの土を手に取った。 指先で転がし、軽く舌に乗せる。
「……なるほど。呪いなどではない。ただの極端なアルカリ土壌だな。石灰質が多すぎるのか、あるいは……。どちらにせよ、これでは窒素やリン酸の吸収が阻害される。芋が育たないのは道理だ」
「アル……カリ……?」
村長がポカンと口を開ける。
アイリスもルカも「何を言っているの?」という顔だ。
「さつまいも――『ベニ・ハルーカ』が好むのは、弱酸性土壌だ。……ルカ、魔力供給を最大で頼む。土壌の組成を書き換えるぞ」
僕は地面に両手を突き、体内の魔力を『営農管理』へと流し込んだ。
「土魔法――『ソイル・リバリュー(土壌改良)』! 陽イオン交換容量を調整、pH値を酸性側へシフトしろ!」
僕の手の下から、黄金色の光が地中深くへと浸透していく。 白っぽくパサついていた不毛の土が、見る間に水分を湛え、しっとりとした深い黒褐色の「黒土」へと変質していった。
「な、なんということだ……。不毛の地が、一瞬でこれほどまでに命を感じさせる色に……!」
村長が腰を抜かし、震える手で土に触れる。
「アイリス、ルカ。……下準備は終わった。ここからが本番だ」




