第6話:聖騎士が仲間に
「……負けだ。私の負けだ。この芳醇な香り、そして舌の上で溶けるような蜜……。これほどまでの魔力……いや、活力を秘めた食べ物を、私は他に知らぬ。これを食した後では、王宮のパンなど乾いた砂も同然だ」
彼女はゴクリと喉を鳴らし、恥じ入るように視線を逸らした。 だが、その視線は焚き火のそばに転がっている「二本目の芋」を、じっと、獲物を狙う鷹のように捉えていた。
「……その。不躾な願いだとは分かっているが。……もう一本、その『ベニ・ハルーカ』とやらを……恵んでくれないだろうか?」
アイリスは、折れそうなほど細い声で、しかし切実な眼差しで僕を見つめてきた。 聖騎士としてのプライドと、胃袋からの叫び。勝敗は、火を見るよりも明らかだった。
「名前を教えてくれないか? あとは、僕と助手のルカを近くの村か町まで護衛してほしい。その契約を受けてくれるなら、追加融資を考えよう」
「……っ」
アイリスはゴクリ、と派手に喉を鳴らした。
「……私の名前は、聖騎士アイリスだ。……よし! 引き受けよう! その契約、私が全力で完遂する! だから……だからその『ベニ・ハルーカ』を、早く、早くくれぇぇぇぇぇ!」
なりふり構わぬ叫び。 僕は満足して頷き、焚き火から最も蜜が溢れ出している一本を選び取った。
「交渉成立だ、アイリス。君という優秀なセキュリティを雇えたのは、我が社にとって大きな一歩だ」
僕が芋を差し出した瞬間、彼女はそれを奪い取るように受け取った。 「あふっ! ふぁふ……あま、甘い……! 私はもう、この黄金色の蜜なしでは生きていけぬ……っ!」
「ちょっと、ルカちゃんを助手扱いしたまま話を進めないでよ! ……あ、でもアイリス、それ美味しそう。一口ちょうだい!」
「断る! これは私の正当な報酬だ!」
女神と聖騎士が一本の芋を巡って争う様子を眺めながら、僕は手帳(あるいは記憶)に『異世界市場の需要:極めて高い』と深く刻み込んだ。
「ルカ。……お前もよく頑張った。そこの焚き火にある分は、お前の報酬だ。食べていいぞ」
「えっ、いいの!? やったぁ! やっぱりツトムは最高の経営者ね!」
さっきまでの不満顔が嘘のように、ルカは花が咲いたような笑顔になった。 熱々の『ベニ・ハルーカ』を両手で持ち、火傷しないようにハフハフと息を吹きかけながら、小刻みに口を動かす。その姿はまるで冬に備えるリスのようで……。
(……ふん。少しは可愛いところもあるじゃないか)
なんてな。心の中で少しだけ毒気を抜かれた自分に苦笑する。 一方で、僕の目の前ではもう一人の「顧客」が凄まじい勢いで二本目を完食していた。
「……はぁ。この『ベニ・ハルーカ』、恐るべき威力だ。空っぽだった魔力回路に、温かな力が満ちていくのがわかる……」
アイリスが名残惜しそうに指先の蜜を舐め、僕を真剣な表情で見据えた。
「ツトム殿。約束通り、私が貴殿らを最寄りのジミーナ村まで送り届けよう。……だが、一つ聞かせてくれ。貴殿は、その……その芋を、これからも作り続けるつもりか?」
「当然だ。これが僕の事業の核だからな」
「ならば……」とアイリスは一度言葉を切り、周囲の森を警戒するように見渡した。
「急いだほうがいい。今、この近辺の村々は深刻な食糧不足に陥っている。貴殿の持つその力は、間違いなくこの国の運命を……いや、まずは人々の腹を満たす救世の光となるはずだ」
アイリスが、ずしりと重い銀の剣を鞘に収め、先導するように歩き出す。 僕はルカに「出発だ」と声をかけ、背広を整えて後に続いた。




