第39話:優しすぎるハルの暴走
「ツトム! わっち、あれ……あれが食べたいでありんす」
「これか?」
ツトムが皿の料理をフォークで取ってあげると、ハルは熱っぽい瞳で彼を見つめた。
「ご褒美に……ツトムの手で食べさせておくんなんし」
(なんだ、そんな簡単なご褒美でいいのか)
ツトムは拍子抜けしながらも、「ほら、ハル。あーんだ」と口元へ運んでやった。
……だが、ここでお気づきだろうか。 ルカ、アイリス、グライザの3人は、すでに「ある一点」を凝視し、凍りついていた。 そのフォークは、紛れもなくツトム自身が今しがたまで使っていたものだったのだ。
「……ちょっと、ツトム? そのフォーク、あなたが使ってたやつよね? よね……? それって、いわゆる『間接的』なやつになるんじゃないかしらっ!」
ルカが冷ややかな、しかし殺気立った声を絞り出す。
「ツトム殿……。愛する私にすら、一度も『あーん』などしてくれたことはないというのに……!」
アイリスが震える声で絶望し、グライザは呆れたように吐き捨てた。
「……人前で何小っ恥ずかしいことしてやがる。あいつ、わざとやってんのか?」
3人に指摘され、ようやく自分の仕出かした事の重大さに気づいたツトムは、急に顔が熱くなった。
「あ、いや! 今のはその……!」
一方のハルは、頬を薔薇色に染めてうっとりとしている。
「ツトム、最高のご褒美をありがとうでありんす……」
幸せそうに、またぎゅっとツトムの腕に抱きついてくるハル。
(今日はハルも限界まで魔力を貸してくれたんだ。これくらいは……容認してあげないと、な)
ツトムは自分にそう言い聞かせ、逃げるのをやめた。 同時に、ハルの体から漂う花の蜜のような甘い香りが鼻をくすぐり、蓄積していた疲れも相まって、ツトムの意識は心地よい微睡みに誘われ始めていた。
ハルの甘い抱擁と、微かに漂う花の蜜のような香りに包まれ、ツトムの意識は限界を迎えつつあった。
「技師長……すみません、僕はちょっと疲れたので、先にお休みします……」
フラフラと危なっかしい足取りで、ツトムは用意された部屋へと消えていった。
主役が退場した瞬間、ルカの不満が爆発した。
「ハル! ちょっと、さっきから見せつけすぎじゃないかしら!?」
「左様だ! ツトム殿が一番に想っているのは、この『愛するアイリス』なのだぞ!」
「……俺だって、あいつから現代の知識をまだまだ教わりてぇし、何よりツトムは良い奴だ。……好きかも知れねぇしな」
グライザのぼそりと漏らした本音に、ルカとアイリスが一瞬だけ目を見開く。だが、今は内輪揉めをしている場合ではなかった。三人の詰め寄りに対し、ハルはどこ吹く風で、艶やかに微笑む。
「おんや、わっちはわっちの好きなようにやりたいだけでありんす。好きなものは、好きでありんす」
「少しはその気持ちを抑えなさいって言ってるの! ……みんな、ツトムが大事なのよ。大切なの!」
ルカの切実な言葉に、アイリスもグライザも深く頷く。
しかし、ハルはそんな忠告など意に介さず、「ツトムのお部屋は、ここでありんすかね?」と、事も無げにツトムの部屋に忍び込もうとするのを、三人がかりで必死に止める。
「待てっ! ツトム殿は疲れているのだ! 安眠の邪魔をするなど、騎士道に悖る!」
「程よく魔力を注いであげれば、より疲れが癒えると思うのでありんすが……」
「なっ……! それなら、私だって魔力くらい注げるわよ!」
ルカが対抗意識を燃やす中、ハルが次に放った一言が、現場の空気を凍りつかせた。
「直接、魔力供給するでありんす。……口づけをするでありんす」
「「「…………!!?」」」
「み、みんな! 絶対にハルを中に行かせちゃダメよ!!」
ルカが叫ぶ。その内心は(私だってしたことないのに……!)という動揺で嵐のようだった。(魔力供給って、口づけでするものなの!?)と、知識と想像が頭の中でぐるぐると空回りする。
「とにかくハルを確保よ! どんな手を使ってでも、その部屋には入れさせないんだから!」
ルカが必死に腕を広げ、アイリスとグライザも鉄壁の陣を敷く。
しかし、ハルは暴れることもなく、ふっと悲しげに目を伏せて静かに呟いた。
「……いやでありんす。ツトムはいつも、誰かのために死ぬ気で頑張っているのに……誰も『ご褒美』をあげないでありんすよ」
その言葉は、冷たい刃のように三人の胸に突き刺さった。
「ご褒美、って……」
ルカの言葉が詰まる。
「ツトムは、自分の身(魔力)を削って土を耕し、飢えた民を救い、わっちの森まで救ってきんした。なのに、ツトムが一番疲れている時に、ただ『邪魔をするな』と遠ざけるのが、あなたたちの愛でありんすか?それを癒すのが愛でありんしょ?」
ハルの静かな、しかし確かな重みを持った言葉に、三人は「はっ!」として動きを止めた。そこに、ハルはトドメの一撃を放つ。
「……だから、わっちがあげるって決めたんでありんす。 誰もあげないなら、わっちが主を癒やして差し上げきんす」
迷いのない、凛とした宣言。 それは誰にも邪魔させないという、ハルの深い愛と覚悟の証明だった。




