第38話:ハルは勇者に甘えたい
「いやー勇者殿! これは素晴らしい、最高のベニ・ハルーカが出来そうだな!」
耕されたばかりの黄金色の土壌を眺め、技師長が豪快に笑いながらツトムの肩を叩いた。
「本当です。……全部、ハルのおかげですね」
ツトムは繋いだままのハルの手を見つめ、心からの感謝を口にした。
ハルは花が綻ぶように嬉しそうに微笑むと、上目遣いでツトムを覗き込んだ。
「ツトム……そんなに褒めてくれるなら、わっちに何か『ご褒美』をくれるんかぇ?」
「そうだな。ハル、何か欲しいものがあったら考えといてくれ。僕にできることなら何でもするよ」
ツトムが屈託のない笑顔で約束すると、ハルは一瞬だけ切なげに目を伏せ、誰にも聞こえないほど微かな声で呟いた。
「……わっちの欲しいものなんて、一つしかないでありんしょ」
その独白は誰の耳にも届かなかったが、ツトムの「全部、ハルのおかげ」という言葉の破壊力は、背後の3人の心臓を直接貫くには十分すぎた。
(……「全部」? 私たち魔法で水やりしたり、釜を作り、火を熾した功績は、そのエルフの一撫でに負けるというの!?)
ルカの額に青筋が浮かび、指先から小さな火花が漏れる。
(騎士としての誇りが、ガラガラと崩れ落ちる音がする……。ツトム殿、私との思い出はどこへ行ったのだ!)
アイリスは膝から崩れ落ちそうな衝撃に耐え、グライザは天を仰いだ。
(……チッ、あいつ完全に術中にはまってやがるな。あの天然農家脳め、後で覚えてろよ)
そんな殺気立った空気など露知らず、技師長が空を見上げて豪快に笑った。
「とりあえず、今日はもう遅い。外は暗いし、勇者殿、今日はうちに泊まっていけ。美味い酒とメシを用意させるぞ!」
その言葉に、ハルが待ってましたと言わんばかりにツトムの腕をぎゅっと抱き寄せた。
「おんや、それはありがたいことでありんす。ツトム、今夜はわっちがお酌をして差し上げきんすよ」
「ツーーーートーーーーーーム!!!!」
ルカの絶叫がドワーフの街に響き渡る。
「泊まるなら、部屋は完全に分けるわよ! 1ミリたりとも、そのエルフと同じ空気を吸わせるもんですか!」
「当然だ! 私がツトム殿の部屋の前で、不眠不休の門番を勤めさせていただく! 蟻一匹通さんぞ!」
「……俺も手伝うぜ。不埒な『魔力供給』とやらが始まらねぇようにな」
こうして、ドワーフの街での夜は、祝杯の楽しさよりも「ツトムの部屋の鉄壁の警備」という、前代未聞の緊張感に包まれることになった。
「大したもんはないけど、遠慮なく食べて飲んでくれ!」
技師長の快活な号令とともに、ドワーフ流の豪快な宴が始まった。
そんな中、ハルは当然のようにツトムの隣にぴったりと寄り添っている。
「ツトム……今日は知恵を絞って、魔力も使い果たして……少し、疲れたでありんす」
しなだれかかるように甘えるハルに、ツトムは
「今日は本当によく頑張ってくれたな」と、労いを込めて彼女の頭をポンポンと叩いた。するとハルは、宝石を散りばめたような眩しい笑顔を浮かべる。




