第32話:エルフの森で作る焼き芋とハル全快(全開)
ハルの許可を得るなり、ツトムは踵を返した。
「よし、善は急げだ! 行くぞ、ルカ、アイリス、グライザ!」
やる気満々のツトムに対し、3人はモヤモヤとした感情を抱えたまま、重い足取りで彼に続くのだった。
「わっちが案内するでありんす」
ハルはしなやかな足取りで、森の端にある不毛の荒地へと一行を導いた。
「土魔法! 『カルチ』! 『リージング』! 『マルチング』! そして……『グローウ』!!」
ツトムが矢継ぎ早に呪文を唱えると、大地が唸りを上げて耕され、見る間に黒いビニールに覆われる。そして、そのマルチを突き破るように、力強い緑の芽が一斉に噴き出した。 これにはハルも、その妖艶な瞳を驚きに染める。
(これが勇者様の力……。不思議な懐かしさを感じる、暖かくて力強い魔法……精霊が呼応するでありんす……)
「ルカ! いつもの水魔法を頼む!」
「はいはい……。『ウォーター』!(わぁしの気も知らないで、この天然鈍感ツトムは……!)」
ルカが不満を漏らしながらも、完璧な水量で芽を潤すと、ベニ・ハルーカは急速に大地の下でその実を太らせていった。
一方、アイリスとグライザは、ツトムがアイテムボックスから出した石材や鉱石を熟練の手つきで組み上げ、簡易式の焼き芋釜を瞬く間に完成させていた。
「ルカ! **『ファイヤーボール』**で着火だ!」
収穫されたばかりの立派な芋たちが、次々と釜の中へ放り込まれていく。
「なんと、抗いがたいほどに良い匂いなんでありんしょ……」
ハルがうっとりと鼻をくすぐられている間に、ツトムは一番出来の良い芋を手に取った。
「よし、食べ頃だ。ハルさん、どうぞ」
(……芋? 芋ごときでお腹が満たされたとして、この森の枯渇が救えるとは到底……)
ハルは疑心暗鬼のまま、差し出された黄金色の実にかぶりついた。
「……あぁっ……!」
ハルは、思わず昇天したような、色気のある声を上げた。
「な、なんでありんしょ……? わっちの体から、魔力が、魔力が溢れ出てきんす……っ!」
魔力が急速に回復したハルの頬には、見る間に鮮やかな赤みが差し、先ほどまでの青白かった肌が、より一層透き通るような美しさを取り戻していく。
「ツトム、ツトム……! 主は、主は本当の救世主でありんす!」
感極まったハルが、その柔らかな体でツトムに思い切り抱きついた。豊かな香りと柔らかな感触がツトムを包み込む。
「これなら! これなら、わっちの大事な同胞たちも、みんな救えるでありんす!」
ハルは抱きついたまま、溢れる涙と喜びを重ねるようにそう叫んだ。
(……あ。また、この感覚だ。背後から、絶対零度の冷気を感じる……)
ツトムの嫌な予感は、今回も寸分の狂いなく的中した。 恐る恐る背後を振り返れば、そこにはこの世の終わりを告げる死神のような表情をした、ルカ、アイリス、グライザの3人が立っていた。
ルカの手の先では小さな火花がパチパチと不穏な音を立てて爆ぜ、アイリスの周囲には剣気という名の鋭い寒風が吹き荒れている。グライザにいたっては、無言のまま愛用の重厚な工具をギリリ……と力任せに握りしめていた。
「……ねえ、ツトム? その『族長さん』、もう魔力は十分に回復したみたいよね? よねぇ? ……もう、離れてもいいんじゃないかしらっ(怒)!」
「ああ。エルフの命運が懸かっているのは重々承知しているが……ツトム殿、いくらなんでも距離感が近すぎではないだろうか?」
「……救世主、ね。いいご身分だな、ツトム。鼻の下が伸びてるぜ」
「あ、いや、これには深い事情が……! ハルさん、とりあえず、とりあえず一旦離れてもらえるかな!?」
必死に弁明するツトムだったが、ハルは意に介するどころか、抗うツトムを封じ込めるようにギュッと抱きつく力を強めた。そして、上目遣いにツトムを見つめ、蕩けるような甘い声で囁いた。
「……ツトム。ずっと、このエルフの森にいておくんなんし」
その一言が、静まり返った荒地に響き渡る。 ハルの腕の中で固まるツトム。それと同時に、背後の3人から立ち上る魔力と殺気が、物理的な衝撃波となって周囲の木々を揺らした。
(あ、終わった……。残りのベニ・ハルーカを収穫する前に、僕の命が3人に収穫される……!)
ツトムは、エルフの森を救う前に、自分の身を守るための「防御魔法」を全力で展開すべきではないかと真剣に考え始めていた。




