第24話:農業が王都を救う①
その様子を、物陰から血の滲むような思いで見つめる男がいた。アレハンドラ将軍である。
「なぜだ……なぜ!? ルカという女がいながら、アイリスまで……! あの男、一体どんな邪法を……ッ!」
その歪んだ顔には、もはや騎士の誇りはなく、どす黒い悪意だけが渦巻いていた。――そして、その「闇」を、空に潜む魔族の邪悪な瞳が見逃すはずもなかった。
そんな不穏な空気も知らず、一行が角を曲がったその時。
「あ……っ!」
アイリスが石畳の窪みに足を取られ、大きく体勢を崩した。
「危ない!」 ツトムは咄嗟の機転でルカに組まれていた腕を振り解くと、倒れ込むアイリスの腰を抱き寄せ、そのまま軽々とすくい上げた。
「え……あ……っ」
見事な「お姫様抱っこ」。至近距離にあるツトムの顔と、自分を支える逞しい腕の熱。アイリスは聖騎士であることも忘れ、ただの恋する乙女となって固まった。
「……ツトム殿。顔が、近いです。顔が……熱くて……」
「おーい、アイリスー。わざとよね? 今の、わざと転んだんじゃないのー?」
ルカがジト目でツンツンとアイリスを突っつくが、アイリスの耳には届いていない。
だが、市場に足を踏み入れた途端、三人の喧騒は止まった。 広大な市場には野菜や果物が並んでいるものの、どれも萎びて元気がなく、客たちの顔にも生気がない。
「アイリス……王都もやはり活気がないな。魔王による不作の呪いと、貧困による飢餓。それが原因なのか?」
ツトムの真剣な問いに、アイリスは切なげに頷いた。
「……その通りだ。どれだけ祈っても、大地は実りをもたらさない。民の心も、この野菜と同じように枯れかけている」
「…………」
根本的な解決には魔王を直接的に叩くべきだが、目の前で飢えていく民を見捨てていいはずがない。だが、食糧を確保するには時間がかかる。
(……一刻を争う飢餓。そして、強大化する魔王の影。どちらを優先すべきか……)
農家として、そして勇者として。ツトムはかつてない難問に直面し、重く口を閉ざした。
「よし! 決めたぞ、二人とも!!」
ツトムの目に、迷いの色はなかった。その力強い声に、アイリスとルカも背筋を伸ばす。
「アイリス、もう一度陛下に謁見できるよう場を整えてくれ。ルカ、君は僕と一緒に、準備が整い次第『仕事』を始めるぞ」
「わかったわ」
「承知いたしました!」
この時ばかりは二人の息はぴったりだった。恋のライバルであっても、ツトムが進むべき道を示した時の彼女たちは、最高のパートナーだった。
ほどなくして、アイリスが確かな手腕で再謁見の約束を取り付けてきた。
三人は再び王宮へ。
ツトムは玉座の前で、真っ直ぐに国王を見据えて切り出した。
「陛下、お願いがございます」
「勇者の願いだ。私にできることなら、何でも叶えよう」
「王都の周辺で、まだ開墾されていない土地を貸していただきたいのです」
王は意外そうな顔をしたが、すぐに頷いた。
「……王都より北に、広大な荒れ地がある。だが、そこは魔王の呪いにより土が死んでおり、何十年も草一本すら生えておらぬ。それでも良ければ、好きに使うが良い」
「ありがとうございます、陛下。……それで十分です」
王宮を後にしたツトムは、北の大地を指して二人に告げた。
「さて、忙しくなるぞ! 二人とも」
「任せろ!」
「任せて!」
再び息の合った返事。
ツトムの作戦はこうだ。 いつもの農業魔法で死んだ地を一気に開墾し、超速で『ベニ・ハルーカ』を栽培する。まずはその味で王都の民の度肝を抜き、飢えを救う。そして、その熱狂を実績として、商業ギルドにジミーナ村とドワーフの街からの仕入れ契約を認めさせる……。
「農業で王都を救う。……行くぞ!」
勇者ツトムの、命をかけた(?)大農園プロジェクトが、今ここに幕を開けた。




