第21話:勇者と王様
しかし、運命の女神は彼を休ませてはくれない。
「アイリス様、いらっしゃいますか!」
門の向こうから、王直属の近衛兵が馬を飛ばしてやってきた。その顔は険しく、ただ事ではない雰囲気を漂わせている。
「国王陛下がお呼びです。至急、アイリス様と……そして同行されているツトム殿も、共に王宮へお越しください!」
ツトムの安堵は、わずか数秒で打ち砕かれた。
「……今度は王様か」
ツトムの長い一日は、まだ終わる気配を見せなかった。
重厚な扉が開くと、そこには先ほどマルチでぐるぐる巻きにされたはずのアレハンドラ将軍が、苦虫を噛み潰したような顔で待ち構えていた。 だが、その背後の玉座に座る国王の声が、広間に雷鳴のごとく響き渡る。
「……アレハンドラ! 己が刃を向けた御方がどなたか、まだ分からぬのか。その御方は……我が国が待ち望んだ**『勇者』**だぞ! 貴様ごときが勝てるわけがなかろうッ!」
「なっ……勇者……!? この、農作業ばかりしている男がですか!?」
驚愕に目を見開く王子・アレハンドラを、国王は一喝した。それから王は、ツトムに向き直ると深く首を垂れた。
「まず、我が愚息の無礼を許してほしい。勇者殿」
「あ、頭を上げてください、陛下。僕の方こそ、少しやりすぎましたから」
ツトムは苦笑いしつつも、この好機を逃さなかった。彼は真っ直ぐに国王を見据え、二つの交渉を切り出した。
「陛下、まず一つ目です。アイリスの件ですが……彼女は僕の……その、大事な許嫁(部下)です。将軍には、どうか婚姻を諦めていただきたい」
広間に緊張が走る。国王は静かに問いかけた。
「……勇者殿。それは真実か? 貴殿が心より彼女を求めているのか?」
(ここでアイリスが将軍を嫌っていると言えば、国王の面目も潰れるし、息子を否定することになる……)
ツトムは内心で冷や汗をかきながら、覚悟を決めた。
「……はい。僕の愛するアイリスでございます。間違いありません」
その瞬間、城内の空気が一変した。
「ツーーーーーーーーーートーーーーーーーーーームッ!!!!」
鼓膜を突き破らんばかりの絶叫。 ルカの嫉妬が頂点に達し、最大出力で放出された魔力が王宮全体を揺らし始めた。窓の外では晴天が突如として暗雲に覆われ、激しい雷鳴が轟く。
「ここに! 世界で一番あなたを愛する私がいるのにぃぃぃぃぃ! 今の受け答え……私が満足すると思ってるわけぇぇぇ!?」
「ル、ルカ! 落ち着け、城が壊れる! これは交渉なんだ、後でちゃんと埋め合わせをするから……ッ!」
「埋め合わせ……?」
途端に、激しい揺れと落雷がぴたりと止んだ。 ルカはこれ以上ないほど艶やかな、それでいて底知れないほど恐ろしい笑みを浮かべた。
「いいわ。何をおねだりしようかしら……楽しみにしてるわね、ツ・ト・ム?」
ルカが(ひとまず)魔力を収めたことで、王宮に静寂が戻った。 ツトムは心臓のバクバクを抑えながら、二つ目の、そして彼にとっての本題を切り出す。
「……では、二つ目です。陛下、我がジミーナ村とドワーフの街が誇る至宝『ベニ・ハルーカ』、そして最高級の『イモジョウチュウ』を、この王都サイラスでも独占販売させていただきたいのです」
ツトムは懐から、黄金色に輝く焼き芋を取り出した。
「まずはこれを食べてみてください。陛下。……概念が変わりますよ」
黄金色に輝く『ベニ・ハルーカ』を口にした瞬間、国王の瞳が大きく見開かれた。
「っ……!? こ、これは……本当に芋なのか? まるで、大地の蜜をそのまま固めたような甘さではないか……!」
王は震える手で、もう一口、また一口と芋を運ぶ。その目には、いつしか涙さえ浮かんでいた。
「勇者殿……。今、王都は魔王の呪いによる不作と貧困に喘いでいる。民の腹は空き、希望も枯れ果てようとしていた。だが、これがあれば……この『ベニ・ハルーカ』があれば、民を救えるかもしれん!」
王都の救世主としての期待。だが、その背後では別の意味で「再起不能」になっているヒロインがいた。




