第16話:仮の許嫁
「……将軍、アレハンドラ! 彼はサイラス王国の英雄にして、国王陛下のご子息……。その将軍から、執拗なアプローチを、受けていたのらぁ! 私は、あのアレハンドラの……暑苦しい執念から逃れようと、王都を出たのだ!」
「すごーい、それって逆玉……じゃなくて、お姫様じゃない! 玉の輿よ、姫よ姫!(……ふふふ、これでツトム争奪戦のライバルが一人減るわね!)」
ルカが邪悪な(しかし嬉しそうな)笑みを浮かべて相槌を打つ。彼女の中では、アイリスを王子に押し付ける算段が始まったようだ。
「私は、姫なんていう器じゃないんだ……。私はただの剣士でいたいだけなのに……」
アイリスが力なく項垂れると、隣で黙々と焼酎を舐めていたグライザが口を開いた。
「そんなことねーんじゃないか? アイリスさんは綺麗だし、教養もある。おまけに剣の腕は私が保証する。ドワーフの基準からしても、かなりの『優良物件』だぜ、あんたは」
「グライザ殿まで……ううっ」
僕は腕を組み、焚き火を見つめながら状況を整理した。
(……なるほど。単なる犯罪歴や不祥事ではなく、王族との『個人的な不和(ストーカー被害)』か。これは厄介な一方で、利用価値もある)
焚き火の爆ぜる音が、アイリスの激しい動悸と重なるようだった。
「アイリス、顔を上げろ。君がその将軍を拒絶したいなら、僕がひとまず『仮の許嫁』として名乗りを上げれば、将軍も納得せざるを得ないのではないか?」
僕は眼鏡の縁を指で押し上げ、淡々と、しかし決定的な解決策を提示した。
「――もし、そのアレハンドラ将軍とやらが、それでも、君という優秀な人材を一方的なスカウト(求婚)で奪おうとするなら……。僕は相手が王子だろうが英雄だろうが、経営の論理で叩き潰すだけだ」
「ツ、ツトム殿……! し、しかし、それではツトム殿に多大なるご迷惑をかけることになってしまうではないかぁぁぁぁぁ!」
アイリスが今にも泣き出しそうな、潤んだ瞳で僕を見つめてくる。聖騎士の鉄面皮はどこへやら、そこにあるのは一人の、守られるべき「社員」の顔だった。
「気にするな。大事な社員を守るためだ。……それにしても、王子から逃げて辺境で空腹に耐えていたとはな。君のプライドと食欲の戦いは、そこから始まっていたというわけか」
「……っ。その、その話は今はしないでくれぇぇ!」
アイリスは羞恥に震えながら、再び杯を煽ろうとした――その時だ。
「ちょっと待ちなさいよツトム! それはやりすぎよ! いくらなんでも……超えてるわ! 線を超えてるって言ってるの!」
それまで黙って聞いていたルカが、これまでにないほど真剣な、そして明らかに焦った表情で僕に詰め寄ってきた。
「社員を守る云々を完全に逸脱してるわ! 何が許嫁よ! 何がアライアンスよ! あなた、自分が何を言ってるか分かってるの!? それはもう、ビジネスじゃなくて……別の何かじゃない!」
ルカの剣幕に、グライザも酒を飲む手を止めて僕たちを交互に見ている。
僕はルカの抗議を冷静に受け止めつつ、次のフェーズ(王都入り)への準備を頭の中で進めていた。




