第15話:聖騎士アイリスの過去
僕は手帳に『フェーズ2:広域流通網の構築』と力強く書き込んだ。
ジミーナ村の物流基盤が整ったところで、僕は次の戦略をメンバーに告げた。
「次の目標は、需要の最大拠点――王都サイラスだ。この『熟成ベニ・ハルーカ』と『イモ・ジョウチュウ』を国王に献上し、国家公認のブランド品としての地位を確立する」
これにはルカも「お酒が飛ぶように売れるわね!」とはしゃぎ、グライザも「王都の建築技術も見てみたいもんだ」と乗り気だった。だが、ただ一人、アイリスだけが違った。
「……王都、サイラスか」
彼女の顔から血の気が引き、あの凛々しい聖騎士の面影が、何かに怯えるような、あるいは深い後悔に沈むような影に覆われた。
「アイリス? 君はこの街の出身だったな。聖騎士時代のコネクション(人脈)を利用したいんだが……同行してくれるだろう?」
「……すまない、ツトム殿。私は……あの街には、戻りたくないのだ」
「戻りたくない? 理由を聞いてもいいか。仕事に支障が出るレベルのトラブルなら、あらかじめ把握しておきたい」
僕は経営者としてリスクを管理するために尋ねたが、アイリスはギュッと拳を握りしめ、視線を地面に落としたまま黙り込んでしまった。
「……答えたくないのなら、今はいい。だが、僕たちは明日出発する。……ルカ、アイリスのフォローを頼む」
「えーっ、私? まあ、同僚(?)の悩み相談もアシスタントの仕事よね……」
その夜、荷造りをしながら僕は考えた。 アイリスのような高潔な騎士が、なぜ辺境で飢えていたのか。そして、なぜ王都の名を聞いてこれほどまで動揺するのか。
(……単なる里帰り(帰省)拒否ではなさそうだな。政治的な失脚か、あるいはもっと個人的な……。
だが、どんな事情があれ、彼女は我が社の重要な『護衛部門責任者』だ。不当な扱いを受けるなら、経営者として守るまでだ)
翌朝。 ジミーナ村の村人たちに見送られ、オーガの「ベニ」を村の守りに残し、僕たちは大型の馬車で王都へと向かった。 御者席に座るアイリスの背中は、いつになく小さく見えた。
王都サイラスまで、馬車で数日の旅。 そこには、黄金色の芋がもたらす富と、アイリスを苦しめる過去の因縁が待ち受けていた。
王都への街道沿い、夜の静寂の中にアイリスの叫びが響き渡った。
「ルカよ……! 私は、王都を追われたのではない、自ら出たのだぁぁぁぁぁぁ!」
杯を片手に、アイリスの顔はこれまでにないほど真っ赤だ。イモ・ジョウチュウのアルコールが、彼女の鉄壁の理性を完全に溶かしていた。




