第11話:ドワーフの洞窟とオーガ
「……いいか、ツトム殿ぉ! 貴殿は、私を……私の唇をだな! 救命措置という名目で奪ったのだ! 責任だ! 責任を取れぇぇ!」
顔を真っ赤にし、呂律の回らない口調で僕の胸ぐらを掴んで揺さぶるアイリス。 普段の凛々しい聖騎士の姿はどこへやら、完全に「面倒な酔っ払い」と化している。
「アイリス、あの時は本当にすまなかった。……あぁ、ルカにやらせればよかったよ」
「ちょっと、私は絶対にやんないからね! 不潔社長のセクハラに巻き込まないでよぉ~、えへへ、お酒おかわりぃ……」
ルカもルカで、空になった杯を振り回して踊っている。 僕は溜息をつき、手帳に『従業員のアルコール摂取制限』という項目を書き加えた。
「二人とも飲み過ぎだ……」
「ツトムさん、盛り上がってるところ悪いんだが……」
技師長がバツが悪そうに、しかし深刻な顔で割り込んできた。
「例のキュアリング施設を作るための特殊な『耐熱鉱石』が足りねえんだ。街の北にある洞窟で採れるんだが、最近は魔物がうじゃうじゃいやがって、職人たちが近寄れねえ」
「……なるほど。資材調達のボトルネック(停滞)が発生しているわけか」
僕は眼鏡のブリッジを押し上げ、ぐにゃぐにゃになっている二人の背中を掴み上げた。
「ルカ、アイリス! 鉱石を取りに行くぞ。キュアリングができなければ、ベニ・ハルーカのブランド価値が守れない。これは我が社の死活問題だ」
「いやいや~、もっとこれ飲むぅ~! 聖水(焼酎)おかわりぃ!」
「放せぇ、責任を取れと言っているだろうツトム殿ぉ! ……ひっく」
「……やれやれ。アイリス、洞窟に魔物がいるなら、君の出番だろう? 聖騎士としての仕事だ」
「せいきしぃ? そうだ、私は聖騎士アイリス……魔物を、斬る……。でもその前に、責任を……」
使い物にならない戦力を引きずるようにして、僕はドワーフの洞窟へと向かった。 果たして、この酔っ払いたちを指揮して、無事に資材を確保できるのか。
(……予備の焼き芋を持っていくか。二人がバテたら、糖分をぶち込んで無理やり動かすしかないな)
僕は背広を脱ぎ、作業用の腕まくりをして、不気味な口を開ける洞窟の奥を見つめた。
洞窟内は、かつてない混沌に包まれていた。
「見たか! ツトム殿ォォォォ! 私の、この……聖なる、千鳥足剣技をぉ!」 「アイリス! 凄いけどフラフラしすぎだ、危ない!」
転びそうになったアイリスを咄嗟に抱き寄せる。 (……あっ。これは不可抗力だ。断じて下心はない!)
「ツトム殿ォォォォォ! 責任だ!! 責任!! セクハラだ! セクハラ!!」
「アイリス、どこでそんな言葉を覚えたんだ! ……さては、あの駄女神の入れ知恵か」
僕がジト目で背後のルカを睨むと、彼女は真っ赤な顔で杖を振り回していた。
「あー、もううるっさいわねぇ! 邪魔な魔物も洞窟も、全部まとめて燃やし尽くしてあげるわよぉ! 女神が使える最強魔法……『ヘルフェレイム(噛んだ)』よぉ!」
「おいルカ!? 呂律が回ってない上に、洞窟ごと崩す気か! やめろーー!」
轟音と共に放たれた爆炎。僕は叫びながらアイリスの手を取り、崩落する通路を必死に駆け抜けた。
……ようやく辿り着いた最深部。 そこには、鉱石を守る巨大なボス――オーガが立ち塞がっていた。 ルカとアイリスは「限界……」と言わんばかりに、僕の背後でスヤスヤと寝息を立て始めている。
「……あー。僕なんて一撃でぺしゃんこにされてしまうな。戦力は寝落ち、残ったのは僕一人か」
絶体絶命。だが、僕の商売道具は剣ではない。 僕は震える手で、持ってきた『イモ・ジョウチュウ』と、まだ温かい『ベニ・ハルーカ』を差し出した。
「……食べろ。話はそれからだ」
巨大なオーガが不審げにそれらを口にする。一瞬の静寂の後、オーガが驚愕に目を見開いて喋り出した。
『……お、おで、こんなうまいもの食べたことねー! もっと、もっとくれ!』
「いいだろう。だが、条件がある」
僕はスーツの襟を正し、冷徹な経営者の顔に戻った。




