第10話:ドワーフとイモジョウチュウ
「そうか。ならば技師長、取引といこうか。君たちが僕の望む貯蔵庫を作ってくれるなら、僕は君たちに『王族が飲むビールより強い酒』を、この芋から作って提供することを約束しよう」
「……あぁ!? 芋から酒だぁ? そんな話、聞いたこともねえぞ!」
「『蒸留』という技術を知っているか? 加熱して、冷やして、抽出する。君たちの熱管理技術があれば、ベニ・ハルーカを原料にした最強の酒――『イモ・ジョウチュウ』が作れるはずだ」
ドワーフたちの顔つきが変わった。 「ビールより強い」という言葉と、未知の製法。職人の探究心と酒乗りの本能が、彼らの心を捉えたのがわかった。
「……面白い。もしその『ジョウチュウ』とやらが本当に飲める代物なら、貯蔵庫どころか、あんたの農場に最新鋭の設備をタダで備え付けてやってもいいぜ!」
(よし、エンジニアの確保完了だ。キュアリング施設の建設と同時に、アルコール産業への参入……。事業ポートフォリオがまた一つ、厚みを増したな)
僕はルカとアイリスを連れ、ドワーフたちと設計図の作成に取り掛かった。
ドワーフの工房の一角に、奇妙な装置が組み上がった。 僕の引いた図面を元に、ドワーフたちが心血を注いで鍛え上げた銅製の蒸留器だ。
「よし、材料は揃ったな。……ルカ、例のブツを頼む」
「はいはーい! 任せて社長! エイッ!」
ルカがポンポンと、本来この世界には存在しないはずの「米麹」や「発酵用の樽」を取り出していく。やけにテキパキと動くし、いつになく目がキラキラしている。
(……やたら張り切っているな。福利厚生(芋)のために頑張ってくれているのかと思ったら、さては自分が一番飲みたいだけだな?)
そんな確信を抱きつつ、仕込みから数日。 ついに、蒸留器の細い管の先から、透き通った一滴が滴り落ちた。
「……技師長、これが『初垂れ(ハナダレ)』だ。最もアルコール純度が高く、香りが凝縮された最初の一滴だぞ」
僕はその貴重な液体を小さな杯に受け、ドワーフの技師長に差し出した。
アイリスが「そんな水のようなものが本当に酒なのか?」と不審げに見守る中、技師長はそれを一気に煽った。
「…………ッッッ!!!???」
技師長の顔が、一瞬で茹で上がったタコのように真っ赤に染まる。 そのまま、ガクガクと膝を震わせ、巨体がドスンと床に崩れ落ちた。
「ぎ、技師長!?」 アイリスが慌てて駆け寄るが、技師長は焦点の定まらない目で、しかし満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「……ん、んめぇぇぇぇ! なんだこりゃあ! 喉が焼けるような熱さの後に、あのベニ・ハルーカの甘い香りが鼻を突き抜けていきやがった! 王族が飲んでる薄っぺらいビールなんざ、これに比べりゃただの泥水だ!」
その咆哮に、他のドワーフたちも色めき立った。 「俺にも飲ませろ!」「技師長だけずるいぞ!」
「ちょ、ちょっと! 私の分は!? 社長、私のもあるわよね!?」
ルカがよだれを垂らさんばかりの勢いで詰め寄ってくる。
「……ルカ、お前は後だ。まずはこのドワーフたちのやる気を最大まで引き出すのが先決だ。――さて、技師長。この酒の価値が分かったなら、例のキュアリング施設の建設、最高速度で進めてもらえるな?」
「当たり前だ! こんな酒を飲ませてもらって、手を抜ける職人はドワーフにゃあいねえ! 野郎ども、今夜は徹夜だ! 勇者様のために最高の貯蔵庫を造り上げるぞ!」
(交渉成立。……さて、この『イモ・ジョウチュウ』。単なる報酬だけでなく、この国の経済を牛耳る強力な「外貨獲得手段」になりそうだぞ)
熱狂する工房の中で、僕は次なる経営戦略――「酒類販売免許の独占」と「流通網の構築」を冷徹に描き始めた。




