辞めたはずの年賀状
『第7回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』作品です。
今年のお題は難しいですね。
私は生まれた田舎が嫌いだった。結婚して家庭に入るのが当然とされ、やりたいことができない雰囲気だった。だから私は勉強を頑張って、田舎を抜け出す決意をした。
親に無理を言って私立大学へ進学し、奨学金とアルバイトで生活を支えた。親に新聞社に入社した事を報告した時は喜んでくれたけど、その後すぐに「会社にイイ人はいないの?」と言われて気持ちが萎えた。
「薫、ランチ一緒に食べない?」と同期が声をかけてきた。普段は弁当屋で済ませるが、別に嫌な子じゃないので付き合うことにした。
「もう年の瀬か……年賀状めんどくさいよね? 切手代も高いし、時代遅れって感じ~。メッセージアプリで十分じゃない~?」
彼女の言うことはわかる。田舎では年賀状が必須で、それが自分を縛るようで嫌だった。だから社会人になってからは一切やめていた。大学時代はまだ未練があったのかもしれない……
「まあ、アプリがあるんだからいいよね。使えない人には年賀状送ればいいし……」
私は嘘の返事をした。もう年賀状を送っている人はいないし、アプリで自分からメッセージを送ることもない。
◇
「薫君!君はなんて事してくれたんだ!」
上司からの怒号が職場中に響いているが、これは私が悪い。校正前のセンシティブな原稿を誤って印刷に回し、世に出てしまった。先方からは名誉棄損の訴訟まで検討されているということだった。記事には責任があるので誰が書いたかをカッコ書きで名前を載せておくのは新聞業界の常識だ。これから私に記事を書く仕事が回ってくるのか心配になった。
案の定、何もする事がなくなった。しばらく大人しくするように言われた。何も出来ない日々で私は部屋の中を見渡すと、ふと昔の年賀状に目に止まった。私は年賀状を買いに行き、高校時代の友人に「私は元気です」と一言を載せて書いていた。
◇
残念ながら世の中は甘くなかった。記事はSNSで炎上し、年が明けても誹謗中傷は止まらない。私は耐えきれず雨の中へ飛び出した。積み重ねてきた努力がすべて無駄になったようで、濡れた道路をただ見つめていた。
「……薫ちゃん?」
声をした方を振り返ると、傘を差した友人が立っていた。
「どうして……ここが……?」
私の声が震える。
「年賀状に住所が書いてあったでしょう?頑張ってるって書いてあったけど……心配で来たんだよ」
その言葉に胸がほどけ、私は彼女に抱きついて泣いた。冷たい雨の中で、彼女の温もりだけが確かだった。
読んで頂きありがとうございました。
あなたに素敵な小説が巡りあう事を……




