第53話「先を見据えて」
「……美堂さん、一ついいかな?」
「なんでしょうか?」
村雲さんの意外な行動に戸惑っていた美堂さんは、俺が声をかけると姿勢を正して俺の顔見てきた。
この期に及んで落ち着いているので、やっぱり野放しにするのは危険だと思う。
「村雲さんにしたことを、どう思っているの? 後悔はしているのかな?」
「後悔、ですか……。そうですね、瑠美ちゃんを傷付けてしまったことに関してだけは、後悔しております。可能であれば、傷付けず私のものになってほしかったので」
つまり、村雲さんを傷付けたこと以外は後悔していないわけか……。
う~ん、なんて危険人物なんだ……。
絶対村雲さんのことは諦めてないぞ、この子……。
「――よし、わかった。村雲さんの言う通りにしよう」
悩んだ俺は、状況的リスクと村雲さんの気持ちを考慮し、彼女のお願いを聞くことにした。
「先生!?」
おかげで、上条さんが怒ったような声で驚くが、この子はどうにか説得するしかない。
「ありがとうございます、先生……!」
逆に、村雲さんは嬉しそうに俺に抱き着いてきた。
そのせいで、美堂さんの目が鋭くなり――うん、俺の命が危なさそうなので、村雲さん抱き着くのやめてくれないかな……?
「いったいどういうつもりなんですか……!」
上条さんはすぐに俺に詰め寄ってくる。
彼女に相談もなしに決めたので、理解出来なくても無理はないが……迫力がありすぎて、ちょっと怖い。
「どうもこうも、一番優先しないといけないのは、村雲さんの気持ちだからね……」
「そんなので、納得できるわけがないでしょ……!?」
ごもっとも。
俺も多分、彼女の立場だったら納得していない。
だから俺は、他の人に聞こえないよう上条さんに耳打ちをする。
「村雲さん、このいじめ問題で最初からずっと、美堂さんを庇っていたでしょ……? その気持ちを無視して、美堂さんを退学にしたら、きっと優しい村雲さんは気にしちゃうと思うんだ。下手すると、病んじゃうかもしれない」
「――っ。そ、それはそうかもしれませんが、そこはそうならないようにケアをするとか……! あの子を学校に残しておくなんて、危険すぎますよ……!?」
「病まないようにするためのケアが、これなんだって。それに、よく考えてみなよ。あの子を退学にするってことは、私生活で好き放題されるんだよ? 村雲さんの家に乗り込んできたって不思議じゃないっていうか――多分、油断しているところで乗り込んでくると思う」
「…………」
寝ている村雲さんの部屋に侵入する美堂さんを想像したんだろう。
再び、上条さんの顔色が青ざめる。
「それよりも多分、友達の関係に戻したほうが、突き放すよりメンタルは安定すると思うんだ。より村雲さんに惹かれるかもしれないけど、あの異様な執着心を抑えられるなら、そっちのほうがいいと思わない?」
「……確かに、突き放したら暴走する気しかしませんね……」
「そういうこと。そしてそうなったら、俺たちは後手に回りすぎて、対処しきれない」
そのまま、最悪な未来だってありえるんだ。
それよりは、メンタルを安定させておいて、俺たちの目が届く範囲にいてもらったほうがいい。
「しかし、一緒に居たら村雲さんが食べられちゃうかも……!」
「食べられるって……」
この子、なんでそんな言葉を知っているんだ?
実はムッツリか?
と思うが、まじめな場なので口には出さない。
「まぁその辺は上条さんが監視しておいてよ……。これで、大手を奮って学校で村雲さんと一緒にいられるでしょ?」
「私が、美堂さんに食べられちゃうかもしれないじゃないですか……!」
うん、この子はいったいなんの心配をしているんだ?
と、疑問に思ったが、確かにその可能性がないとは言い切れないのか。
ベクトルが違うだけで、上条さんも超が付く美人だし、美堂さんが興味を示さないという保証はない。
一瞬、拘束され、泣き叫びながら美堂さんにかわいがられる上条さんを想像してしまったが――需要は高そうだけど、そんな状況になる前に上条さんなら逃げそうだ。
というか、生徒を相手にそんな想像をしてしまっただなんて、絶対に口にできない。
「頑張って。もし何かあれば俺に相談してくれたらいいから」
「私に丸投げってことですか……!? さすがに荷が重いですよ……!」
「もちろん、俺も可能な限りは目を光らせておくから……」
そうしないと、美鈴ちゃんにも怒られそうだし……。
――という感じで、なんとか上条さんは説得し、俺は美堂さんたちと向き直る。
「でも、退学じゃないようにするだけで、罰自体は受けてもらうよ。さすがにこのまま有耶無耶にすることはできないからね」
このいじめ問題はまだ明るみになっていないが、これを隠すことは誰のためにもならない。
自分たちがしたことと向き合う罰は必要だろう。
正直なところ、村雲さんが求めているのは美堂さんの処分を軽くすることだけだし、俺の気持ち的にも取り巻き二人は退学にしたいというのが、本音だ。
しかし、それをした場合、主犯格である美堂さんの処分を軽くすることは絶対に不可能なので、三人ともの処分を軽くするしかない。
「停学は避けられないと思うし、俺も避けるようにするつもりはないよ。村雲さんは不登校になっていた時期のせいで、今後就職活動や大学への進学に間違いなく不利になるのだから、君達だって同じ報いは受けないといけない。そして、一生とは言わない。高校に在籍している間だけでいい。今までしたことを償うために、村雲さんに精一杯尽くすんだ。それが……俺が譲歩できる、落としどころだよ」
彼女たちがしてきたことに対する処分としては、かなり軽いものだと思う。
それでも、村雲さんが望むのなら仕方がなかった。
辛い思いをしたのは彼女で、彼女が嫌がることなら、それは間違った処分なのだから。
――てか、普通に今回のことって、退学案件なんだよな……。
ここまでかっこつけて、彼女たちが退学になったらどうしよう……。
まぁ、あの理事長なら、事情を話せばお願いを聞いてくれると思うけど……。
そう、信じるしかなかった。
もちろん、この後も上条さんからはグチグチと文句を言われたが、我慢してもらうしかない。
彼女もかなり頑張ってくれた功労者ではあるのだが、村雲さんが納得する形で終わらせたかったのだから。
この後、三人には深く村雲さんに謝罪をさせ、家にまで伺って親御さんに事情を説明し、きっちりと教育してもらうようにお願いしたのだった。








