15話
春の風が、駅前のロータリーを通り抜けていく。
スーツ姿の人々が行き交う中、和也はベンチに座っていた。
スマホの画面には、「鈴木佳奈子」の名前。
“あと5分で着く”というメッセージが表示されていた。
「艦長、再会任務です」
脳内の副官が言う。
「うるさい。今回は、妄想じゃなくて現実だ」
「目的地は?」
「……“名前で呼び合える場所”」
数年ぶりの再会。
大学も別々、就職先も違う。
でも、春のこの日だけは、約束していた。
“卒業したら、駅前で会おう”
“名前で呼び合える関係のままで”
「和也」
その声に、和也は顔を上げた。
スーツ姿の佳奈子が、少しだけ照れたように立っていた。
「久しぶり」
「うん。……元気だった?」
「まあまあ。仕事は忙しいけど、楽しいよ」
「そっか。俺も、まあまあ」
二人は並んで歩き始めた。
駅前のカフェに入り、窓際の席に座る。
「覚えてる?“銀河を見つめる午後”」
「覚えてるよ。あれ、今でもスマホに残ってる」
「私も。あと、誕生日の手紙も」
「“宇宙一の遅刻した隣人より”ってやつ?」
「そう。それ、今でもちょっと泣ける」
会話は、自然に流れていった。
でも、どこかで“今の距離”を測っていた。
“隣人”だった頃の距離と、
“今”の距離は、少し違う。
「ねえ、和也」
「ん?」
「私、隣じゃなくなっても、鈴木くんのこと忘れなかったよ」
「俺も。佳奈子のこと、ずっと覚えてた」
「名前で呼び合える関係って、特別だったんだね」
「うん。俺、あの頃の“佳奈子”って呼ぶ瞬間、すごく好きだった」
沈黙のあと、佳奈子が言った。
「じゃあ、条約追加。“未来でも名前で呼び合えること”」
「発効!」
カフェを出て、駅までの道を歩く。
人混みの中でも、二人の歩幅は揃っていた。
「また会えるかな」
「うん。“また明日”って言えなくても、“またね”は言える」
「それ、ちょっと詩的だね」
「俺、昔から妄想系だから」
駅の改札前。
「じゃあね、和也」
「うん、またね、佳奈子」
名前で呼び合う声は、今日も静かに響いた。
でも、その響きは、過去と未来をつなぐ音だった。
それは、“隣人”という言葉を超えて、
“かけがえのない存在”として刻まれる記憶だった。




