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プロローグ

 







「・・・くっ!」



 薄暗い洞窟の中を駆け抜ける。

 転ばないように細心の注意を払いながら、自身に出せる最速で走る、走る、走る。

 ()()とはいえ、何度か()()()()()()を繰り返した身体能力は一般人のソレを超えている。

 一昔前のアスリートと呼ばれた人達よりも速いだろうことは確かだ。

 しかし、それでも奴等の方が速い。


 そもそもここは奴等のホームグラウンド。

 この()()()()()に3年間通い続けた俺も洞窟歩きは慣れたものだが、流石にここで生まれた()()()()()には敵わない。

 身体能力に大きな差が無いなら、あとは技術に物を言わせるだけなのは人間もモンスターも変わらない摂理だ。

 ただ逃げ続けるだけではいつか追いつかれるだろう。……ただ逃げるだけならば。



『ゲゲッ!グギャゲゲゲッ!!』

『ギギギャアッ!ギヒッ!』



 黒板を引っ掻いた時のような甲高く耳障りな品のない鳴き声が背後から届く。

 今背後を振り返れば見えるだろう薄汚れた緑色の肌の小鬼、()()()()が邪悪に嗤う姿を容易に思い描ける。

 このダンジョンにはゴブリンしか発生しないので馴染みすぎて、今の鳴き声が奴等の喜ぶ声であるということも分かってしまう。

 それに複雑な思いがあることにはあるが、作戦が上手くいっている証拠でもあるので嬉しくもある。

 どうせ追いかけられるなら可愛い女の子や綺麗なお姉さんを所望したいのだが、悲しいことにフリーのソロ()()()には女性とのフラグなんて奇跡は起こり得ないのだ。


 視界の先、そろそろT字路に差し掛かる。

 左に曲がれば行き止まり、右に曲がれば出口に続く道がある。

 そこを俺は()()()()()()

 全速力で曲がって、即座に()()()()



『ゲギャギャッ!・・・ゲヒッ?』



 獲物が袋小路に嵌ったと愉しげに笑い声をあげるゴブリンが少し遅れて角を曲がる。

 そして、喉元一直線に白刃が閃いた。飛んだ血飛沫が洞窟の地面と壁を汚す。

 斬り飛ばされて首だけとなったゴブリンの頭が地面を転がり、愉悦に歪んだ醜悪な表情のまま自分が死んだことも理解せず息絶えた。


 続いて、呆然とした様子で動かないゴブリン達の首を刎ねていく。

 残りのゴブリン達も狩りの途中で突然死んだ同族の姿に動揺しており、群れで行動する時に厄介な連携が全く取れていない。

 自分達が狩る側だと錯覚させられていたゴブリン達は浮き足だったまま各個撃破されて全滅した。



「よしっ、上手くいったな!」



 最初は三匹だったゴブリンが作戦の途中で別の群れも引っ掛けて九匹まで増えた時はどうなることかと思ったが、結果的には怪我一つなく倒し切れた。

 使い古した鉄製のショートソードを振るって、刃に付着した血を払い落とす。

 当然それだけで血油は落とし切れないが、細かい手入れは()()()()()()()()()でするのが常識だ。

 なお、このダンジョンのセーフティーゾーンは地下三階にあるボス部屋の前にしかないので、基本的に一階しか探索しない俺は地上に出た方が早い。


 血振りをしたショートソードを腰ベルトに固定して、剥ぎ取り用のハンティングナイフを取り出す。

 ゴブリンの使える素材は強いて言えば睾丸くらいだが、ぶっちゃけゴブリンの睾丸を使用した精力剤はあまり人気がない。

 オーク製の精力剤に比べて効果が弱く、何より味と臭いが酷すぎるのだ。

 そのため売れるとしても端金にしかならないが、俺にとっては貴重な収入源の一つである。


 ナイフで睾丸を切り取って、使い捨ての防臭手袋で掴んで専用の袋に放り込む。

 一晩消臭液に浸して、更に消臭剤を複数個入れてある袋だが、それでも数が増えれば臭いは抑えきれなくなる。

 その場合は袋を重ねて対応して、なるべく袋の外に臭いが漏れないようにしてから()()()()()の素材買取所で嫌な顔をされながら受け渡す。

 結局嫌な顔はされるのかよ。いや、そりゃされるでしょうとも(自問自答)


 睾丸を取り終えたら、手袋をダンジョンに放り捨てる。

 今度は胸にナイフを突き立てると、肋骨の隙間に滑り込ませて小指の第一関節ほどの大きさの魔石を抉り出す。

 これが主な収入源であり、ゴブリンの魔石は多少の誤差はあっても百円前後になる。

 睾丸は殆ど捨て値で十円くらいなので、ゴブリン一匹で高くても百二十円は超えないくらいが相場と言えるだろう。

 魔石は組合から支給されている専用の魔石袋に収納して、そのずっしりとした重さにそろそろ換金する頃合いだなと思わずニヤけてしまう。


 今日は朝九時にダンジョンに潜ってから約三時間が経っており、一度の探索で既にゴブリンを三百匹は倒している。

 換金すれば恐らく三万円を下回ることはないはずだ。

 俺のようなド底辺探索者の稼ぎとしては悪くないペースだと言える。

 夕方十八時頃まで探索を続ければ、一日で最大八万円くらいは稼げるようになったと考えれば我ながら成長したものである。

 ()()を授かった・・・いや、()()()()()()()ばかりの頃に比べれば雲泥の差だ。


 あの頃は一日の稼ぎで二万円が精々であり、探索の必需品の購入費を引けば、月に四十万前後の収入しかなかった。

 現在と比べて毎日生傷が絶えず、治療のための()()()()()を傷口に少しずつ掛けて一日一本だけなんて節約の仕方をしていた。

 ()()()()()も今の半分くらいしかなかったからゴブリン二匹で苦戦していたし、三匹に囲まれても無傷で倒せるほどの技術も経験もなかった。


 これでも戦闘の才能はある方だと思う。

 俺と同じく『()()』なんていう、ふざけた天職を授かった人達は、全員ダンジョンに潜るのを諦めたか・・・例外なく命を落としているのだから。

 三年間も潜り続けて後に残るような大怪我をしていないのは俺だけだと、組合に所属する友人から聞いている。

 だからこそ()()()だと囁かれている『無職』になったのが勿体無いと、そう言われたことも覚えていた。



「俺だって『剣聖』とかになれてればなぁ・・・」



 今更言っても仕方ないことを考えてしまい自嘲する。

 天職は一度授かったものから変わることはない。そんなことは誰もが知っている。

『剣聖』ならレベルが上がっても『剣聖』のままだし、それは『無職』も同じ。死ぬまで『無職』のまま。

 どれだけレベルを上げてもゲームみたいに進化もしない。

 ほんの少しステータスが上がるだけだ。


 全てのゴブリンから魔石を抜き取ると、出口に足を向けた。

 死体は放置していればダンジョンが吸収してくれるし、それは適当に放り捨てた手袋もそうだ。

 最初の頃は便利なものだと思ったが、今ではすっかり慣れてしまった。

 もし俺が死んでも手間が省けるというものだ。ダンジョンが全て無かったことにしてくれるからな。



「・・・何考えてるんだか」



 最近はふとした時に思考が暗くなることがある。

 毎日同じようなことばかりやっていて気でも滅入っているのだろうか。

 それとも何も発展がない現実に対して、密かに絶望でもしているのか。

 どちらにせよ馬鹿馬鹿しいことだ。

 昔に比べて生活に余裕もできてきたし、妹の学費だって俺の収入だけで賄えるようになった。

 今の生活に不満なんてあるはずがない。


 ぐぅ、と腹が鳴った。

 腹が空いているから、こんな毒にも薬にもならないことを考えてしまうのだ。

 換金をするために地上に出るなら、ついでに昼休憩も取ろう。

 そう決めて、俺はダンジョンを出た。






 ◆◇◆






 現在から百年前、世界中にダンジョンが突如出現するのと同時、人々は超常の力を得た。

 十人に一人程度の割合で、十五歳になると天職という力を授かり、その者は自分の能力が数値化されたステータスを確認できるようになった。

 天職を得た者を『探索者』と呼び、彼等は天職を得る前に比べて身体能力などが数倍に跳ね上がる。

 それこそダンジョンの中にあるモンスターを己の肉体のみで倒せるような、特撮アニメのようなことが現実にできるようになったのだ。


 しかし、必ずしも全員が強くなれたわけではない。

 天職を得られなかった者は勿論、天職にもそれぞれ得られる力に差があったのだ。

 例えば、最も強力な天職の一つと言われる『勇者』になれた者は鍛えればドラゴンさえ倒し得る力を得られるが、『村人』になった者はゴブリン程度なら倒せてもそれ以上になると難しい。

 人々の間で天職ごとにランク分けがされるようになったのは自然なことだろう。


 百年後の現在では、原則五段階にランク分けがされている。

 具体的には、上からAランク、Bランク、Cランク、Dランク、Eランク。

 このランク制度で言うと『村人』は最弱のEランク、『剣聖』は最強のAランクとなる。

 同時にモンスターの危険度もこのランク制度を少し拡張して当て嵌められるようになり、ゴブリンはEランクを更に二つも下回るGランクだ。

 天職を得る前の一般人でも知恵と工夫をして、数に頼れば倒せる程度なので、そんなものだろう。


 そして、何事にも例外は存在する。

 原則と評した通り、A〜Eの枠組みでは収まりきらない天職が幾つかある。

 有名なのは前述した『勇者』は、Aランクを超えた真の最強であるSランクという評価区分になる。

 Sランクには他にも死者すら蘇らせると言われる『天使』、天災にも匹敵する魔法を操る『賢者』などが区分されている。

 彼等のような存在は国で管理されることになっており、日本にも三人Sランク探索者がいるらしい。

 自由が減る代わりに様々な特権が付与されているとのことだが、そんなことは一般市民に関係のないことなので詳細までは分からない。


 SランクがAランクより上の区分だとすれば、逆にEランクより下の区分も存在する。

 こちらはSランクと違って公にはされていないが、『無職』はそのFランクのうちの一つだ。

 噂では『下僕』や『奴隷』なんて天職もあると聞いた覚えがある。それが事実なら酷い話である。

 世の中には『ヒモ』とかいう『無職』と同ランクの天職で順風満帆な生活をしている人もいるらしいので、生き方次第でどうにでもなるのかもしれないけれど。


 そもそも探索者であるというだけで恵まれているのだ。

 探索者が生まれる割合は十人に一人だと言われていてのは、今は昔のこと。

 色々と研究が進んだ現在では、両親が探索者である場合99%の確率で子供は探索者として覚醒する。

 100%では無いのは、何事も例外はあるということの証左だ。

 それでも極めて高い確率で天職を授かり、一般人と比較にならない力を得ることができる。


 現代の探索者は主に三世代から四世代目と言われており、その殆どの両親が元探索者だった。

 そして、例に漏れず俺の両親も元探索者である。

 どちらもEランクで大したことはなかったそうだが、日々の生活費程度なら週に一度ダンジョンに潜れば充分というくらいの稼ぎはあったらしい。

 基本的に探索者の稼ぎは、一般人と比較してかなり良いのだ。

 だから『無職』の俺も生活には困っていない。


 だから、きっと・・・こんな毎日がずっと続く。

 それが不満だった訳ではない。決して強がりではなく、俺はそれでも良かったんだ。

 不慮の事故で亡くなった両親に代わって妹を育てるのは大変だったが、俺なりに幸せを感じられる生活だった。

 今年の春から高校生に、そして恐らくは探索者になるだろう妹と平和に暮らせればそれで良かった。

 毎日テレビで報道されている一級探索者達の話なんて遠い世界の話であり、俺達には無縁の世界なのだと・・・そう信じ切っていた。




 これは、天から『無職』の烙印を押された一人の男が、いつか最強と呼ばれる探索者に成り上がるまでの物語である。








昔に書いた作品の供養です。

1話だけですが最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

もし良ければ感想など頂けると嬉しいです。

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