【第80話:救いたい者とらわれた者】
二日目の朝だと時計が告げる。
あいかわらず暗闇が濃く、日の出も感じられないのだが、身体に朝だと伝えなければいけなかった。
ユアは全力で走り馬車の上を飛び越えた。
器用にストレッチをしながら伸身宙返りを織り交ぜ、着地の瞬間にはクレイモアを背から抜剣して横薙ぎに振り抜いている。
とんっと軽く飛び後方伸身宙返りを終え、馬車の屋根に戻るときには納刀し終わっている。
降り立った音もほとんどしなかった。
「‥‥器用すぎるわ」
「フィジカルもおかしい」
運転席のカーニャとラウマが文句を言う。
今のを身体強化魔法なしでこなすのだから、ラウマからしたら異界の魔物と同レベルだ。
カーニャも自分でも身体を制御するので、ユアの技量がよく解るのだった。
「ふいぃ。すっきり目覚めたよ!」
そういってあぐらをかくユアは全周の索敵にもどる。
馬車の上は人が居られるように改造され、低い手すりも回して滑り止めのゴムが敷いてある。
「今日中にカルナードが見えるはずね」
カーニャは器用にディテクトの魔法を発動しながら、運転を続ける。
昔ソロで長い事活動していたカーニャはこういった動きに慣れが有る。
じっと魔法の結果を精査するカーニャ。
顔つきが変わり引き締まる。
「右手前方‥‥かなりの距離があるけど‥‥大きい」
ラウマもユアも真剣な表情になり、カーニャを見る。
カーニャはディテクトの表示を可視化して前方に投影する。
マップの右上に大きなひし形が見えた。
横のカルナードの街と同じくらいの大きさが有る。
「それだね‥‥」
ユアの声に強い気持ちが乗る。
「間違いないわね」
カーニャも肯定し、ラウマも頷いた。
「二人を起こしてくる」
ラウマは器用に横のドアから車内に入った。
そういった動きができるよう、手すりや足掛けが設けられているのだった。
すぐに前窓が開き、4人が顔を出す。
ラウマ、アミュアとエイシス、ノアだ。
アミュアもエイシスも起きて支度していたので、すぐに話しが出来た。
カーニャの横に降りてきているユアが振り向き告げる。
「おはようアミュア、エイシス。悪いんだけどご飯準備して‥‥食べたら動くよ」
ラウマが説明したのが顔を見れば解るので、それ以上説明せず指示だけだした。
作戦前の最後の食事と打ち合わせに時間を取っていた。
馬車の横に集まり立食での会話となる。
「おもったより北に来ているね」
ユアが携帯食料のバーをココアで流し込みながら話し出す。
カルナードを越えたら見えるだろうと予想していたのだ。
エイルマルク辺境伯の話より、北上していた。
「この距離なら飛行魔法で強襲できそうです」
アミュアの声にも緊張が交じる。
ノアはもぐもぐしながら頷く。
馬車なら半日以上かかる距離だが、本気で飛べばすぐに届く距離だ。
「前に言ったように、ペルクールは危険な状態だと言っていた。時間はないとあたしは思う」
ここの所貫いているユアの意見だ。
ペルクールのところに出かけてから、どこか焦燥をかくせないユア。
女神の説明は理解できなかったが、時間がないのはわかったのだった。
「‥‥あの位置にいるのはカルナードを攻めているのではないですか?」
エイシスの意見はもっともで、彼女は基本的に救おうと意見する。
「ごめん‥‥エイシス、部隊をこれ以上分けるのは怖いから後回しにするよ」
エイシスは一人でも街を救いに行きたそうな顔をしていたのだ。
ここの所の話し合いでも、カーニャ以上に救助を優先したがる。
「‥‥わかりました」
「エイシス‥‥」
つらそうにするエイシスを、眉を下げたノアがそっと抱く。
エイシスの中では苦しむ人の痛みが、自分の経験としてあるのだ。
6年にも及ぶ、エルヴァニスの寵愛という名の責めを受け続けた経験が、それを言わせるのだった。
カーニャに次いで人の痛みをリアルに想像できるエイシス。
年上のカーニャよりもずっと繊細な心で耐えていた。
ユアもまた喪失と理不尽にさらされて生きてきて来たのだ。
苦しそうにエイシスを見つめる。
「魔王を倒して終わらせよう。それが一番早く多くを救うと‥‥‥信じて」
それはエイシスだけではなく、全員に向けた言葉だった。
ユアは選び取り、一人も欠けること無く帰るのだと強く宣する。
「皆んなで幸せになる‥‥あたしを信じて」
決意の眼差しに5人が頷いた。
そこには遂に求めた相手が囚われていた。
「レヴァン‥‥」
言葉を無くすセリシア。
レヴァンを縛るのはなにかの術式をまとう帯だった。
それがなにかはセリシアには理解できないのだが、おぞましいものだとは漏れ出す悪意というエネルギーで感じ取れた。
レヴァントゥスを縛っているのはかつてユアにアミュアに打ち込まれた、アグノシアという悪夢だった。
その術式は複雑で、対象のもっとも苦しむ精神状態を保持するものだ。
レヴァントゥスは影獣本来の漆黒の姿にもどり、真紅の光を両目からこぼしてプリズムの帯に囚われていた。
その部屋のガラス扉をセリシアは影で鍵を壊し開ける。
轟々とレヴァントゥスから流れ出す闇が帯を通し部屋の天井に吸い込まれていく。
「レヴァン‥‥いま‥‥たすけるよ」
セリシアになにかその術に対する知識はなく、ただただすがろうとしていた。
(おやめなさい!)
はっとセリシアは動きを止める。
(その術にふれてはなりませんよ、影の娘よ。あなたもとらわれるだけです)
入口の後ろ側にガラスの通路を挟み、同じような部屋があった。
そこから神威があふれセリシアをうった。
青紫の輝きが4つ並んでいた。
並んで壁に貼り付けられ、美しい少女がふたり囚われている。
セリシアには見覚えのある容姿だった。
「ら‥‥ラウマ?ノア?どうしてここに?」
それは三つ子の2人、ラウマとノアの姿だった。
(すでにその影を救い出すのは無理です。わたくしの奇跡でも分かつことは難しいでしょう)
しんしんと染み渡ってくる清浄な気配に、自分の認識が間違っていたことに気付くセリシア。
ラウマは姿こそセリシアの知るものだが、中身がちがうとわかる。
それな神なる少女達。
女神ラウマと女神ノアの姿であった。




