【第79話:それでいいんだよ】
セリシアの進む先で、明らかに雰囲気が変わった。
砦のような殺伐さがなくなり、城内を示す整えられた雅さが増した。
出てくる影獣も人型だけになり、潜伏して見送る中には自分と同格とも思えるものが交じる。
(ここからは慎重にいかなければ)
影に潜むセリシアはより丁寧な進行と成っていった。
今は空調用と思われる大きなダクトの中を進んでいた。
左右に時々ギャラリが切られて、空気が吸い込まれていた。
どうやら大きな部屋の天井付近を進んでいるようで、眼下に設備が色々と見えた。
その左右のガラスで仕切られた部屋に、数名の人型が囚われている。
その姿にかつて囚われた自分を重ね、おぞましい気持ちが塗りつけられる気がした。
(従わない者がいるのだわ‥‥)
そこに要る影獣達は明らかに高位の者たちで、影をまとわないものまで居る。
影を意識して留め出さないで居られるものは、そうとう高位でセリシアに近い格だ。
(近いのかも‥‥レヴァン‥‥)
それはひるがえって、セリシアの目的地が近づいたことも知らせた。
ユア達はまずは公都手前の都市カルナードを目指す。
左右に引き出される小道の先には町や村もあるが、そこには目を向けず進む。
馬車の運転席にはユアとカーニャの姿。
車内にはアミュア達三人とエイシスが休んでいる。
ユアが運転して、カーニャはユアに肩を寄せ、久しぶりに甘えていた。
「ユアぁ‥‥だいすきよ」
くすくすとユアが笑う。
「カーニャ、あたしも大好きよ!」
ぎゅっと抱き寄せ頬を寄せるユア。
こういった甘々のカーニャをベッドの中以外でみるのは初めてだった。
今は客室の前窓も閉めてカーテンが引かれているので、安心して甘えているのだろう。
二人っきりなのだとして。
(カーニャにとても無理をさせていたんだ‥‥あたしは)
ユアは今の緩んだカーニャの心にふれ、ユアの為に反対意見をだし考えさせたのだと気付く。
(エリセラさんにも言われた‥心で感じて頭が納得できる道をと‥‥選ぶのは難しいことなのだと)
ちゅっとユアのほほにキスをして赤くなるカーニャを見ると、幸せを感じるだけではなく、かけてくれた苦労に報いたいと思ってしまう。
これが心を抑えた反動なのだとユアにも解るのだった。
途中で交代して、今はノアとエイシスが外に出ていた。
日の出入りがないので、時間と日付の感覚が曖昧になるが、今は深夜に該当すると時計で確認した。
ユアのとなりにはアミュアがべったりとくっつき寝ている。
ユアもうとうとから睡眠に入ったようだ。
静かな車内で高性能なこの馬車の足回りを改めて知ることとなる。
ささやくようにラウマとカーニャは話しをしていた。
同じ車内で休む二人を起こさないように顔を寄せ合って話していた。
「この馬車本当にすごいわね‥‥ほとんど振動が伝わってこない」
公都まで続く整った街道だというのも有るだろうが、それでも静かだとカーニャは驚いていた。
「そうなの‥‥ユアったら自分はガタガタでも寝るくせに‥‥アミュアやノアを気遣ったのよ」
クスリとカーニャは笑う。
無意識だろうがそこに自分を入れないラウマに好感をもつカーニャ。
「ねえ‥‥私は気にしないわよ?」
こうゆう話しをしたことなかったと、カーニャは思い出した様に伝える。
「ん?なにが?」
ラウマは本当に自分の事に鈍く、名指しでないと伝わらない事が多い。
他の者の事は言わないことまで察するのにと、またラウマを好きになるカーニャ。
「ユアのこと好きなんでしょ?私も横槍いれた人だからさ‥‥あんまり偉そうに言えないけど‥‥ちゃんと気持ちを伝えたほうが良いよ」
ラウマは流石に察して瞳を伏せた。
気持ちを見せたくないと思ったのか、大切な気持ちを見つめ直したのか。
しばしの沈黙が続いた。
すぅと半分開き伏し目がちのラウマの表情は驚くほど大人に見えてドキとするカーニャ。
「わたしはユアとアミュアが幸せそうにするのが好きなの‥‥もちろんカーニャともね」
あぁとカーニャはやっと気付く。
そもそもカーニャは色々なことに驚くほど鋭い。
観察力も推理考察する能力も高いし、経験も豊富だ。
ラウマは満足しようと努力しているのだと。
こういった夜にささやきあう会話の心地よさと危うさを、カーニャはユアに教わった。
くらやみとあたたかさは心を晒してしまうのだ。
良くも悪くもカーニャは優秀だった。
「そうやって我慢して安心してるでしょ?」
はっとラウマの目が見開かれる。
めずらしく感情豊かにキッとカーニャをにらむ。
簡単にゆさぶり本音を引き出してしまうカーニャ。
ごめんねと言うようにそっとラウマを抱きしめる。
「大丈夫‥‥誰もラウマを責めたりしないのよ‥‥アミュアだってそう」
自分の心に浮かばせられた感情に、カーニャのしたたかさを見るラウマ。
「カーニャはずるいよぉ‥‥」
そういってラウマもそっとカーニャを抱きしめた。
そのあたたかさが、もう答えなんだなと改めて思い知らされる。
「怖いのではないのよ‥‥」
随分間が空いてからラウマが話し出す。
カーニャは静かにぽんぽんと背中をたたいた。
「好きよ‥‥ユアが好きなのずっと前から」
涙が出たりはしないが、胸は締め付けられるラウマ。
その苦しさはもう慣れてしまい日常なのだった。
ラウマは徒然と気持ちを吐き出す。
ぽつぽつと途切れて、前後してまとまり無いものだったが、カーニャは全て理解している。
(そうか‥‥ユアもこんな風に私をみてくれたんだわ‥‥自分でも整理のつかない、乱れて固められてしまった色々を‥‥まっすぐ見つめてくれたんだ)
今まで長く抑え込み複雑に絡み合うラウマの気持ちに触れ、これを救いたいとカーニャは強く思うのだった。
ラウマの辛さは、かつて家族のことを悩んだカーニャそのものだと、今なら気付けるのだった。
カーニャの中にはとっくにユアに教わった結論があるが、ラウマがすべて話すまで待たなければいけない。
それはラウマのことが好きであるほど辛い時間となった。
遂にラウマは涙をこぼしカーニャの胸に顔を埋めた。
ちいさく、好きなのと繰り返している。
よしよしと髪をなでながら、カーニャの心も少し楽になる。
「いいのよ‥‥それでいいの」
カーニャの声はやさしくラウマに染み透る。
「ラウマはユアが好きなのよ‥‥そしてユアも貴女のことがきっと大好きよ」
ただそう言ってあげれば良いのだった。
あたたかさの中に安らぎが宿り、ラウマもまた眠りに落ちるのだった。
あの日のカーニャと同じ様に。
振り仰ぐ窓の外に月は出ていないのだが、カーニャは確かに俯く下弦の月をみた。
えらいよと褒められた気がして、また笑みが浮かぶのだった。




