【第77話:進むために悩み立ち止まる】
ミルディス公国での最初の勝利は、戦術的には大勝利となった。
侵入していた影獣の部隊は90%以上の損害を出し、全滅の判定と成った。
一方で街にはほとんど生き残りの住人が居なかった。
40名程度の息のある住民を救い出したが、生き残びたのは15名と少なかった。
生き延びた住人の話しを聞けば、弄ぶように追い詰め、見せしめのように苦しめて殺すそうだ。
「‥ゆるせないよぉ‥‥クスン‥‥」
ユアはショックを受け涙を流し、アミュアの胸から顔を上げられなくなる。
生き延びた人の中にも部位欠損した者も多かった。
影獣は傷を与えて逃がすのだという。
そうして苦しみを与え、長引かせそのエネルギーを吸い取るのだ。
侵入してきた影獣は当初は半数程度だったらしく、住人から影獣になるものも何度も目撃されていた。
「そうゆう目的なのね‥‥マイナスの感情を集める‥‥そうやって影獣を増やすのだわ」
カーニャも唇を噛み締め、理解してしまう。
そうして時間をかけて集めているのだと。
カーニャの中にはユア達もしらない人々の苦しみがあった。
より多くの人と関わり、その死と悲しみと痛みを見てきたのだ。
「ラウマ様の逆をするのですね‥‥あの獣達は。ひどいです‥‥」
めずらしくラウマも怒りを見せ、赤い目でアミュアに抱かれるユアをそっと撫でた。
ルヴィーナの街の南側入口に防衛のための城壁を築いた。
それ以外の東西は入口を塞ぎ、北側にも城門を置いた。
ラウマを中心に土魔法が得意なイーリスとエイシスがサポートして、立派な城壁をぐるりと作る。
南には動けるようになった難民にも手伝ってもらい、常時見張りを置くこととした。
中心の通りに病院が有ったので、そこを片付けて難民達のキャンプとした。
エイルマルク辺境伯が車椅子で指揮をとり、一人だけ生き延びた騎士を配下にキャンプを見てくれた。
華々しい勝利からは、想像できないほど助け出せた人は少ない。
一万人以上人口のあったルヴィーナの街もまた、全滅以下の判定であった。
意見が2つに別れた。
ルヴィーナの惨状を見て、ユアは一刻も早く魔王を討つと主張する。
「私はルヴィーナの周辺を偵察すべきと思う‥影獣の目的は全滅ではないのだわ‥‥人々の苦しみを集めている。ルヴィーナでも少ないながら救うことが出来た」
カーニャは近場の町や村を偵察し、救いながら進むと主張する。
これには賛成意見が多かった。
「別れて進もう‥‥」
「まってよユア‥‥そんなこと言ってないわ私」
カーニャが慌てて止める。
そうして決まらないことにもユアは焦りを見せた。
ルヴィーナ開放作戦を決行し、勝利後にルヴィーナの防衛を固め翌日にはエリセラ達の馬車もルヴィーナ入りし、防衛も固めた。
その日の昼からエリセラとカルディスも交えての会議だった。
ここまででも随分と無理をして進めていた。
夜になっても意見はまとまらず、一旦解散となった。
ユアは焦燥を隠せず、飛び出していった。
カーニャに目で合図して、アミュアが追いかける。
カーニャは悲しそうにしていたが、ラウマとエイシスが慰めた。
「カーニャ姉さまは間違っていません‥‥わたしもユアさんに危ないことしてほしくない」
「わたしも同じ意見だわ。カーニャは正しいと思う‥‥ここはアミュアに任せましょう」
「ありがとう‥‥二人とも‥‥」
大人たちはあえて意見を出さず、求められた時だけ言葉を添えた。
事前にエリセラからカルディスに提案していたのだ、ユアに決めさせたいと。
カルディスも賛成してこの流れとなった。
結果どちらの意見にも一長一短ありと答えてしまう。
「わたくしはユアさん達に悩むという事を覚えてほしいのです‥‥傲慢でしょうか?」
「エリセラさん傲慢などではありません、年長者の務めでしょう‥‥そして私も同意します。悩まぬ者が学ぶことは難しいでしょう‥‥」
微笑んで礼を言うエリセラ。
「ありがとうカルディスさん‥‥心強いわ」
この二人は国も爵位も違うが、年齢も近く意見もあう。
なによりユアを娘とも姪とも思い、愛し憂いていた。
結果、親戚のような関係となり、いったん立場は忘れましょうとなった。
「そしてカーニャさんは驚くほど強い心をお持ちだ‥‥少し心配なくらいに‥‥」
「はい‥自慢の娘では有るのですが‥‥‥‥少し座視すると言うことも覚えてほしいものですわ」
温かな視線でカルディスも肯定の笑みを浮かべた。
ユアは本部となっている病院前の馬車達から、逃げるように街外れに来ていた。
瓦礫と化した建物が多い東側の外れで、一人膝を抱え座る。
(カーニャが言いたいこともわかる‥‥)
カーニャの心を思うと顔を上げられなくなる。
ユアだって眼の前に苦しむ人がいれば救いたいと思うだろう。
街の被害の多さに、腕が震えるほど力が入る。
偵察を始めればその対処だけで、今の戦力では前に進むことは難しくなるとも理解していた。
(やはり‥‥先に進むべきだ)
それが全体を見たら一番損害を減らせるとユアは考える。
母親を始め、親代わりとなった戦闘集団であるシルヴァ傭兵団の考え方だった。
(あたし一人でも行くべきだ‥‥おとうさんならきっとそうする)
ユアの中には、すでに勇者として事を成した父親の偉大な姿があった。
自分もそうであるべきと心に秘めているのだ。
それは尊敬もしている母の選んだ道でもあった。
(それが‥‥一番被害を少なくするんだ‥‥)
ユアの思考は危ないほど狭まっていく。
守りたいものの重みで、自分が軽く感じる。
そうしていつの間にか体中がこわばってしまうのだった。
そこに静かに足音をたててアミュアが現れる。
コツコツとブーツのかかとを鳴らすのは、ユアに聞かせるためだ。
そばまで来て静かな声がかかる。
「ユア‥‥さがしたよ‥‥」
膝に顔を埋めるユアのとなりにそっと座るアミュア。
同じ姿勢になりぴたっと肩を寄せる。
ユアの肩は自分で思う以上に冷たくなっていたとアミュアの温度で気付く。
ミルディス公国に入ってから、どんどん気温は下がり、じっとしているとかなり冷えるのだった。
地面もじわじわと体温を奪う。
「さむくない?ユア‥‥」
ふるふると首をふるユア。
ふわりとアミュアの皮マントがユアにもかけられる。
こうしていつも二人で暖を取ってきたのだ。
あたたかさがユアを包む。
「アミュア‥‥」
「うん」
それ以上の言葉はないが、アミュアの温度と気配はユアの固まった心も溶かしていく。
じっとして時間が流れる中、そっとアミュアが言葉をくれる。
「わたしはユアの側にいるよ‥ずっと側にいる‥‥」
「‥‥うん‥‥ありがとうアミュア」
ユアの顔がやっと上がりアミュアを見る。
アミュアは優しい微笑みを向ける。
そっとアミュアを抱きしめるユアの腕は、もう震えてはいなかった。
アミュアもいつものようにそっとユアの腰に手を回し、ふたりの距離を詰めるのだった。
少しでも温度を伝えたくて。




