【第67話:さがしつづけること】
翌朝ホテルを出た皆が、つぎつぎと表情を失う。
ここはドレクハイムのなかでも斜面の上で高い位置に有る。
天気の良い日は見下ろせば麓のほうにルヴィーナの街やその側の湖まで見えるはずなのだ。
今、眼下を占めるのは灰色の連なり。
はるか彼方まですべて低く厚い雲が覆ってしまっている。
「‥‥いそごう」
ユアが告げ、6人の馬車と夜霧の二人が峠を目指し進んでいった。
道が斜面をつづらに上りだし、高度を上げて行く。
振り返れば朝出てきたドレクハイムすら雲の下になった。
今は廃村の近くまできて一旦お昼となった所。
セリシアがユアに挨拶に来た。
ここでお別れと事前に話してもいた。
「‥‥拠点になにもなかったら、きっとユア達を探しに行く。無理はしないでね」
セリシアの眼にはユアへの心配が多い。
差し出されたセリシアの手をそっと握り返すユア。
「セリシアも気を付けて。こちらが先に落ち着いたら手伝うよ、レヴァントゥス探しも」
そういってにっこり笑うユア。
「セリシア‥あたし最近思うんだ。まず自分が幸せにならないとと」
セリシアは意味を受け取れず、不思議そうな顔。
「えへ、セリシアも幸せになって!」
やっと意味が伝わりセリシアも笑顔になる。
「ユアこそ幸せにしてあげないとね、二人のお嫁さんを!」
うなづくユアに笑みを再度添えたセリシアが詠唱を始める。
白い霧のように魔力をまとわせ浮かび上がるセリシア。
詠唱を終えると、万感の想い出皆にもお視線を送る。
「またね」
そう一言だけ残し天空へと消えていった。
峠の頂上には広めの休憩所がある。
今の時期には普段なら小規模なキャラバンや旅人がいるものだ。
今は無人で淋しげに細やかな広場だけがある。
タイミング的に野営となり、キャンプも張った。
ユア達の拡張キャンプで、馬車とエリセラに使ってもらい、娘たちでキャンプをとなった。
ユア達はとても旅慣れているので、人数もいるので直ぐに整えられた。
ユアとアミュアとカーニャは、一輪ずつ花を摘んできて、そっと山側の崖に供える。
黙祷を捧げ微笑み合うと、静かにキャンプに戻った。
今から晩御飯の時間なのだった。
ユアは最後にもう一度崖の奥に視線を向ける。
(シルヴァリア‥‥あたしがおとうさんの代わりにあなたの名前を残すよ。いただいたルクス=シルヴァの名前をもって‥‥)
ユアの表情にはもう悲しみも淋しさも浮かばない。
古竜シルヴァリアは胸の中にしまい、誇りとして残すと決めたから。
(そうだ‥‥この心に恥じない生き方をしよう‥‥きっとおかあさんもおとうさんもそう言ってくれる)
ユアの瞳には静かな炎が灯る。
かつてラドヴィスの目にあったゆるがぬ決意の炎だ。
テントにもぞもぞとノアが戻ってきた。
夜番の交替でもどったのだろう。
ユアの頭の方で寝ていたラウマとエイシスのほうに這っていく。
「ん‥」
「んぅ」
ラウマとエイシスの声が上がるので、無理やり間に潜り込んだのだろう。
ユアは入口に近く休んでいて、ふと右隣を淋しく思う。
そこにはカーニャが寝ていたはずなのだ。
(そうか夜番がノアからカーニャに変わったんだ)
左隣には一番に番を終えて潜り込んできたアミュアが寝息を立てている。
その温かさはユアをとても落ち着かせる。
次は自分の番だなとふと思い、また右手が気になる。
外にかすかな気配があるのだ。
それはユアの胸を締め付ける気持ちを伴う。
(なんだろう‥‥よくばりだなあたし‥‥カーニャがいないのが淋しいの?)
アミュアの熱で癒やされながらもカーニャが気になるユア。
そっとアミュアを起こさないよう気をつけて外に出る。
鍛えられたユアのひそめた気配を捉えられるものは少ない。
そっと焚き火をみればカーニャが膝に顔を埋めている姿。
その背中に、胸を締め付けるような痛みをまた覚えるユア。
静かにとなりに座り自分も膝を立てた。
カーニャはユアの気配をとらえられる少ない例外の一人だ。
ふるえる声が流れてくる。
「ちがうの‥‥少しだけ昔のことを思い出したの‥‥大丈夫」
ユアは気持ちを抑えて、そっとよりそう。
肩どうしを押し当て言葉は出なかった。
カーニャの声は湿っていないが、深い悲しみを帯びていた。
パチと爆ぜる薪の声だけが流れる。
風もない静かな夜の中、カーニャはそっと言葉をもらしだす。
「悲しいことが世界にはある」
カーニャは広い世界を見て、ユアよりも少し大人だった。
「必ずしも救いがあるわけではない‥‥」
ユアには感覚として答えを持つが、言葉にはしなかった。
それは今のカーニャが求めるものではないとも解ったから。
「‥救えなくても‥手が届かなくとも、歩き続ければいいと進んできた」
カーニャの声にはいよいよ悲しさが溢れこぼれ落ちた。
「答えを求め、至らない‥‥」
カーニャの言葉が止まる。
自分の生まれを知った、むかしから求め続け考え続けたこと。
己のかかわる世界がなぜこんなにも悲しみに満ちているのかと。
どうしたらその悲しみを癒やし消しされるのかと。
この静かな山の上で思い出してしまったのだ。
その淋しさと虚しさを。
それを今も抱え続ける孤独な者もいるのだと。
「カーニャ‥‥一緒にいるよ?」
そっとユアも言葉をもらす。
いいでも悪いでもない、ただ自分の気持ちだけをカーニャに届ける。
「ユアはそばにずっといるよ」
そっと力を込めないよう気をつけて抱きしめるユア。
カーニャはやっと顔を上げてユアの肩にぽとりと頭を落とした。
「うん‥‥私も離れないよ‥」
赤い目でユアをみるカーニャ。
なにを思い涙したかは解らなかったが、ユアはこの悲しみを共に支えたいと願う。
「探し続けよう?一緒に‥‥見つからなくてもいいんだよきっと」
ユアは愛おしいその頬に自分の頬を擦り寄せる。
「探し続けよう‥‥みんなの幸せを‥‥」
そうしてカーニャがあきらめず答えを求め探すことをこそ、尊いとユアは思うのだった。
自分が憧れたカーニャはそういった人なのだと。




